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第二十一話 カオルが旅芸人として身につけた芸を見せた理由

アン・トニアは日記を書き続けていた。






サリオンさんは両膝を床に着けて、両手の手のひらを床に着けて、頭を床にこすりつけるようにした。


「本当に申し訳ありませんでした。ユリア。エレノア」


サリオンさんはお二人に向けて「土下座」をした。


「ユリアさん。エレノアさん。この馬鹿を許せるかね?」


カオルさんが大賢者さまの声でお二人に話し掛けた。


「謝るならば、ボクはこの場の事は一応許すよ。過去の事は許さないけどね」


「私もユリアと同じです」


カオルさんは頭を下げているサリオンさんの正面に回った。


「良かったな。サリオン。お二人は許してくれるそうだ。頭を上げても良いぞ」


サリオンさんは頭を上げた。


「お久しぶりでございます。大賢者さま。このサリオン。再びお会いできたことを嬉しく……」


サリオンさんは頭を上げれば、大賢者さまがいると思ったのだろう。


大賢者さまへの挨拶の言葉を口にしながら頭を上げた。


「あれっ!?」


サリオンさんは正面にいるカオルさんの姿を見て、戸惑った表情になった。


大賢者さまの姿を探しているのだろう。


キョロキョロと周囲を見回した。


もちろん。大賢者さまがいるわけはない。


「あの……、大賢者さまはどちらですか?」


サリオンさんの口にした質問にカオルさんが答えた。


「大賢者さまの居場所をお教えしますよ」


カオルさんは本来の可愛らしい声に戻した。


「東の方を見てください」


カオルさんが指差した方にサリオンさんは顔を向けた。


カオルさんは西の方……、つまり、サリオンさんの背後に回った。


「おい!サリオン!東の方を向いたままで、じっとしていろ。絶対に後ろに振り向くなよ!」


カオルさんはまた大賢者さまの声を出した。


「は、はい。分かりました。大賢者さま」


サリオンさんはカオルさんの言葉に素直に従った。


カオルさんの声にまったく疑いを持っていないようだ。


「サリオン。今の女子生徒二人以外にも謝らなければならない相手がいるだろう?」


「だ、誰のことでしょうか?」


「分からないのか?」


「申し訳ありません。分かりません」


カオルさんはわざとらしくため息をついた。


「まったく、体は鍛えているようだが、頭の方は相変わらずだな。説明してやる。周りには他の新入生のみなさんがいるんだぞ。お前の粗暴な行動を見せられて、新入生のみなさんはさぞや不愉快に感じただろう。みなさんに謝る気持ちはあるのか?」


