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第二十四話 カオルとサリオンが金銀の問題について会話している理由

カオルが一通り料理を食べると、少し真剣な顔になった。


「さて、サリオンさん。食事と会話を楽しむためだけに、わたしを招待したわけではないでしょう?そろそろ、本題に入ってくれませんか?」


サリオンは、うなづいた。


「しかし、カオルさん。俺の方から招待しておいて、こんな事を言うのも変だが、よく来てくれたね。メッセンジャーに配達させた手紙には、待ち合わせ場所と時刻しか書いていなかったのに」


「エレノアさんとユリアさんは警戒して、わたしに行かないように忠告しましたが、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』と言いますからね」


「俺は虎かよ」


そう言いながらサリオンはポケットから一枚の紙片を取り出した。


「これ何だか分かるかい?」


「お札ですね。紙幣とも言います」


「そうだ。これは通称ゴールド札と呼ばれている帝国の紙幣だ。そして、これが……」


もう一枚紙幣を取り出た。


「通称シルバー札と呼ばれている帝国の紙幣だ」


サリオンはゴールド札とシルバー札をテーブルに並べて置いた。


「何で、ゴールド札、シルバー札と呼ばれているのか、理由は知っているかい?カオルさん」


「銀行に持って行けば、ゴールド札は額面相当の金貨に、シルバー札は銀貨に交換することができるからです」


「その通り、しかし、紙幣を金貨や銀貨に交換する人は滅多にいない。例えばこれは千ゴールド札だ。額面通りに金貨千枚と交換できるが、金貨千枚は重いし嵩張るからな。千ゴールド札その物はただの紙切れだが、『金貨千枚と交換できる』ことが価値を裏付けしているわけだ。金貨と銀貨の価値は金塊と銀塊の価値が裏付けしているわけだが、その価値が今下落するかもしれない危機にさらされている。理由は知っているかい?」


カオルは少し警戒する表情になった。


「わたしの祖国である東方諸島国に関する事ですか?」


「そうだ」


「東方諸島国の何が関係しているのですか?」


「カオルさんの国に有望な金鉱と銀鉱が発見されたからだ」


カオルは警戒を解いた。


「知っていたんですか、しかし、この情報は帝国・連邦・学園でも上層部の一部しか知らないはずですが?」


サリオンは歯をむき出しにして笑った。


「俺の爺さんが教えてくれた」


「サリオンさんのお爺さんが?サリオンさんのお爺さんと言えば、魔法帝国の皇帝陛下じゃないですか?」


「祖父が孫にうっかり口を滑らせて重要機密を喋ってしまうことはありえるだろ?」


カオルも歯をむき出しにして笑い返した。


「帝国の皇帝陛下がそんな間抜けだったら、長年皇帝の座に座っていられないでしょう。とっくの昔に他の誰かに玉座を奪われているはずです。サリオンさんは皇帝陛下から信用されているんですね?」


「まあね」


「帝国の皇帝陛下には子供が二十人以上、孫は六十人以上いらっしゃるんでしょう?その中から重要機密を知る人物に選ばれるということは、ひょっとして、サリオンさんは皇太子候補の一人なのですか?」


「ご想像にお任せするよ」


魔法帝国における次代の皇帝である皇太子の地位は、普段は空位である。


皇帝が皇族の中から皇太子に相応しいと判断した者を指名する。


もちろん。皇太子の地位をめぐる競争は激烈である。


「俺のことより話を戻すが、カオルさんの国で新しく発見された金鉱と銀鉱はかなりの埋蔵量が見込めるそうじゃないか?」


「はい、わたしの師匠である大賢者さまが大陸の最新の採掘技術を持ち込みましたからね。新しく発見された鉱脈だけではなく、わたしの国の古い採掘方法では枯渇したと見られていた鉱山も復活しました。金塊・銀塊が未曾有の量で生産されています。師匠のもたらした船舶建造技術で、大陸まで航海可能な船もたくさん建造されています。いつでも、大量の金塊・銀塊を大陸に持ち込めます」


「それが困るんだよな。帝国にとっては」


「何故でしょうか?わたしの国は大陸に比べれば遅れた国です。国を発展させるために、金塊・銀塊と交換に大陸の様々な品物を手に入れたいのです。大陸の商人の皆さんにとっては大儲けのチャンスでしょう。みんな喜ぶのではないですか?」


サリオンは苦笑した。


「まあ、ほとんどの商人たちは、金塊や銀塊が大量に手に入って、最初は大喜びするだろうな。たが、長期的に見ると帝国にとって損になるんだ」


「何が、損なのですか?」


カオルの声だけ聞くと素直に疑問を尋ねているような声だったが、表情はニヤニヤと笑っていた。


「その顔、知っているね?まあ、俺の方から言うことにしよう。さっきも言ったように帝国の紙幣は、金貨・銀貨によって価値が裏付けされている。金貨・銀貨の価値は帝国の中央銀行である帝立銀行が保有している金塊・銀塊によって価値が保証されている。最近数十年は大陸では新たな金鉱・銀鉱の発見はなく、金銀の産出量は一定していた。それで金銀の価格は安定がずっと続いていた。そこに君の国から大量の金銀が帝国に流れ込んだらどうなると思う?」


