第十二話 エレノアがカオルに土下座をした理由
「やっぱり、平らな胸をしているわね。カオルさん」
エレノアがカオルの胸を触りながら言うのをカオルは耳にしていた。
(エレノアさんは、これで『僕が男だ』と間違いなく確信しただろう。どうしよう……、どうしよう……)
混乱しているカオルから、エレノアは手を離した。
そしてカオルの正面に椅子を持ってきて座ると、真剣な表情で目線を合わせた。
「いい、カオルさん。これから私が言うことはすべて真実だから、よく聞いてね」
エレノアはポケットから一枚の写真を取り出した。
「これは二年前、私が中学校二年生の時の写真よ。よく見てちょうだい」
言われるままにカオルは、手渡された写真を見た。
白黒の写真には、今より少し幼い感じのするエレノアの上半身が写っていた。
「あの、この写真が、どうかしたのですか?」
カオルにはエレノアの意図か分からず質問した。
「よーく見てちょうだい。今の私と大きく違うところが一つあるでしょう?」
そう言われて、カオルは手にした写真と目の前にいるエレノアを見比べた。
「あっ!?」
カオルは小さく声を上げた。
目の前にいるエレノアの胸は服を着ていても分かるほどに、果樹園でたわわに実った大きな果実のように存在感に溢れている。
簡単に言えば、「巨乳」と呼ばれる存在である。
しかし、写真の中のエレノアの胸は異なっていた。
果実のような膨らみはまったく無く、整地したばかりで、まだ何も植えていない畑のようだった。
簡単に言えば、「貧乳」と呼ばれる存在である。
同一人物の胸部とは思えずに、カオルは何度も写真と目の前のエレノアを見比べた。
「気づいたようね。カオルさん。写真の通り、私は中学二年まではカオルさんのように平らな胸をしていたのよ」
エレノアは両手で自分の両胸を抱えるようすると、自分の胸元に視線を向けた。
「今はこんなになっているけど、中学二年までは不安だったわ。周りの同級生の女の子たちが、どんどん胸が膨らんで女らしい体に成っていくのに、私の胸は平らなままだったのだもの。もしかして、このまま大人になっちゃうのかしら?と悩んだりもしたわ。でも、中学三年になった頃から膨らみ始めて、最初は嬉しかったんだけど……」
言葉を切ると、エレノアは真剣な表情をカオルに向けた。
「服の上からでも分かるほど胸が大きくなってからは、街を歩いていると男の人から嫌らしい目で見られるし、不快な思いをすることも多かったわ」
「すいません。エレノアさん。先ほどから何の話をしているのですか?」
エレノアの話の意味が分からなかったカオルは質問した。
「要するに、胸が大きくても小さくても、どちらでも嫌な思いをすることはあるのよ。だからカオルさんは自分の胸にコンプレックスを持つ必要は無いのよ」
「あのー、話が見えないのですが……」
「カオルさんは、平らな胸を他の人に見られたくなくて、学園長に頼んでこの部屋にしてもらったのでしょう?ダメよ。大賢者さまのお弟子さんだからって、その立場を使って無理を言うのは良くないわ」
エレノアは優しいお姉さんが、可愛がっている妹をたしなめるように言った。
ここでようやく、カオルはエレノアが何を言っているのか分かった。
(エレノアさんは僕のことを『男の子』だと見破ったわけじゃないんだ。僕が『女の子』として平らな胸を他の人に見られる嫌がっていると勘違いしているんだ)
自分の正体がばれなかったことに安心しているカオルの耳に、エレノアの言葉が飛び込んできた。
「だから、カオルさん一緒に大浴場に入りましょう」
しばらく後、カオルは寮の地下一階の大浴場の脱衣場にいた。
カオルの他には、エレノア、ユリア、アンが一緒である。
「たまたま、私たち四人だけなんて貸し切り状態ね」
「他の人たちが、みんな偶然早めに入浴したらしい。ボクたちにとっては仲良し四人で大浴場を独占できてラッキーだけどね」
「仲良しには、あたしも入っているんですね。嬉しいです」
三人の会話を耳にしながら、カオルは悩んでいた。
(どうしよう。いくら何でも、裸になれば、僕が『男の子』だと一発でばれる!何とか、この場を逃れる方法を考えなきゃ!)
エレノアに大浴場に誘われた時に、カオルは断る理由を思いつかなかった。
カオルは東方諸島国では、「他人同士で同じ風呂に入る習慣は無い」と嘘を言って断ろうとしたが、「大賢者さまの書かれた本では、カオルさんの国では『セントウ』という公衆浴場があって、他人同士で『裸の付き合い』をするってあったわよ」とエレノアに反論されてしまった。
(師匠も『銭湯』のことまで本に書いてるとは……、何か他の誤魔化す方法を考えなくては……)
カオルは自分の頭の中にある知識を探った。
(東方諸島国にある『銭湯』が単に入浴するための施設なのに対して、大陸にある『大浴場』は総合的なレジャー施設である。大都市にある施設では劇場や運動場、図書館が併設されており、特に魔法帝国の帝都インペラトールポリスでは、皇帝所有の大浴場が市民に無料で開放されている。でも、ここの大浴場は単に入浴するための施設だが……、って!こんなこと思い出しても現状の役に立たないだろ!)
