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第十七話 カオルが関白を詐欺師呼ばわりした理由

平良薫ことカオル・タイラは話を続けていた。






関白さまは「謀反」の知らせを受けると、立ち上がり、茶室の外に跳び出しました。


わたしはどうして良いのか分からずに、少しまごついていました。


「カオルさん。一緒に来るんだ」


大賢者さまが、わたしの手を引いたので付いて行きました。


茶室から外に出ると、門のある方から火の手が上がっているのが見えました。


周囲を見回すと、関白さまが鎧を着た武士から報告を受けていました。


「謀反を起こしたのは、井関(いせ)さまの模様!井関さまの軍勢が門を打ち破り、屋敷に侵入しております!」


「おのれ、井関!あやつめがっ!」


関白さまが怒りで顔を真っ赤にしました。


「屋敷の周囲すべてが井関さまの軍勢に囲まれているようです。井関さまの兵の数はおそらく一万人、それに対して、こちら側の屋敷には千人ほどしか警備の兵はおりません。どうなさいますか?関白さま。ご命令をお願いします」


その言葉に、関白さまは冷静さを取り戻されたようで、ご家来の武士に尋ねました。


「こちらの千人の兵は、門のあたりで防戦しているのだな?」


「はい、その通りです。今は防いでおりますが、数に差がありすぎます。突破されるのは時間の問題かと……」


「ならば、この場を逃れるしかあるまい。『飛行』の神術を使える者をここへ!」


東方諸島国での「神術」とは、大陸での「魔法」のことです。


「それが……、その……」


ご家来は口ごもりました。


「何だ?危急の時だ。はっきりと言え!」


「それが……、飛行の神術を使える者の姿が見当たりません」


「何故だ!?こういう時の脱出用のために、常にワシの側で待機しているはずだろう?……、愚問だな……、井関がすでに手を回していたか……」


十歳の子供だったわたしには、関白さまたちが話している内容が理解できませんでした。


それを察したのか、大賢者さまが解説してくれました。


「カオルさん。イセという男は、カンパクの家来の武将の一人だ。カンパクは今回の宴会の警備をイセに任せていた。脱出用の飛行の神術を使える者を始末したのもイセだろう。これでカンパクは脱出手段を失ったチェックメイトだな」


「大賢者さま。チェックメイトとは、何ですか?」


「ああ、こっちにチェスは無かったな。ボードゲーム……、この言葉も分からないか……、盤上遊戯の将棋は知っているかい?」


「もちろん。知っています」


「つまり、『王手詰み』ということだ」


そこでようやく、わたしは関白さまが絶体絶命の状態にあることが理解できました。


関白さまは、うなだれて肩を落として、誰に向かってでもなく、つぶやいていました。


「猫の額のような小さな領地しか持たない家の嫡男としてワシは生まれ……、数十年の戦いの末に戦国時代を終わらせ。この国の最高実力者となり、この国をワシは統一した。それが家来の裏切りで死ぬとはな……、これがワシの最後か……」


その関白さまの姿は、無力な老人にしか見えませんでした。


茶室の中で、わたしが顔を合わせた時には、ただ座っているだけなのに一流の舞台役者のように「華」、大陸の言葉での「オーラ」を感じたのに、まるで別人のようでした。


そんな関白さまの姿をみて、わたしの心の中には「苛立ち」のようなものが沸き上がってきました。


「そんな情けない姿を見せないでください!関白さま!それじゃあ、関白さまは詐欺師です!」


「な、何だと!?ワシが詐欺師だと!?」


「そうです。わたしの父ちゃんと母ちゃんは……」


わたしは自分の父親が税を納めるために過労死したことと、父親が死んだ精神的ショックで母親も死んだこと、そして、村のためにわたしが旅芸人に身売りしたことをまくし立てました。


「そうか……、それなら、ワシを恨んで当然だな」


「誤解しないでください!関白さま。別にわたしは関白さまのことを恨んだりしていません!」


「それなら、何故?ワシを詐欺師呼ばわりする?」


「わたしは旅芸人として故郷の村を離れてから、五年間あちこちを旅してきました。だから、分かることもあります」


「どんなことが分かるのだ?」


「わたしが所属している旅芸人の一座には、戦乱が激しかった頃から旅芸人をしている人たちもいます。その人たちから聞きました。昔は、旅をするとあちこちに関所があって、そこで税金を徴収されるので大変だったと。でも、わたしは関所を通ったことがはほとんどありませんし、数少ない関所を通った場合も税金を徴収されたことはありません」


「昔は、あちこちの領主が通行税の徴収のために多くの関所を設けていたからな。それが人の移動を妨げていた。ワシは人々の交流を盛んにするために、ほとんどの関所を撤廃した。今残っている関所は治安のための物だ。関所で通行税を徴収されることはもう無い」