「は、はい。もちろんです」


「よし!それじゃあ、みなさん!」


カオルさんは大賢者さまの声で周りに呼び掛けた。


「サリオンにみなさんに謝罪させるから、こいつの正面に集まってくれ!」


周りのみなさんはサリオンの正面に集まった。


あたしもその一人だ。


みんなは楽しそうに笑っていた。


もちろん。みんなは大賢者さまはここにはおらず。カオルさんが声を真似しているだけだと分かっている。


それに気がついていないのは、サリオンさんだけだ。


サリオンさん一人だけが、カオルさんのイタズラに振り回されている。


それがとても可笑しくて、今にも吹き出してしまいそうな人までいる。


「みなさん!本当に申し訳ありませんでした!」


サリオンさんは、あたしたちに向けて「土下座」した。


こんなことは口にできないけど、いつもはパーティーなどで遠くから見ることしかできない皇族が、あたしたちに向けて頭を下げているのは愉快だった。


「さて、サリオン。もう一人謝罪しなければならない相手がいるだろう」


「だ、誰ですか?」


「お前は、幼い頃に家庭教師だった大賢者のことを今でも尊敬しているか?」


「も、もちろんです!」


「じゃあ、大賢者がここ数年どこにいるか知っているか?」


「大陸から海を渡ってはるか東の方にある野蛮人の住んでいる島に、学術調査のために滞在していると聞いております」


「そうだ。東の方にある島国『東方諸島国』に大賢者は今もいる。東に向かって頭を下げるんだ」


「はい、分かりました。……、えっ!?」


サリオンさんが疑問を浮かべた顔になった。


「あの……、大賢者さまは、ここからはるか遠く離れた東の島国にいるんですよね?」


「その通りだ」


「では、この声は何なのですか!?」


サリオンさんは後ろに振り向いた。


「どーも、大賢者さまの弟子の東の島の野蛮人カオル・タイラです」


カオルさんは大賢者さまの声で、からかうように答えた。






アンは日記を書く手を止めた。


「真相に気づいたサリオンさんが、当然カオルさんに対して怒ると思っていたのだけど……」


同じ頃、平良薫ことカオル・タイラは自室で日記をつけていた。






サリオンさんは立ち上がると、僕の真っ正面に立った。


背が高くて筋肉質の体をしているので、側に立たれるとかなりの威圧感がある。


だけど、僕はまったく恐怖は感じなかった。


故郷の村で父親の狩りに同行した時には、熊を間近で見たこともあるのだ。


熊よりは小さいし、鋭い爪や牙を持っているわけでもない。


腕力は僕よりあるだろうが、「言葉」が通じる人間である以上は対応は可能だと僕は考えていた。


アンさんが自分でサリオンさんを止めに行こうとするまで、僕は止めに行く気はなかった。


サリオンさんがエレノアさんやユリアさんに暴力を振るうような、もっと深刻な事態になってから介入するつもりだった。


アンさんに少し意地悪なことを言ったのは、「嫉妬」からだ。


不幸自慢をするわけではないが、僕の生い立ちは恵まれているとは言えない。


五歳で両親が亡くなり、旅芸人の一座に身売りすることになったのだ。


身売りすることを選択したのは僕自身だが、幼くして両親を失ったのは精神的ショックだった。


だから、大陸横断鉄道の駅でアンさんに初めて会った時に、彼女に母親がいるのが羨ましかった。


アンさんの母親には、僕は一等車から追い出されそうになったのだから好意は持っていないけど。


アンさんとの雑談から感じると、彼女は自分の両親が好きではないらしい。


両親から逃れるために、この学園に入学したようなことを言っていた。


僕から見ると、何とも甘い考えだ。


アンさんは学園での学費も生活費も両親が全額出しているそうだ。


逃れたがっている両親に結局は甘えているのだ。


僕の学費と生活費は、関白さまと師匠に半分ずつ出してもらっている。


別に将来において返済を求められているわけではないし、関白さまの義理の子供になり、師匠の弟子になってからは衣食住に不自由したとこはない。


だけど、関白さまとの義理の親子関係と師匠との師弟関係は、向こうから簡単に解消されてしまう可能性が常にあるのだ。


関白さまと師匠と僕は血のつながりの無い元々は「赤の他人」だからだ。


関白さまは僕に対しては優しいし、師匠の元での修行は厳しいが、旅芸人の頃に比べれば極楽のようだ。


お二人に口に出して尋ねたことはないが、僕のことを本当の血のつながった子供のように思っているのだろう。


でも、僕は常に不安だ。


本当の血のつながった子供ならば、学校の成績が悪かったり、素行が不良であったとしても親から簡単に見放されたりしないだろう。


でも、僕はたまたまの幸運によって関白さまの義理の子供になり、師匠の弟子になったにすぎないのだ。


「大陸中央学園での僕の成績が悪かったり、素行が不良だったりしたら、お二人から縁を切られたりしないだろうか?」と、学園への入学が決まってから時々思うことがある。


エレノアさんとユリアさんを魔法ですぐに助けに行かなかったのは、アンさんに言ったが、停学や退学のリスクがあるからだ。


それなのにアンさんは、僕がエレノアさんとアンさんをすぐに助けに行かなかったことを責めるようなことを言ったのだ。


それには「アンさんは結局は苦労知らずのお嬢さま育ちか!」と、少しイラッとした。


だから、少し意地悪なことを言ったのだ。


だけど、アンさんが自分からサリオンさんのことを止めに行こうとするとは思わなかった。


アンさんは明らかに恐怖で震えていた。


僕にとってはサリオンさんはたいして怖くはないが、アンさんにとっては野生の熊に近づくような心境だったのだろう。


アンさんにとっては僕は女同士だろうが、本当は僕は「男」だ。


男としては、恐怖で震えている女の子のことは助けなきゃならない。


僕の旅芸人として身につけた芸の一つである「声真似」で、師匠ソックリの声を出した。


サリオンさんは、うまく騙されて本当に師匠がここにいると思い込んでいる。


僕は師匠の声で、サリオンさんをここにいる新入生全員に向けて土下座させた。


そして、次に師匠がここにいないことを気づかせた。


僕に騙されたことを知れば、当然サリオンさんは怒るだろう。


……と、思っていたのだが……。


サリオンさんは僕の顔を見た途端に笑い出した。


豪快な笑い声で、見ている方が気持ち良くなるような笑顔だった。


「ハハハハ、見事に騙されちゃったな!君が噂に聞いている大賢者さまの弟子のカオル・タイラさんだね?」


「はい、そうです」


「大賢者さまはお元気かね?小さい頃に俺の家庭教師をしてもらったことがあるんだが?」


「サリオンさんのことを手がかかる悪ガキだったと、おっしゃっていました」


「ハハハハ、確かにそうだね」


師匠からサリオンさんについて僕が聞いているのはそれぐらいだ。


サリオンさんが六歳ぐらいの頃、師匠は数ヶ月家庭教師をしたことがあるらしい。


師匠との雑談の中で出てきた話題で、それ以上詳しい事は聞いていない。


「カオルさん。君とは同じクラスになるようだね。これから一年間よろしく」


サリオンさんは右手を僕に向けて差し出した。


僕も右手を差し出して、握手をした。


サリオンさんは、僕の手を強く握るようなことはなく、普通の握手だった。






カオルの部屋のドアがノックされた。


「カオルくん。いるかい?部屋に入ってもいいかい?」


ユリアの声がドアの外からした。


「ちょっと、待ってください」


カオルは日記を閉じて鍵を掛けると、机の引き出しに閉まった。


ドアを開けると、そこにはユリア、エレノア、アンの三人がいた。

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