表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/112

第十六話 カオルが大賢者の前で芸を披露した理由

平良薫ことカオル・タイラは大賢者と初めて会った時の話を続けていた。






「歳はいくつだ?」


「十歳です」


「これに自分の名前を書いてみてくれ」


大賢者さまは、紙に墨に筆と筆記用具をわたしに渡しました。


わたしは紙に「薫」と名前を書きました。


「ふむ、なるほど」


大賢者さまは、わたしの書いた文字を見て、そうつぶやきました。


「それじゃあ、今度はこの本の最初の所を声に出して読み上げてくれ」


大賢者さまは本を開くと、わたしに渡しました。


わたしは困惑しました。


「あの……、すいません。わたしは自分の名前以外文字を読むことも書くこともできないんです」


わたしの返事に大賢者さまは気分を害した様子も無く、関白さまの方に顔を向けました。


「カンパク。あんたの国の普通の十歳の子供の文字を読み書きをできる力はこんなものか?」


大賢者さまの質問に、関白さまは答えました。


「そうだな、むしろ上出来な方だ。大人でも自分の名前も書けない者は多いからな」


「なるほどね。カオルさん。次はこれだ」


大賢者さまは銅貨を数十枚取り出しました。


「ここに銅貨が四十八枚ある」


畳の上に四十八枚の銅貨を並べました。


そして、その横に十二枚の銅貨を並べました。


「それに十二枚の銅貨を加えたら、合計はいくつだ?」


「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚……」


わたしは並べられた銅貨を一枚一枚数え始めました。


「……、五十八枚、五十九枚、六十枚。合計で六十枚です」


「ふむ、なるほど、そうやるか、では、その六十枚の銅貨から十九枚を除くと、残りは何枚だ?」


「一枚、二枚……」


わたしは一枚一枚銅貨を数えて、十九枚になったところで、それを脇に除けました。


そして、残った銅貨を数えました。


「……三十九枚、四十枚、四十一枚です」


大賢者さまは納得したようにうなづくと、別の問題を出しました。


「カオルさんが一日銅貨五枚をもらうとする。それが五日間続いたとしたら、合計は何枚だ?」


わたしは銅貨を一枚一枚数えて、五枚並べるのを五回繰り返しました。


そして、並べた銅貨を一枚一枚数えました。


「……二十四枚、二十五枚です」


大賢者さまは、次の問題を出しました。


「ここに二十八枚の銅貨がある。七人で平等に同じ数に分けたとすると、一人は何枚だ?」


わたしは並べられた二十八枚の銅貨から、一枚一枚を数えて七枚を取り出しました。


その七枚を七つのグループに分けた目印にしました。


そして、残った銅貨から一枚を取り出して、第一のグループに置く、次の一枚は第二のグループに置く、次は第三のグループに……と繰り返して、第七のグループまで置いたところで、また第一のグループに一枚置きました。


それを七つのグループに残った銅貨が全部移るまで繰り返しました。


「答えは四枚です」


大賢者さまはまた関白さまに顔を向けました。


「カンパク。あんたの国の普通の十歳の子供の計算能力は、こんなものか?」


「そうだな。むしろ上出来な方だ」


「確かに足し算、引き算、掛け算、割り算、どれも暗算できないようだが、工夫して答えは出している。むしろ、頭は良く回る方だろう」


大賢者さまは少し感心したように、わたしを見ました。


えっ!?みなさん!何を驚かれて、いるんですか?



ああ、十歳の時のわたしの学力に驚いているんですか。


師匠に聞きましたが、大陸ではどこの国でも「義務教育」というのがありますからね。


子供全員に基礎的な教育を受けさせる素晴らしい制度ですね。


だから、大陸では子供はみんな読み書きができますし、計算もすることができます。


ですが、わたしの国の東方諸島国には義務教育はありません。


「それじゃあ、どうやって読み書き、算数を習うんだい?」ですか?ユリアさん。


上流階級では、親が自分の子供に教えたり、家庭教師を雇ったりします。


一般庶民は、商人のところに奉公した子供の場合は、商売には読み書きと計算が必須なので教えてもらえます。


わたしの場合は奉公したのが旅芸人だったので、「芸人に学問は必要ない」と教えてもらえませんでした。


自分の名前が書けたのは、故郷の村にいた時に、村で唯一字が書ける村長に教えてもらったからです。


この頃は、わたしは数は百までしか数えられませんでした。


わたしの国では、ほとんどの子供が教育を受ける機会が無いのです。


話を戻しますね。


わたしは何をさせられているのか分からないでいました。


その疑問が顔に出ていたのでしょう。


大賢者さまが説明しました。


「すまん。すまん。カオルさん。何の説明も無しに、こんな事させられたら変に思うよな。説明しよう。君はこの東方諸島国から、西の方に『大陸』があるのを知っているかね?」