カオルは内心で自分にツッコミを入れた。
「カオルさん」
「何ですか?アンさん。うわっ!?」
アンの声に振り向くと、カオルは驚いた。
なぜなら、アンは上半身裸になっていたからだ。
「何を驚いているの?カオルさん」
「い、いえ、別に……」
(どうしよう。目を逸らしたら不自然だし、じっと見るわけにもいかないし……)
カオルが悩んでいると、アンは内緒話をするように小声になった。
「カオルさんも、あたしと同じ悩みを持っていたんですね。胸を大きくする方法は、ご存じじゃないんですか?」
アンは平坦な胸をしていた。
「あいにくと、その方法については、ちょっと……」
(僕には必要ないから興味無かったからな)
「そうですか、お風呂に入ったら、お二人に大きくする秘訣を聞いてみましょう。お二人とも本当に素晴らしいプロポーションですね」
「うわっ!?うわっ!?」
アンが視線を向けた方を見て、カオルはさらに驚いた。
エレノアとユリアの二人も上半身裸になっていたからだ。
(エレノアさんは服を着ていても分かる『巨乳』だけど、裸になるとさらに大迫力だな。大きいだけでなく、形も良い。ユリアさんはエレノアさんに比べれば小ぶりだけど、普通から見れば大きい。二人とも『美乳』だな。師匠に見せてもらった大陸の三百年前の画家が書いた名画『女神の誕生』を思い出すな。あの絵では大人の女神の裸が描いてあるけど、師匠の話では昔は大陸では、女の人の裸を描くのはタブーで『人間の女性でなく、女神の裸を描いているのだ』という理由をつけて、女性の裸体画を描いていたそうだ。でも、最近では画家の間から新たな動きが出ていて、実在する女性をモデルにした裸体画が展覧会に出品されて、美術界では賛美両論出ているそうだけど、画家があの二人の見事なプロポーションを見たら、絶対にモデルにするだろうな……、って!何を考えているんだ!僕は!現状を何とかする方法を考えろ!)
再び、カオルが自分にツッコミを入れると、エレノアとユリアが近づいてきた。
「ほら、ほら、カオルさん。さっさと、脱いで、脱いで」
「そうだぞ、カオルくん。ボクたちだけ裸でいるなんて不公平だぞ」
エレノアがカオルの背後、ユリアが正面に回ると、楽しそうにカオルの上半身の服を脱がせ始めた。
たちまち、カオルは上半身裸にされてしまった。
ユリアはカオルの平らな胸を触った。
「大丈夫!カオルくん。こんなに肌触りの良い肌なんだから、大きさなんか気にすることはないよ!」
(エレノアさんたちは、上半身裸になっても僕を『女の人』だと信じて疑わないな……、師匠は上半身裸の僕は胸の薄い女の子にしか見えないと言ってたけど……、ここまでやってもばれないとは、逆にショックだな)
ユリアはカオルのスカートに手を掛けた。
(ヤバい!下半身裸になれば、いくら何でもばれる!僕にはちゃんと男としてのモノがついている!)
「ユリア!待って!カオルさんの服を脱がすのは止めて!」
エレノアが焦った声で、ユリアを止めた。
「ごめんなさい。カオルさん。裸を見られたくなかった理由は、胸の方じゃなくて、背中の方にあったのね」
カオルの背中には大きな傷痕があった。
少し後、エレノアはカオルの部屋で土下座をしていた。
「あの、エレノアさん。もう良いですから、頭を上げて下さい」
「それじゃ、私の気が済まないのよ!本当にごめんなさい!」
四人が服を着て、カオルの部屋に入ると、エレノアは「土下座」を始めた。
エレノアは大賢者の書いた本で、「土下座」が東方諸島国における最上級の謝罪方法であると知っていたからだ。
(エレノアさんの叔父さんの学園長に続いて、今日二人目の大陸の人が『土下座』をしているところを見ることになるとはな。背中の傷のこと忘れていた。確かに僕が本当に女の子だったら、他の人に裸を見せたくない理由になるな。そう、エレノアさんが誤解してくれたから助かったけど……)
「エレノアさん。わたしが師匠……、大賢者さまの弟子になったのは、この背中の傷のお陰なんです。だから、そんなに気にする必要はありません」
「でも……」
「とにかく、椅子に座って下さい。わたしが大賢者さまの弟子になった理由をみなさんにお話しますから」
エレノアが椅子に座ると、カオルはエレノア、ユリア、アンの三人に向けて自分の過去を話を始めた。
カオルは自分が「男の子」だということ以外は、できるだけ正直に話すことにした。
えーと、まず最初はわたしの生まれ故郷のことから話しますね。
東方諸島国の王さまのいる都からは遠く離れた山奥にある小さな村です。
村人全員で五十人ぐらいしかいませんでした。
そこで、わたしは生まれて五歳まで育ちました。
その頃のわたしには村が全世界で、「村の外」は想像もしませんでした。
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