第二話 カオルとエレノア・フランクリンが友達になった理由
平良薫ことカオル・タイラが女子寮の自室で日記をつけているのと同じ頃、エレノア・フランクリンも自室で日記をつけていた。
彼女の日記帳は鍵は付いているが、カオルの日記帳のような特殊な物ではなく、大量生産され市販されている品だった。
私、エレノア・フランクリンは文字が書けるようになった幼い頃から日記をつけ続けてきた。
最初は、お父さまの言い付けに従っただけだったが、今では一日の出来事を頭の中で整理するために、私にとって必要不可欠なものになっている。
大陸一番の名門校である大陸中央学園高等部に入学した初日の出来事を、この新しい日記帳にまずは書こうと思う。
今日の午前中に行われた入学式は、滞りなく終わった。
鉄道で事故があったらしく、入学式開始直前に学園に駆け込んでくる新入生もいたらしいが、一週間前から学園に滞在している私には関係無かった。
入学式が終わって、お昼になる頃、私は学園長室に向かった。
学園長である叔父のセオドア・フランクリンと、昼食を一緒にする約束をしているたのだ。
私は、おじさまとの会話を楽しみにしていた。
私の実家であるフランクリン家は機械連邦で代々続く名家だ。
機械連邦は民主主義国家なので、魔法帝国のように皇族・王族・貴族はいないけど、名家と言われる一族はいる。
初代フランクリンは、三百年前の「機械連邦独立戦争」において、独立軍最高司令官であり、初代連邦大統領だったジョージを科学者として補佐して、二代目の大統領にもなっている偉大な人物だ。
もちろん。連邦における名家は、帝国の貴族のように先祖が功績をあげただけで子孫が高い地位を得て、領地を持って領民から搾取するようなことはない。
政治家・科学者・実業家として常に社会に貢献しているからこそ名家として認められるのだ。
セオドアおじさまは、フランクリン一族が久し振りに出した政治家として優秀な人なのだ。
以前は、連邦において外務長官などの閣僚を歴任し、数年前から大陸中央学園の学園長を務めている。
大陸中央学園のことを知らない人は(そんな人が大陸人の中でいるはずがないのだが)外務長官まで務めたセオドアおじさまが、学園長になったのは「格下げ」だと思うだろう。
しかし、大陸中央学園の学園長は普通の学園の学園長とは、まったく違うのだ。
この学園は、教職員・生徒・学園内の店の従業員まで合わせると、十万人以上の人間が住んでいる。
これだけ大規模だと、学園は「都市」……、いいえ、「国」と言った方が良いくらいだ。
学園は、連邦と帝国の双方から中立地帯として保障されており、独自の軍隊や警察まで保有している。
この学園の学園長は教育者としてより、政治家としての能力が求められていて、過去に学園長になった連邦出身者には、後に連邦大統領になった人も数名いる。
セオドアおじさまは将来の有力な大統領候補なのだ。
連邦初の女性大統領を目指している私は、セオドアおじさまと参考になるお話ができるのを楽しみにしていた。
それなのに突然キャンセルされてしまった。
カオル・タイラという私と同じ高等部新入生と大事な話があるというのだ。
カオル・タイラ。彼女はいったい何者なのだろうか?
彼女は黒い髪に黒い目、黄色い肌をしている。
その特徴から推測できるのは、本で読んだことのある大陸から海を隔てて東にあるという島国「東方諸島国」に住む民族なのだろう。
彼女のような蛮族が……、いけない!いけない!「蛮族」という言葉は「差別用語」だとして公の場で使うのはマナー違反になるんだった。
個人的な日記とはいえ、そのような言葉を使うことは避けなければならないだろう。
書き直すと……、彼女のような発展途上段階にある民族が、学園長と大事な話があるというのは何故なのだろう?