「はい、ほんの少しですが聞いたことがあります。ものすごく大きな陸地で、ものすごくたくさんの人が住んでいるということしか知りません」


「私はその大陸から来た『大賢者』という称号を持つ……、まあ、学者のような者だ。大陸とこの東方諸島国にはほとんど交流が無かった。歴代の大賢者の先輩方もこの国には足を踏み入れなかった。私が初めてだ。半年ほど前から、このカンパクの屋敷に滞在して、大陸にとって未知なこの国について色々と学術的な調査をしている。君にやってもらったのは、この国の子供の学力を調べるためだ」


大賢者さまは、たくさんの銅貨をヒモで束ねた物を取り出しました。


わたしの国の銅貨は真ん中に穴があいていて、三百枚や五百枚など切りの良い枚数で、数えやすいように穴にヒモを通して束ねます。


大賢者さまが手に持っているのは、千枚の銅貨を束ねた物でした。


千枚の銅貨は、大人にとってもちょっとした金額で、十歳の子供のわたしには大変な大金でした。


「これは調査に協力してくれたお礼だよ」


大賢者さまは銅貨の束をわたしに渡そうとしました。


わたしは首を横に振りました。


「大賢者さま。失礼なことを申し上げるようですが、わたしは芸人です。芸を見せて、お代をいただくのは当然ですが、今したことは『芸』と言えるようなものではありません。それなのに、銅貨をもらってしまえば、わたしは『芸人』ではなく『物乞い』になってしまいます。ですから、それは受け取れません」


わたしは口に出してから、「しまった!」と思いました。


関白さまと、そのお客人である大賢者さまの前で生意気な口を利いてしまったのです。


どのような罰を受けるのか、わたしは怖くなりました。


関白さまが愉快そうに笑い出しました。


「大賢者。この娘の言う通りだぞ。誰にでも『誇り』、大陸の言葉での『プライド』は持っている。おまえは、この娘の誇りを傷つけたのだ。おまえが全面的に悪い」


関白さまの言葉に、大賢者さまは頭をわたしに向けて軽く下げました。


「確かに、私の配慮が足りなかったようだ。この通り謝罪する。許して欲しい」


わたしは罰を受けないで済むようで安心しましたが、大賢者さまの頭を下げたままにするわけにはいかないので言いました。


「それでは、芸を披露いたしますので、その銅貨はお代として受け取ります。大賢者さま。先ほど見せていただいた本の題名は何でしょうか?」


「東方諸島国創世記だ」


その本の題名は有名なので、私も知っていました。


私は自分の名前の「薫」以外は、一文字も読めませんが、「東方諸島国創世記」を最初から暗唱しました。


「世界の始まりでは、この世界は混沌に覆われ、天も地も無く、海も陸も無く、いかなる生命も無い世界でした。創造神が現れて、一本の長い棒を取り出すと、混沌を掻き混ぜて、小さな島を一つ作り上げたました。それが、この世界に出来た最初の陸地でした。創造神はその島に……」


「おい!おい!ちょっと待て!」


大賢者さまは、わたしの暗唱を止めました。


「カオルさん。あなたはさっき、この本を見せた時、一文字も読めないと言っていたじゃないか、何故、暗唱できるんだ?」


「これが芸なんです。女の子が難しい本の内容を暗唱できると、お客さまにウケるので、座長にこの芸を仕込まれました」


「文字が読めないのなら、どうやって覚えたんだい?」


「わたしの一座の文字が読める人に声を出して本を読んでもらって、それを聞いて覚えたんです」


「なるほど、何度も聞いて覚えたんだね?」


「いいえ、一冊につき一度だけです」


「一度だけ?」


「はい、一度で覚えないと、座長に罰として食事を抜かれます。だから、必死になって覚えました」


「なるほど、では『農事新書』は暗唱できるのかい?」


最近出回りはじめた新しい農業方法について書かれた本です。


座長から仕込まれたので、わたしは暗唱できました。


「我が東方諸島国における農業は古来より、親から子へと、先祖代々伝わってきた『言い伝え』により行われてきた。現在においても役立つ知識はあるが、迷信として実際には役立たない知識もある。そこで、実証することで効果が確認された新しい農業技術を世間に広めることをこの本は目的として……」


「ああ、すまないが、ちょつと待ってくれ。最初の所を正確に覚えているのは分かった。新しい肥料についての所は、暗唱できるのかい?」


わたしは大賢者さまの要望に応えました。


「古くから田畑への肥料としては、森の中に入り、草を刈ったり、落ち葉を拾い集めたりして、それを一ヶ所に集めて腐敗させて、肥料としてきました。最近では農地の拡大により、それだけでは肥料は不足するようになり、都市部で人糞を集めて肥料とするようにもなりました。それでも足りずに、最近では北の海で獲れるニシンから肥料を作ったりするようにもなっています」


「なるほど、なるほど」


大賢者さまは何度もうなづいた後、突然真剣な表情になりました。


「カンパク。今、屋敷の門の所で、強力な『炎』の魔法を使ったヤツがいるぞ!門が燃えているぞ!」


大賢者さまが目を向けている方を見ましたが、そこには茶室の壁しかありません。


その時のわたしは知りませんでしたが、大賢者さまは魔力を感じることができたのでした。


茶室の外から声がしました。


「関白さま!謀反です!」

ご感想・評価をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