「関白さま。その通りです。古くからの旅芸人たちは関所が撤廃されたことを喜んでいます。昔はせっかくの儲けが、関所を通るとほとんど無くなってしまうということもあったそうですから、それに戦乱が激しかった昔は、戦に巻き込まれそうになったり、敗残兵が盗賊になって、それに襲われそうになったそうですけど、それも無くなりました」


「そうだ。ワシがこの国の最高実力者になったのは、ワシの我欲だけではない。一般庶民が理不尽な暴力にさらされる。そのような戦乱の時代を終わらせたかったからだ」


「そうです。平和になって、この国の人たちはみんな豊かになりました。芸を披露してもらえるお代は昔より多くなっているそうです」


「そうだ。平和になれば、農民は戦で田畑が荒らされる心配をしなくてよくなるから、農業生産量は増える。それにともない商業や手工業も盛んになる。娘。お主のような芸人が司る芸能が盛んになっているのも、食べるだけで精一杯だった庶民たちが、芸能に金銭を投じる余裕ができたからだ」


「そうです。それは関白さまがこの国を『平和』にしたからです。その『平和』のために、わたしのお父さんは税を払ったんです。関白さまがここで殺されたら、どうなりますか?平和なままなのですか?」


関白さまは首を横に振りました。


「いや、井関のやつめは、ワシを殺して最高実力者の座を奪い取ろうとしているのだろうが、ワシを殺したとしても、他の者たちが認めるわけがない。最高実力者の座をめぐって、この国は戦国時代に逆戻りすることになるだろう」


わたしはさらに声を強くして言いました。


「ならば、関白さま。この場は何としても脱出してください!わたしたち芸人はお代をもらって舞台に立ったら、芸を見せなければなりません。芸を見せなければ『詐欺だ!』と言われます。関白さまは、この国の最高実力者として舞台に立っているんです。舞台に立っているなら芸を見せてください!」


関白さまは愉快そうに笑い出しました。


「確かに、ワシは最高実力者として最後まで舞台の上で演じなければなるまい。そうでなければ、娘。お主の両親が納めた税が無駄になってしまう。そうなれば、お主がワシを『詐欺師』呼ばわりするのは当然だ。ワシは詐欺師などになりたくないからな。何とか、この場を逃れることにしよう」


関白さまは周囲を見回しました。


「しかし、この状況をどうやって切り抜けるか……」


関白さまは、大賢者さまと目を合わせました。


「大賢者。おまえの力を借りるわけには、いかないよな?」


「私の魔法……、この国では神術と言うんだったな。私の力なら簡単に脱出できるし、それどころか、イセの一万の軍勢を全滅させることができる。だが、そうすることはできないことは、おまえにも分かるだろう?」


「もちろん。分かっている」


関白さまは、大賢者さまの言葉にうなづくと、考え込む表情になりました。


わたしは関白さまと大賢者さまの間の会話の意味が分からなかったので、質問しました。


「あの、何故?大賢者さまが関白さまに力を貸しては駄目なのですか?」


「ああ……、それはな……」


大賢者さまは、わたしに対して丁寧に説明してくれました。


関白さまは、宴会の警備を任せていた井関に反乱を起こされた時点で、かなり面目を失ってしまっています。


この失点を少しでも取り戻すためには、関白さまは自分の力で井関が起こした反乱を治めなければなりません。


東方諸島国にとっては外国人である大賢者さまの力を借りてしまっては、ますます関白さまの面目は失われてしまうのです。


「面目」言い換えれば、「名誉」によって大賢者さまの力が借りられないのは理不尽なようですが、関白さまは最高実力者としての地位を維持するためには必要なことだったのです。


えっ!?みなさん。十歳の子供だったわたしが反乱に巻き込まれているのに、妙に落ち着いているですか?


後から考えてみると、この時のわたしは現実を現実に感じていませんでした。


舞台の上の芝居を見ている「観客」のような気分でいたのです。


関白さまを鼓舞するようなことを言いましたが、舞台の役者に声援を送っているような感覚でした。


「そうだ!娘!お主は神術を使えるか?」


関白さまが、わたしに尋ねました。


「いいえ、使えません」


「神術が使えるかどうかの検査をしたことは?」


「いいえ、ありません」


「おい!大賢者!この娘が神術が使えるかどうか調べてくれ!」


大賢者さまが右手をわたしの頭に置きました。


神術が使えるかどうか検査するには、本来は大掛かりな設備と長い時間が必要なのですが、大賢者さまはそれだけで検査が可能でした。


「ほう、カオルさんは魔力……、この国では神力と言うのだったな。神力をけっこう持っているぞ」


「よし!娘!いや、名前は薫だったな!たった今から、薫!おまえは関白であるワシの娘だ!」


「えっ!?どういうことなのですか?」


今まで「観客」の気分でいたわたしが、舞台の上の「役者」になった瞬間でした。


これから、関白さまが即興で思いついた台本に従って、わたしは舞台の上で演技をしなければならないことになるのでした。

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