第二十三話 ユリアとエレノアが男嫌いになった理由
ユリア・ガイウスの話は続いていた。
ボクとサリオンが付き合い始めた時に、サリオンの方からの提案で約束したことがあった。
それは、「ボクとサリオンが付き合い始めたのを周りのみんなには秘密にしよう」ということだった。
何故、付き合っていることを秘密にしなきゃならないのかと思ったので、その理由について尋ねたら、
「その……、みんなにからかわれるのが嫌だから」
というのが、サリオンの答えだった。
その時のボクは、サリオンが照れているのだと思った。
小学生ぐらいの頃は、男の子の方が女の子とお付き合いしていると、特にクラスの男子たちが男の子のことを「軟弱」だと決めつけたりするからね。
そういう理由だと思って、サリオンの提案を受け入れたけど、更に提案されたのが、
「エレノアにも秘密にしよう」
ということだった。
ボクとエレノアは親友だし、エレノアがボクとサリオンが付き合い始めたことを話しても、秘密にしてくれと頼めば、周りに言い触らすようなことはしないと言ったんだけど、サリオンは、
「エレノアに、俺とユリアを付き合っているのを知られるのが恥ずかしいんだ。勇気を持てたら、後から、ちゃんと話すから」
と答えた。
まあ、今のサリオンからは想像できないけど、女の子みたいに可愛かった頃のサリオンは、恥ずかしがりやの所があったからね。
体が大きくなって、男らしくなっても、そういう所はあまり変わらないのだと思って、その時のボクはあまり変に思わなかった。
そうして、ボクとサリオンは付き合い始めた。
二人とも小学六年生だったから、お付き合いは健全なものだった。
日曜日に、二人で遊園地に行ったり、動物園に行ったりした。
たまに、図書館に勉強に行くこともあったな。
ボクは勉強が嫌いだったら、サリオンに無理矢理引っ張られるような感じだった。
アンさん。ボクが勉強嫌いだったのが、意外かい?
あの頃のボクは学校には真面目に行っていたし、宿題もきちんとしていたけど、学校が休みの日曜日にわざわざ予習復習をする気にはなれなかった。
大陸で一番入学試験が難しい大陸中央学園に入ろうなんて考えていなかったからね。
まあ、でも、サリオンとのデートは楽しかったんだけど、一つ奇妙な点があった。
サリオンは毎週日曜日にボクとデートをするんじゃなくて、必ず一回空けるんだ。
つまり、日曜日にデートすると、来週の日曜日じゃなくて、再来週の日曜日にサリオンの方から次のデートの約束をしたんだ。
サリオンは、別の用事があるからと言っていた。
それで、ボクとは別行動の日にサリオンが何をしていたのかと言うと……。
あっ!その顔!カオルくんは気づいたみたいだね。
アンさんは、まだ分からない?
いいよ。いいよ。ここまで話したんだから、最後まで話すよ。
つまり、サリオンはボクに内緒で、エレノアとデートしていたんだ。
アイツは、エレノアにボクとも付き合っていることを内緒にしていた。
ヤツはボクとエレノアに二股していた!
数ヶ月の間、アイツはボクとエレノアのことを騙していたんだ!
それで、アイツとは絶交した!
ボクとエレノアが同年代の男嫌いになったのは、それが理由なんだ。
サリオンが話し終えると、部屋の雰囲気は重くなった。
みんなが何も言えないでいる中で、最初に口を開いたのはカオルだった。
「それで……、ユリアさんとエレノアさんは、これからサリオンさんとは、どうしたいのですか?」
ユリアが答えた。
「ボクもエレノアもアイツとは無関係でいたい。同じクラスになったのはどうしようもないけど、なるべく関わりたくはない」
アンが口を開いた。
「あの……、エレノアさんの叔父さまは学園長なのでしょう?エレノアさんから学園長に頼んで、別のクラスにしてもらえば……」
「それは駄目なのよ」
エレノアが否定した。
「私が頼んだりしたら、叔父さまが姪の私に依怙贔屓したことになっちゃうでしょ?叔父さまに迷惑はかけられないわ」
「それなら、サリオンさんとは、これからどうするか考えなければなりませんね」
カオルの言葉に、みんなが考え込んだ。
部屋のドアが外からノックされる音がした。
「カオル・タイラさん。部屋にいるかしら?」
外から女性の声がした。
「はい、います」
「メッセンジャーから手紙がカオルさん宛てに届いているわよ」
「メッセンジャー?」
カオルは記憶を探った。
(学園でのメッセンジャーと言えば、低料金で学園内で手紙や小荷物を配達してくれる業者のことだ。配達員は男性だからな。女子寮には入れないから、寮の女性職員に言付けを頼んだんだろう。でも、僕に宛ての手紙って誰からだろう?学園で親しくなったユリアさんたちは三人ともこの寮にいるのだから、わざわざ手紙を出す必要はないし……)
そんな事を考えながら、カオルはドアを開けた。
ドアの外には、女性職員がいた。
「はい、これがカオルさんへのお手紙」
「ありがとうございます」
カオルは封筒を受け取った。
「授業初日で、もうそんな仲になるなんてカオルさんはなかなかやるわね」
女性職員はニヤニヤ笑いながらカオルの顔を見た。