彼女が着ていた女子用制服は、学園側が格安で販売している大量生産されている既製品だった。
それから判断すると、彼女の実家は裕福ではないことが分かる。
実家が裕福な生徒は、自前で用意してくることが多いのだ。
学園の制服のデザインは決まっているので勝手に変更することはできないが、自前で上等な生地を使って仕立屋に制服を仕立てさせるのは許されている。
私の制服も高級な生地を使って、一流の仕立屋に仕立てさせた物だ。
この学園には、連邦と帝国から上流階級の子弟が入学してくるため、既製品の制服を来ていると「自前で制服を用意する経済的余裕が無い」と見られるため、私のような人間は、甘く見られないためにもオーダーメイドの制服を着ていなければならないのだ。
それから考えると、彼女は上流階級に所属する人間ではない。
それならば、学園長であるセオドアおじさまが彼女と大事な話をしなければならない理由が分からない。
私の同席を拒否したということは、私には知られたくない話なのだろう。
学生食堂でお昼を食べている間も、寮に帰るために馬車鉄道に乗っている間も、ずっと考えていたが、話の内容についてはまったく見当はつかなかった。
「次の停留所は第四女子寮前!第四女子寮前!なお、ご注意しますが、女子寮には男子生徒はもちろんですが、教職員・保護者であっても男性は事前に許可がなければ入ることはできません。無断で浸入しますと学園警察に逮捕されることになります」
私の乗っている馬車鉄道の車掌の案内の声が聞こえた。
ずっと考え事をしていた私は、我に返ると少し慌てて降りる準備をした。
停留所で降りると、後から声がした。
「あのー、エレノア・フランクリンさんですよね?」
後に振り向くと、カオル・タイラがいた。
ずっとカオル・タイラのことを考えていたので、当の本人から声をかけられて、私は驚いて声が出せなかった。
「学園長室でお会いしましたが、あらためて自己紹介させていただきます。わたしはカオル・タイラと申します。東方諸島国の出身です」
カオル・タイラは流暢な大陸中央語で挨拶すると、可愛らしく微笑んだ。
あらためて彼女の顔を見ると美少女だ。
大陸では滅多に見ない黒髪に黒い目、そして黄色い肌だけに、異国情緒溢れるお人形を見ているかのようだった。
女の子らしい華奢な体をしているのも可愛らしかった。
私は女としては大柄な方で、親しい女友達は「舞台女優みたいに背が高くて格好良い」と言ってくれるが、私自身にとってはコンプレックスなのだ。
それだけに私は小さくて可愛らしい物が好きで、実家では可愛い子犬を飼っている。
私も微笑んで挨拶を返した。
「私も、あらためて自己紹介させていただくわ。エレノア・フランクリン。機械連邦の出身よ」
私は握手をするために、右手を前に差し出した。
私の右手を見て、カオルさんは戸惑っているようだった。
「ああ、そうだったわね。東方諸島国には握手の習慣が無いのだったわね」
「よくご存じですね。わたしの国は機械連邦の方から見れば、東の果てにある国でしょうに」
「大賢者さまがお書きになった東方諸島国の文化や風土についての本が最近出版されたのよ。セオドアおじさまからプレゼントされて、おじさまも自分の分を持っているはずだわ」
カオルさんは納得したようにうなづいた。
「そうか、それで学園長は、わたしの国の習慣に妙に詳しかったのか……」
「えっ!?何のこと?」
「いえ、こちらの話です」
私は、ずっと思っていた疑問をカオルさんに質問することにした。
「ところで、カオルさんは、セオドアおじさま……学園長と大事なお話があったそうだけど、どんなお話だったのかしら?」
彼女は私より頭一つ背が低いので、上目遣いになって私を見た。
「あの……、ご迷惑だったでしょうか?」
その目は、雨の日に道端に捨てられている子犬を連想させた。
私の「可愛い物好き」を刺激した。
「フランクリンさんの学園長との楽しい時間を邪魔してしまって申し訳ありませんでした」
いけない!このままでは、カオルさんに嫌われてしまうかもしれない!
「別に怒ってなんかいないわ。ただ大事なお話というのが気になって……」
「でも、フランクリンさんは学園長室でお会いした時には、わたしのことを冷たい目で……」
彼女は今にも泣き出しそうだった。
自分では気がつかなかったけど、あの時は疑問や不信感の方が先にあったから、そういう目で彼女を見てしまったのかもしれない。
それに学園長室では、彼女のことをこんなに可愛いとは気がつかなかった。
せっかく、こんな可愛い女の子と知り合いになれたのだ。
仲良くなるチャンスを逃すわけにはいかない。
私は彼女を抱き締めた。
「カオルさん。ごめんなさいね。怖がらせてしまったみたいで、私は本当に迷惑になんか思っていないのよ」
「あ、あのー、フランクリンさん」
「なあに?カオルさん?」
「む、胸が、わたしの顔に当たっています」
これが私の女の子同士で仲良くなるための必殺技だ。
私の胸は、はっきり言えば自他共に認める巨乳だ。
この巨乳で抱き締めれば、相手は母親に抱かれているようで安心するのだ。
もちろん。この手段を男性相手に使ったことはない。
外を歩いていると、男性のほとんどは私の胸に欲望に満ちた視線を向けるので、男性には嫌悪感を感じるのだ。
「フランクリンさん。苦しいです。放してください」
「それじゃあ、お友達になってくれる?」
「なります!なります!フランクリンさん!」
「お友達なら、名字じゃなくて名前で呼んで」
「お友達になりましょう!エレノアさん!」
私はカオルさんを放した。
彼女は顔を真っ赤にさせていた。
「ごめんなさい。そんなに息苦しかったかしら?」
「いいえ、顔が赤くなったのは他の事が原因です。それと学園長との話の内容ですが……」
カオルさんの説明によると、入学手続きに不手際があって、それから発生した問題を解決するために、セオドアおじさまと話していたのだそうだ。
さっきまでは、私は疑問に思っていたけれど、最早そのことは、どうでも良かった。
こんな可愛い女の子と学園生活ができることが、何よりも嬉しかったからだ。
ご感想・評価をお待ちしております。