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第十五話 カオルが旅芸人になった理由

平良薫ことカオル・タイラは話を続けていた。






村のはずれにある墓地に父母が埋葬された後も、わたしは墓石を見つめたまま呆然と立ちすくんでいました。


背後に気配を感じました。


後ろに振り向くと、村の人たち全員がいました。


村の人たち全員が地面に手をついて、地面にこすりつけるように頭を下げて、わたしに向かって「土下座」をしていました。


エレノアさんが師匠の本を読んでご存知なように、「土下座」は、わたしの国では最上級の謝罪方法です。


「みんな、何で、土下座してるの?」


わたしは五歳の子供らしく心の中で思ったことをそのまま口に出しました。


「すまなかった!すまなかった!薫!お前の父ちゃんと母ちゃんは、ワシらが殺したようなもんだ!」


そう言ったのは、村長さんでした。


そして、村の人たちが次々に口を開きました。


「オラは、薫の父ちゃんから土産に酒もらった!最高にうまかった!」


「オイラは、オモチャに独楽をもらった!回して遊んで楽しかった!」


「アタイは、可愛いお人形さんをもらったわ!毎晩抱いて寝ているわ!」


「オレは……」


「ボクは……」


村のみんなは、父からもらった物への感謝の言葉をわたしに向けました。


村のみんなが言い終わると、締めくくるように村長が言いました。


「ワシらは、薫の父ちゃんに色々ともらったことに本当に心の底から感謝している。だが、ワシらは薫の父ちゃんに甘えていた。ワシらの期待に応えるために、薫の父ちゃんは無理をして……、こんなことに!そして、薫の母ちゃんまで……」


村長さんは最後には涙声になっていました。


他の村の人たちも土下座したまま泣いていました。


わたしをイジメたことのある男の子たちも泣いていました。


わたしはその光景を見て、父は本当にみんなに感謝されているんだと分かりました。


父も母も村の人たちのことが好きでした。


その村の人たちが村を捨ててバラバラにならなければならないことが、たまらなく嫌になりました。


それを避けるためには、大金を得るしかありません。


まだ五歳の僕は色々と考えて、結果として旅芸人の一座に「身売り」して大金を得ました。


ユリアさん。質問ですか?


「『身売り』とは、カオルくんが奴隷として売られたということなのか?」ですか?


正確に言うと違います。



ユリアさんの国の魔法帝国ではかつて奴隷制度がありましたが、百年以上前に廃止されていて、奴隷は全員が解放奴隷になり、奴隷はいなくなりましたね。


解放奴隷も段階的に帝国市民権を得ているので、あと何年かすれば解放奴隷もいなくなると言われてますね。


わたしの国の東方諸島国でもかつて奴隷制度がありましたが、今は廃止されていて、人身売買も禁止されています。


わたしが旅芸人の一座に身売りをしたのは「年季奉公」です。


「年季奉公」とは一定の年月雇用者のところで働くことを契約して、その代わりに賃金を前借りするのです。


わたしの場合は十年契約でしたが、その期間食事や日用品は雇用者から支給されますが、賃金を前借りしているので給料は出ません。


自分で言うのも何ですが、五歳のわたしはとても可愛らしい顔立ちをしていて、子供の芸人を欲しがっていた旅芸人の座長に高く売れました。


エレノアさん。「年季奉公のような雇用形態は、昔は連邦や帝国にもあったと聞くけど、今は禁止されているわ」ですか?