「えっ?何ですか?」
「もう、照れない。照れない。カオルさん。人の恋路を邪魔したりはしないから楽しんでらっしゃい。あぁ、高級レストランで二人きりでお食事なんて憧れるわ。ウチの旦那なんて結婚前にもそんなことはしてくれたことは無いし、結婚してからは尚更……」
「あ、あの、すいません。何の話をしているのですか?」
「えっ?カオルさんの彼氏から聞いてないの?」
「彼氏」という単語にカオルは驚いた。
「あっ!あのっ!わたしには、そういう意味でお付き合いしている男子生徒はいません!」
「そうなの?でも、寮の方にも『デート』の許可を求める手紙が来ているわよ」
「デートの許可?ですか?」
カオルは記憶を探った。
(寮にデートの許可を求めるのは、昔の未成年者の男女交際が厳しかった頃にできたこの学園の制度だ。男女交際を一切禁じる方が教育に良くないという考えと、男女交際に一定の歯止めを掛けるために考え出された。デートをする男女は寮の方にデートする場所や時間を届けて、許可をもらわなきゃならない)
「もちろん。寮としては許可するわ。今じゃ、許可なんてほとんど形式だけになっているし、許可を求められるのもずいぶんと久し振りだわ」
(そうなんだよな。制度としては残っているけど、男女交際が自由になっている今じゃ許可を求めることに意味は無くなっている。寮に無断でデートしたとしても何も罰則は無いんだからな)
カオルは受け取った封筒を開いた。
(とにかく、誰からの手紙か確かめなきゃ)
封筒の中には、レストランの招待券と手紙が入っていた。
手紙の差出人の名前は、サリオン・カエサルであった。
しばらく後、カオルは学園で一番の繁華街にある時計塔の近くに一人で立っていた。
顔を上に向けて時計塔の時計を見ると、懐から懐中時計を取り出して見た。
(約束の時間の十分前か、そろそろかな?)
「やあ、カオルさん。待たせたかな?」
「いいえ、今来たばかりよ」
笑顔で話し掛けてきたサリオンに、カオルは笑顔で答えた。
(エレノアさんとユリアさんから聞いた通りだな。サリオンさんがデートをする時には、約束の時間の十分前には来て、こういう恋愛小説の定番のセリフを交わすのが習慣だったそうだ)
「カオルさん。それじゃあ行こう」
カオルとサリオンは並んで目的地に向かって歩き始めた。
目的地は、繁華街にある高級レストランであった。
レストランにある個室の一室に、カオルとサリオンは入った。
ウェイターによって、たくさんの料理が運び込まれてテーブルに並べられた。
料理を運び終えて、ウェイターが部屋の外に出て行くと、サリオンが口を開いた。
「最近の流行はコース料理なんだが、今日は帝国の昔風の宴会料理を用意させた」
カオルはうなづいた。
「コース料理は一品ごとに店の人が持ってきますからね。出来たての料理を味わうにためなのですが、今日は邪魔が入らない方が良いでしょう」
「そういうこと、カオルさん。まずは羊肉でもどうだい?」
テーブルの中央には、焼かれた大きな羊肉のカタマリが置かれていた。
刃物で切って一口分に切らなければ食べられない大きさだ。
テーブルの上にはナイフが一本しかなかった。
カオルはサリオンに向けて微笑んだ。
「サリオンさん。お願いできますか?ここでは、あなたがホストで、わたしはゲストですから」
サリオンは野生の熊のような笑みを見せると、ナイフを取った。
「さすがは、大賢者さまの弟子だな。古い帝国のマナーを知っているな」
「今は一人ずつにナイフとフォークを用意しますが、昔はフォークは無くて、手づかみで食べていたそうですから、ナイフは一本だけで、こういう宴会では大きな肉はホスト役の人が、一人分に切り分けていたそうですから」
「その通り。さあ、どうぞ」
サリオンは小さく切った羊肉を皿に載せてカオルの前に置いた。
カオルは羊肉を右手でつかんだ。
ただし、右手の親指・人差し指・中指だけで羊肉をつかんだ。
「ほう、それも分かっているね。カオルさん」
「五本の指全部を使って食べ物をつかむのは、マナー違反ですからね。使って良いのは、この三本の指だけです」
「その通り。次はこちらはどうだい?」
皿に盛られたパスタがカオルの前に置かれた。
皿の横に今度はフォークが置かれた。
「サリオンさん。この食事のマナーは、あくまで古い帝国のマナーですよね?」
「その通りだよ」
「それでは……」
カオルはフォークを使わずに、右手の三本の指でパスタをつかんだ。
「その通り。それが、古い帝国でのパスタを食べる時の正しいマナーだよ。理由は知っているかい?」
「神の恵みである食べ物は、手づかみで食べるのが正しい。という考えが教会を中心にして根強かったですからね。フォークなどという道具を使うのは食事に時間を掛けられない労働階級のすることだという考えもありました」
「その通り。今ではこんな食べ方をしたら、『下品』と言われるんだから、価値観なんて時代によって変わるもんだね」
カオルとサリオンは表向きは、にこやかに食事を続けていた。
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