第十三話 カオルの村が税金を納めることになった理由
平良薫ことカオル・タイラは、エレノア、ユリア、アンの三人に向けて話し続けていた。
えっ!?ユリアさん。わたしが大賢者さまに会ったのは五歳の時なのか?ですって?
いいえ、わたしが大賢者さまに出会って、弟子になって「師匠」と呼ぶようになったのは、十歳の時のことです。
でも、五歳の時のことから話さないと分かりにくいので、話が長くなりますが、よろしいですか?
「話の腰を折って悪かった」なんて頭を下げなくても良いですよ。ユリアさん。
話を戻しますね。
村には両親とわたしとの三人家族で住んでいました。
父と母の名前は、わたしの国では、ありふれた名前で、父が「タロウ」、母が「ハナコ」と言います。
わたしの祖国の東方諸島国の文字では「太郎」「花子」こう書きます。
ついでに、わたしの名前は「薫」こう書きます。
父は毎日のように弓を持って獣を狩りに山奥に出掛けて、母は近くの山で山菜や薬草を採っていました。
わたしは母の仕事を手伝うことが多かったですが、もう少し大きくなれば父の手伝いで狩りに出る予定になっていたので、それが楽しみでした。
えっ!?何ですか?エレノアさん。
「何故、狩りに出掛けるのが楽しみなの?」ですか?
わたしの村では、男はみんな狩人になるんです。
最初は父親の手伝いから始めますが、父親と狩りに同行して狩りに必要な事を学ぶのです。
そして、父親から充分に学んだと認められれば、一人で狩りに行くことを許されます。
そして、一人で獲物を仕留めることができれば、「一人前の男」として村のみんなから認められるのです。
わたしは早く「一人前」に認められたかったのです。
はい?アンさん。質問ですか?わたしの村では男の人も女の人も狩りに出掛けるのか?ですか?
いいえ、わたしの村では男女で役割が分担されていました。
先程も言ったように、男は山奥に狩りに行くのが仕事で、女は近くの山で山菜や薬草を採るのが仕事でした。
女は家の家事もしなければなりませんから、村から遠く離れる狩りをすることはできないのです。
「それなら、何故カオルさんがお父さんと狩りに行くことになっていたの?カオルさんは女なのに……」ですか?アンさん。
あーっ!あっ!そうでしたね!わたしは「女の子」でしたね。
それなのに父と狩りに出掛ける予定だった理由は、理由は……、えーと……。
えっ!?アンさん分かったのですか?
「カオルさんは一人っ子で兄弟がいないから、お父さんは男のように育てたのね?」ですか?
そうです!そういう事にしましょう!
わたしの村で大きな変化が起きたのは、わたしが五歳の春のことでした。
村に数人の役人がやって来て、今まで村が納めていなかった税を納めるように命じたのです。
五歳のわたしには、その時に詳しい事情は分かりませんでしたが、後に大賢者さまの弟子になって色々と勉強してから、細かい事情が分かりました。
当時の東方諸島国では、わたしの国の王さま、「ミカド」と言うのですが、そのミカドの中央政府が衰えて、地方の勢力が武力で争う戦国時代に突入して、百年以上の時が経っていました。
それも他を圧倒した強力な武装勢力が出現して、その指導者が中央政府の宰相、「カンパク」の地位につくことで戦国時代は終わりを迎えようとしていました。
中央政府は権力を取り戻すと、それまで放置していた地域を再び治めようとしました。
わたしの村は一応中央政府の直轄地の中にあったのですが、戦国時代にはどこの政治勢力も興味を示しませんでした。
わたしの村は米作りには向いていない土地なので芋畑があるだけで、特産物があるわけでもなく、政治的経済的に重要な位置にあるわけでもないので、支配したところで得はないので、どこも村には手を出してこなかったのです。
しかし、中央政府が権威を取り戻すと、支配領域に「税を納めていない村」があるのを許しておくわけにはいきません。
わたしの村は拒否することはできずに、納税に応じることにしたのですが、一つ問題がありました。
税は「お米」で納めなければならなかったのです。
ああ、エレノアさん。師匠の書いた本で読みましたか、そうです。大陸では小麦からつくったパンが主食なように、わたしの国では米が主食なのです。
でも、師匠の本では、わたしの国の税金の仕組みまでは書いていなかったんですね。
では、説明をしましょう。
わたしの国では税はお金ではなく、「お米」で納めます。
はい、エレノアさんが言うように、わたしの国にも「お金」はあります。
日常的に使われているのは銅貨です。
大陸と違って金貨と銀貨は無く、金と銀は金塊や銀塊として重さを計って、大きな取り引きに使われています。
紙幣はまだありません。
わたしの国でも戦国時代以前は、お金で税を納めていたのですが、戦乱が激しくなるとお米で納めるようになったのです。
ユリアさん。そうなった理由ですか?