はい、師匠に聞いて知っています。


児童や女性に対する虐待や人権侵害の理由で禁止されているそうですね。


でも、わたしの国では「人権」という言葉はありませんし、その概念もほとんどありません。


そういう所は、わたしの国は大陸から見ると「野蛮」なんでしょうね。


とにかく、わたしが身売りをして得たお金で、村の人たちは村を捨てずにすみました。


わたしは旅芸人になったので、村から去ることになりました。


みなさん。そんなに悲しそうな目で、わたしを見ないでください。


他の誰かに強制されたわけではなく、わたしが自分でした決断なんですから。


さて、いよいよ、本題に入りますね。


わたしが十歳の時に師匠……、大賢者さまに出会った話をします。


その年の新年を祝う宴会が、東方諸島国の都にある宰相の屋敷の庭で開かれました。


その庭はとても広大で、「五千人の兵士が楽に行進の練習ができる」と言われていました。


わたしは宴会の余興のために呼ばれた数百人の芸人の一人でした。


十年契約でしたから五歳の時に身売りした旅芸人の一座に、わたしは所属していました。


庭のあちこちには小さな舞台が数十個設置されていて、芸人はそこで芸を披露します。


宴会の客は庭を巡りながら、さまざまな芸を見ることができるという趣向になっていました。


わたしは舞台の一つで芸を披露していました。


旅芸人として舞踊、寸劇、軽業、手品など色々な芸を仕込まれていましたが、わたしがその時は舞踊をしていました。


わたしの立っている舞台の前には、けっこう大勢の観客がいました。


自分で言うのも何ですが、わたしは「美少女芸人」としてけっこう人気があったのです。


舞台の前で、わたしの芸を見物しているお客さんの中に一人奇妙な人を見つけました。


わたしの国では、人は黄色い肌に黒髪に黒い目なのが当たり前で、そうでない人間なんて想像したことがありませんでした。


しかし、そのお客さんは見たこともない肌の色、髪の色、目の色をしていたのです。


着ている服も見たこともない仕立ての奇妙な物でした。


自分自身が見せ物になっていることを忘れて、珍しい生き物を見るように、その人にわたしは視線を向けました。


もちろん。体は習い覚えた踊りをきちんと踊っていました。


わたしが視線を向けたことに気づいたのか、その奇妙な人は少し笑顔になりました。


踊り終わると、お客さんたちは盛大な拍手をわたしに送ってくれました。


わたしはお客さんたちに深々と頭を下げてお辞儀をしました。


頭を上げた時には、その奇妙な人の姿は見えなくなっていました。


芸人たちの控え室がある建物に戻ると、座長に怒鳴られました。


「こらっ!薫!踊っている途中で、少しうわの空になっただろ!?ちゃんとワシには分かるんだぞ!」


「すみません。座長。お客さんの中にいた奇妙な人が気になって……」


「奇妙な人?ああ、あのお方のことか」


「どういう人なんですか?あの人は?」


「関白さまの大切なお客さまで『大陸の大賢者さま』というお人だそうだ」


「カンパク」は、わたしの国の文字では「関白」と書き、わたしの国の宰相のことです。


わたしの国の王である「ミカド」を実質的権力では越える最高実力者であることは、十歳の子供だったわたしでも知っていることでした。


その関白さまの「大切なお客さま」ということは、あの奇妙な人はとても偉い人なんだと、その時は思いました。


ああ、分かっています。みなさん。


「大賢者さま」の素晴らしさと偉大さは、「とても偉い人」という言葉では足りないことは大陸では常識です。


でも、ご存知の通り、わたしの国と大陸にはほとんど交流が無かったので、大賢者さまのことも知らなかったのです。


これが、わたしと大賢者さまの初めての出会いでしたが、この時のわたしは「舞台の上の芸人」で、大賢者さまは「見物客」に過ぎませんでした。


わたしが大賢者さまの弟子になり、「師匠」と呼ぶようになる切っ掛けは、この後すぐに訪れました。


控え室で休憩していると、関白さまからの使者が来ました。


「関白さまが、お茶のお相手をせよとのおおせだ」


使者の言葉にわたしは少し驚きました。


女性芸人にお茶の席やお酒の席の相手をするように求める男の人は珍しくありませんが、その場合は大人の女性が呼ばれるのが普通です。


わたしのような十歳の子供が呼ばれるようなことはありませんでした。


しかし、関白さまの要望には応えなければなりません。


使者に連れられて、わたしは関白さまの所に向かいました。


「この娘は、まだ十歳の子供です。一人では関白さまの前で、粗相をしてしまうかも……」


と、座長は心配して同行しようとしましたが、使者は「関白さまは、この娘一人だけを呼ぶようにおおせだ」と拒否されました。


使者は広大な庭の端にある小さな小屋のような建物に、わたしを連れて行きました。


その小屋は「茶室」でした。


エレノアさん。師匠の本で知っていますか、その通りです。


「茶室」は「茶道」をするための施設です。


エレノアさんの言う通り、「茶道」は単にお茶を飲むだけではなく、一定の礼儀作法にもとづいて行う儀式のような物です。


茶室の中に入ると、そこは大人四人も入れば一杯になってしまう部屋でした。


後から知ったことですが、関白さまは大勢の人を呼んだにぎやかな宴会も好きですが、少数の本心を話せる人と静かに時を過ごすのも好きで、そのために限られた人数しか入れない茶室を作らせたそうです。


茶室の中には、わたしの他には二人の大人がいました。


一人は関白さまで、もう一人は大賢者さまでした。


関白さまは畳の上に正座して座っていましたが、大賢者さまは畳の上に横になって寝転んでいました。


はい、エレノアさんの言う通り、「タタミ」は床に敷くマットのような物で、わたしの国の人は「タタミ」に直接座るか、「ザブトン」というクッションを「タタミ」の上に置いて、そこに座ります。


わたしの国では椅子に座るという習慣が無く、大賢者さまは「タタミ」の上に長時間座るのは辛かったそうです。


それで、茶室で寝転ぶのは本当はマナー違反なのですが、関白さまから特別に許されていたそうです。


その時のわたしは「とても偉い人」二人の前にいるので、今までにないくらい緊張していました。


「娘さん。名前は何というのかな?」


大賢者さまが、わたしに声を掛けました。


「薫と申します」


「カオルね。名字は無いのかい?」


「はい、わたしはただの芸人ですので」


はい、みなさん。わたしの今の名字の「タイラ」は後からもらった物です。


わたしの国では、名字を持っているのは身分の高い人だけで、この時のわたしはただの「カオル」でした。

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