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第二十話 アンが一歩前に踏み出そうとしてカオルがそれを止めた理由

アン・トニアは日記を書き続けていた。






ユリアさんの醸し出す雰囲気は、氷のように冷たい物だった。


しかし、その雰囲気にサリオンさんは気圧されることなく野性の虎のように獰猛な笑いを見せた。


「ユリア。久し振りに会う幼なじみにその言い方はないんじゃないか?」


「サリオン。君が幼なじみであることが、ボクの人生において最大の汚点だよ。親友なら絶交できるし、恋人同士でも別れれば関係は解消されるけど、幼なじみであることは消せないことだからね」


サリオンさんは、その言葉にも怯むことなく獰猛に笑っていた。


サリオンさんは視線をユリアさんの頭の天辺から足下まで動かした。


「しかし、相変わらず男装しているのか?折角の綺麗な銀髪を短くしているのはもったいないぜ。昔みたいに長く伸ばしたらどうだ?」


サリオンさんは右手で、ユリアさんの髪の毛に触ろうとした。


ユリアさんは、その手をはねのけた。


「気安く触らないでくれ!」


「やれ、やれ、嫌われたもんだぜ」


サリオンさんはユリアさんから離れると、今度はエレノアさんに近づいた。


「よう!久し振りだな!エレノア!」


「お久し振りです。サリオンさん」


ユリアさんは少し怯えているようだった。


それに声からは、はっきりとした相手に対する拒絶を感じる。


「おい、おい、エレノアもユリアと同じか?俺のことが嫌いなのか?」


「はい、大嫌いです。二度と会いたくはありませんでした」


エレノアさんからはっきりとした拒絶の返事をされたが、サリオンさんは獰猛な笑みを浮かべたままだった。


「エレノア。胸がまたでかくなったんじゃないか?揉みこごちが良さそうだぜ」


そう言いながらエレノアさんに向けて右手を伸ばした。


どう見てもエレノアさんの素晴らしい胸を揉もうとしている。


「やめろ!サリオン!」


ユリアさんが背後からサリオンさんの右手をつかんだ。


それを簡単にはずすと、サリオンさんはユリアさんに体の正面を向けた。


両腕をユリアさんの背中に回して抱き締めた。


「離せ!離せよ!」


「おい、おい、ユリアの方から俺を抱き締めたんだろ?俺は応えてやっているんだぜ?」


「エレノアへのセクハラを止めるために、右手をつかんだだけだ!自分に都合良く、解釈するな!」


ユリアさんは女性としては長身だが、サリオンさんの方が頭二つは大きい。


サリオンさんは制服を着ていても分かるほどの筋肉質だ。


ユリアさんは、サリオンさんの腕を振りほどこうとしているが、筋力の差でできないらしい。


あたしは助けを求めようと周囲を見回した。


掲示板の周りには当然あたしと同じ新入生が大勢いる。


新入生たちは遠巻きにして、こっちを見物しているだけだ。


男子生徒のほとんどは面白そうな顔をしているし、女性生徒は軽蔑する視線をサリオンさんに向けている。


誰もサリオンさんを助けようとはしないらしい。


あたしはカオルさんを見た。


カオルさんも助けに行く様子が無い。


「ちょっと!カオルさん」


「何ですか?アンさん」


「何で、ユリアさんを助けに行かないの?」


「質問に質問で返しますが、何故、アンさんは助けに行かないのですか?」


「えっ!?それは……」


あたしは虚を突かれた。


「……、あたしは助けられるような力は持ってないし……」


カオルさんはうなずいた。


「そう。周りのみんなもそう思っているから助けに行かないんだよ。見るからにサリオンさんには腕力ではかないそうにないし、皇族に関わったら、後からどんな面倒に巻き込まれるかもしれないからね」


「でも、カオルさんは大賢者さまのお弟子さんで、強力な攻撃魔法が使えるのでしょう?それを使えば……」


「学園内の無許可での攻撃魔法の使用は校則違反になる。違反すれば最低でも停学処分、悪ければ退学になるよ」


「自分の身を守るための『正当防衛』や他人を助けるための『緊急避難』ならば許されるはずよ」


「そうだけど、その場合には攻撃魔法の使用が適切だったか、学園から厳しく審査される。サリオンさんはユリアさんに攻撃魔法を使ったり、殴ったりしているわけではないからね。『久し振りに会った幼なじみとじゃれ合っていただけだ』とサリオンさんが主張したら、それが通ってしまう可能性が高い。わたしが攻撃魔法を使ってユリアさんを助けたとしたら、わたしに停学や退学のリスクがある」


あたしはカオルさんに少し怒りを感じた。


「カオルさんは親切な人なんだと思っていました。ユリアさんが困っているのにリスクを恐れて助けようとしないのは、良くないんじゃないですか?」


カオルさんは少し怒ったような目つきで、あたしを見た。


「それを言うなら、アンさんは、わたしにだけリスクを負わせようとしていないか?わたしは大賢者さまの弟子で、普通よりは強力な魔法を使えるし、普通よりは知識の量は多いけど、新入生ということではアンさんと立場は同じなんだよ。わたしにだけリスクを負わせて、自分は安全地帯にいるなんて卑怯じゃない?」