「金銀の大陸における価格が下落しますね」


「その通り、金銀に裏付けされていた金貨と銀貨の価値が下がり、さらには紙幣の価値も下がる。インフレが発生するわけだ。しかも大規模なヤツが発生する。経済の混乱は凄まじいものになる」


「帝国が、わたしの国からの金銀の輸入を禁止すれば良いのでは?」


カオルはニヤニヤと笑いながらした意見に、サリオンもニヤニヤと笑い返した。


「知っているくせに、この大陸には百以上の国家が存在するが、他国を圧倒する超大国が、我が偉大なる『魔法帝国』だけならば、それは可能だろう。しかし……」


カオルが口を挟んだ。


「帝国の逃亡奴隷の子孫たちが建国した神聖な力である魔法を使わずに、絡繰り仕掛けの機械を使って社会を運用している『機械連邦』が存在しているからですね?」


サリオンはニヤニヤ笑いをさらに大きくした。


「三百年前までならば、この大陸にある超大国は魔法帝国だけで、他の国々は従属国にすぎなかった。皇帝の一声で大陸のすべてが動いた。しかし、あの魔法を使えない逃亡奴隷どもの子孫の国の機械連邦が大陸の国々の半分を『同盟国』にしているからな。偉大なる魔法帝国皇帝が逃亡奴隷どもに気を使わなければならないとは、昔が懐かしいね」


サリオンは、わざとらしく肩をすくめた。


「まさか、サリオンさんは魔法が一部の特権階級だけが使用できた昔に世の中を戻そうとする魔法原理者のグループに入っているのですか?」


「まさか、まさか、あんなグループは昔を懐かしむことしかできない老人たちの集まりだ。俺や君のような若者は過去より未来を優先すべきだろう?」


「その通りですね。サリオンさん。話を戻しますけど、帝国がわたしの国からの金銀の輸入を禁止したとしても、連邦の方が輸入を許可すれば、わたしの国の金銀を連邦が独占してしまいますから、それを怖れているのですね?」


「どのみち大陸全体にインフレが起きるのならば、君の国からの金銀の輸入を独占することで、相手に対する経済的優位を確保しようと帝国と連邦の上層部は考えているだろうからね。帝国と連邦の間には百年以上戦争は起きていないし、友好的な関係を築いてはいるが、相手に優位になる手段があるのならば見逃さないだろう」


「そして、わたしの祖国の東方諸島国は、帝国と連邦を天秤に掛けているんです。大陸に比べれば遅れているからこそ優位に立てるチャンスは見逃せませんからね」


「帝国と連邦の外交担当者は、君の国の気を引こうと色々とやっているよ。魔法技術や科学技術の無償供与とか、貿易での優遇とかね。でも、もう結論は出たのだろう?」


「結論とは何ですか?」


カオルが質問すると、サリオンは、それまでのニヤニヤ笑いを止めて真剣な顔と声になった。


「君の国の政府は、帝国と連邦どちらにも得も損もさせるつもりは無い。言い換えると金銀を大陸には持ち込まないことにした。そうなんだろう?」


「わたしの国が大陸に金銀を持ち込まなかったら、何も買えないじゃないですか?」


「東方諸島国の紙幣を持ち込むつもりだろう?」


「なるほど、紙幣ならば金銀を持ち込むのではないのですから、大陸に経済的混乱は起こしませんね。でも、サリオンさんのその推測には一つ大きな欠点があります」


「何がだい?」


「わたしの国には紙幣が無いんです。貨幣は硬貨だけで銅貨しかありません。金銀は地金のまま物々交換のための品物として使われています」


「知ってるよ。だから今度、君の国では新しく紙幣を発行することにしたんだろ?」


「紙幣を発行するためには、偽造を防ぐための高度な印刷技術が必要です。わたしの国にはそんな技術はありませんから、紙幣を発行することはできませんよ」


サリオンはカオルの間近まで近づくと、カオルの耳に囁いた。


「だから、大陸から紙幣を印刷するための印刷機を輸入しているんだろ?しかも、印刷機を輸入しているとは分からないように色々な輸入している品物の中にバラバラの部品として紛れ込ませてるんだろ?」


カオルは驚いて思わず絶句してしまった。


(何故分かった?東方諸島国上層部でもその事はごく一部しか知らないはずだ。僕は関白さまから教えてもらったけど、もちろん他の誰にも話してはいない)


「その顔、俺の話は当たっているようだね。何故分かったのかと疑問に思っているね?種明かしをしよう。まだ小規模だから大陸と君の国との間での貿易品は全て確認できる。君の国が輸入した品物の中に鉄のスクラップがあった。大陸では普通は鉄のスクラップはまた再生して鉄製品の材料になるんだが、君の国は工業化されていないから、鉄のスクラップの必要は無いはずだ。そう思って鉄のスクラップが元は何だったのか調べさせたら、連邦の造幣局が発注した紙幣印刷機が『不良品』ということでキャンセルされた物だった。スクラップは普通鋳潰された物なんだが、その『不良品』は鋳潰されないまま書類上は『スクラップ』、実際は『紙幣印刷機』として君の国に部品ごとにバラバラにされて輸出されている。もちろん。これは君の国が『紙幣印刷機』を輸入しているのがバレないようにした偽装だ。そうだろう?」


サリオンは言葉を切ると、カオルの答えを待った。

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