簡単に言えば、「お米は食べられるけれど、お金は食べられない」からです。
戦乱の混乱の中では、現金より現物の方が価値が高かったのです。
戦国時代は終わりましたが、この価値観は変わっていません。
はい?エレノアさん。「カオルさんの村では、お米は作っていなかったのでしょう?どうやって、お米を納めたの?」ですか?
そうです。それが、わたしの運命を大きく変える原因になったのです。
わたしの村のようにお米を作っていない村でも、役人が村の生産量をお米に換算して、それに対して法律によって定められた税率による量のお米を納めることになります。
この税のことを「ネング」と言います。わたしの国の文字では「年貢」こう書きます。
わたしの村のように米を作っていない所では、「ネング」のためのお米を他から手に入れなければなりません。
それまでは村では基本的に自給自足で、村の中では賄えない物は村で取った獣の肉や皮、山菜、薬草などを麓にある町で売って「お金」にして、そのお金で買い物をしていました。
村で普段食べているのは芋で、お米を食べるのは贅沢なので、食べるのは新年のお祝いの時ぐらいでした。
ですから、村で手に入れなければならない「お米」の量は僅かでした。
しかし、「ネング」として定められた量のお米を大量に手に入れてなければならなくなったのです。
それが、わたしの父が亡くなる原因となったのです。
えっ!?みなさん。「話を止めようか?」ですか?
確かにわたしが父を亡くしたのは、思い出すのが辛い悲しい記憶です。
わたしを気遣ってくださるみなさんの気持ちは嬉しいですが、だからこそ、父のことを話したいのです。
亡くなった父のことを知っている人を少しでも増やしたいのです。
わたしを「友人」だと言ってくださるみなさんに知っていただきたいのです。
もちろん。愉快な話ではないので、みなさんが聞きたくないのならば、この話はこれで終わりにしますが……。
ありがとうございます。みなさん。
わたしの父は村一番の狩りの名人でした。
父の仕留めた獲物は、一番高く売れていました。
「ネング」のためのお米を買うために、村は現金収入を必要としていたため、父は以前よりも長い時間山奥に赴くようになっていました。
そして、ある日……。
父は初めてわたしを狩りに同行させました。
わたしは狩りに行くことができるので、その時は単純に喜んでいました。
今考えると狩りに同行するには、わたしはまだ早かったのですが、村で狩りのできる人間を一人でも多く増やすために父はわたしを同行させたのでしょう。
「ネング」のために以前より多くの現金収入を得なければならなくなり、それはかなりの負担になっていたのです。
父と一緒に森の中を歩いているのは、最初は楽しかったです。
大陸で言うピクニックかハイキングをしているような気分でした。
しばらく歩いていると、父は突然立ち止まり、地面に伏せました。
わたしも父に習って地面に伏せました。
父が視線を向けている方に、わたしも目を向けると、木々の間に一頭の鹿がいました。
父はその鹿を狙っているのだと、わたしは思いました。
しかし、いつまで経っても父は背中の矢筒から矢を抜こうとはしませんでした。
そうしている内に、鹿は遠くに行ってしまいました。
鹿の姿が見えなくなってから、わたしは父に話し掛けました。
「父ちゃん。何で、あの鹿を討たなかったの?」
うわっ!エレノアさん!何で、いきなり、わたしを抱き締めるんですか!?
む、胸をわたしの顔に当てないで下さい!
えっ!?わたしが母を何と読んでいたか?ですか?
「母ちゃん」です。
うわっ!ますます強く抱き締めないで下さい!
えっ!?わたしが「父ちゃん。母ちゃん」と言う声が可愛いからですか?
わたしは大陸中央語ではニュアンスの近い「パパ。ママ」とみなさんに話していますが、東方諸島国語だと「トウチャン。カアチャン」です。
うわっ!「トウチャン。カアチャン」の言葉の響きが可愛いですか?
く、苦しいです……。
はぁ、はぁ……、ありがとうございます。ユリアさん。
エレノアさんを引き剥がしてくれまして……、あぁ、エレノアさん。土下座する必要はありませんよ。
「あまりに声が可愛いので見境をなくした」ですか?
わたしに好意を持ってくれてるのは嬉しいです。
話を戻しますね。
わたしが父に鹿を討たなかったことを尋ねると、父はつぶやくように言いました。
「あれはメスだ」
それで、わたしは納得しました。
狩りの掟で「メスは狩らない」ことになっています。
なぜなら、メスを狩り尽くしてしまうと、その獣が新たに子供を生むことができなくなり、絶滅してしまうからです。
狩人は、狩りをすることで生活の糧を得ているので、獲物を狩り尽くしてしまうようなことはしません。
わたしは、離れていたのに鹿がメスだと判断できた父をますます尊敬しました。
また、父と二人で森の中を歩き出して、しばらくすると父が急に立ち止まりました。
父が地面に目を向けたので、わたしも目を向けると、獣の足跡がありました。
「熊の足跡だ。まだ新しい」
父の声が、わたしの耳に入ってきました。
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