あたしは言葉に詰まった。


確かにカオルさんの言う通りだ。


あたしは何か変わろうと思って、この学園に来た。


変わるための一歩を踏み出そう。


「分かったわ。あたしがサリオンさんを止めるわ」


あたしは右足を一歩前に踏み出した。


「ちょ!ちょっと、待って!アンさん!」


カオルさんが慌てた声で、あたしの肩をつかんだ。


「何?カオルさん」


「どうやって、サリオンさんを止めるつもりなの?」


「言葉で、『ユリアさんが嫌がっているから止めてください』って言うわ」


「人の話を聞くような人には見えないよ」


「サリオンさんが怒って、あたしに暴力を振るえば、カオルさんが攻撃魔法を使う正当な理由ができるでしょ?」


「でも、殴られたりして、顔に傷が残るようなケガをしたら……」


「大丈夫よ!学園の保健室には、レベルの高い治癒魔法を使える魔導師が常に待機しているはずよ。ケガしてすぐに治療してもらえば傷痕は残らないわ」


「アンさん……」


カオルさんは、あたしの両手をにぎった。


「手が震えているよ」


「えっ!?」


カオルさんに言われて、初めて気づいた。


怖くてあたしの手は震えていた。


カオルさんは優しい笑顔をあたしに向けた。


「ごめんなさい。アンさんのことを試すような事を言って、そこまで覚悟ができているのが分かれば充分だよ。後はわたしに任せてちょうだい」


「でも、攻撃魔法を使ったら、カオルさんが……」


「大丈夫だよ!魔法は使わないから」


カオルさんは今度はイタズラを企んでいる子供のような顔になった。


「わたしが師匠の弟子になる前は、旅芸人だったって言ったでしょ?芸を一つお見せするよ」


カオルさんは大きく息を吸った。


そして大声を出した。


「コラーッ!サリオン!」


怒鳴りつけられて叱られるのを「雷が落ちる」と言うが、カオルさんの声はまさにそれだった。


カオルさんの声は別人のように変わっており、まるでお年寄りの声のようだった。


「とっとと!そのお嬢さんから離れろ!さもないと!厳しいお仕置きが待っているよ!」


ユリアさんに抱きついていたサリオンさんは慌てて離れると、直立不動の姿勢になった。


「申し訳ありません。大賢者さま」


サリオンさんは親や先生に叱られて、震える幼い子供のようだった。


「今から、そっちに行くからそこでおとなしくしていろ!一歩も動くんじゃないよ!目をつぶれ!私が良いと言うまで開けるんじゃないよ!」


「は、はい!分かりました!」


サリオンさんは、カオルさんのお年寄りのような声に従って目を閉じた。


「ユリアさん。サリオンのことは私に任せて、エレノアさんと一緒に離れてくれ」


「えっ……、しかし……」


「良いから、任せて」


ユリアさんは、カオルさんのお年寄りのような声に戸惑いながらもエレノアさんを連れて、あたしの側に来た。


「あの声……、大賢者さまの声だ」


ユリアさんがつぶやいた。


「どういうことなんですか?」


あたしの質問に、ユリアさんが答えた。


「小さい頃にサリオンの家庭教師をしていた大賢者さまに会ったことがある。今のカオルさんの声は、大賢者さまにソックリだ。サリオンは大賢者さまに怒鳴られたと勘違いをしておとなしくなっているんだ」


あたしは今起こっている状況を理解したと同時に、新たな疑問が浮かんだ。


カオルさんは、これからどうするつもりなのだろう?


サリオンさんは目を閉じているから本物の大賢者さまの声だと勘違いしているが、目を開けてカオルさんの姿を見ればすぐに真相が分かるだろう。


そうなれば、サリオンさんは激しく怒ることは間違いない。


それに、カオルさんはどう対応するつもりなのだろう?


あたしがそう考えている間、カオルさんは大賢者さまの声でサリオンさんに話し続けていた。


「サリオン。膝を曲げて姿勢を低くしろ」


サリオンさんは素直に従った。


サリオンさんはさっきまでは野生の虎のような態度だったが、今では飼い犬のようだった。


カオルさんはしゃがんでいるサリオンさんの正面に立った。


「おい!サリオン!さっきの女子生徒への態度は何だ!?」


「も、申し訳ありません。大賢者さま」


「まったく、図体ばかりでかくなりやがって、中身の方はガキの頃とちっとも変わっていないようだな。いっそのこと、小学生からやり直したらどうだ?」


「申し訳ありません」


「謝るべきなのは、私に対してじゃないだろ。迷惑をかけた女子生徒に対してだろう」


「は、はい。申し訳ありません」


「本当に心の底から謝罪する気持ちはあるのか?」


「も、もちろんです」


「それなら『土下座』をしろ」


「あの……、大賢者さま。『ドゲサ』とは何でしょうか?」


「東方諸島国の習慣で最大の謝罪の気持ちを示すためにするものだ」


カオルさんは「土下座」のやり方についてサリオンさんに説明すると、サリオンさんの背後に回った。


「さあ、目を開けろ。迷惑をかけた女子生徒二人にしっかりと謝るんだ」


カオルさんはサリオンさんの背後にいて、サリオンさんに姿は見えていないので、まだサリオンさんは真相に気づいていない。

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