第百五話 カオルと食事をしている理由 その2
私は視線は皿の上のハムに釘付けになった。
私はハムは好物だが、嫌な記憶を思い出す物でもある。
私の亡くなった父親はハムが大好物だった。
家での晩酌の時によくオツマミとして食べていた。
父は酒癖が悪く、酔うと母と私に暴言を吐いていた。
殴られたことは一度もなかったが、それがかえってたちが悪かった。
物理的に暴力を振るわれ身体に傷が残れば、私と母は公的機関の保護を受けられたろうが、精神的な傷だけでは難しかった。
父は帝国の魔導師として優秀で、自分の後継ぎには息子が欲しかったらしい。
父と母の間に生まれたのは娘である私だけだった。
魔導師として出世するには建前としては「男女で機会は平等」ということになってはいるが、実際には男性魔導師の方が有利になっている。
父は魔導師としての私に対する教育に熱心だった。
私が幼い頃から父自ら厳しく教え込まれた。
教育は厳しかったが、幼い頃の私は心の底から父を尊敬していた。
私は父の期待に応えて、入学試験が難しい名門の魔導師高等学校に首席で合格した。
父も母も心から喜んでくれた。
在学中も私は常にトップクラスだった。
問題が起きたのは卒業間際だった。
私は卒業前の最後の試験でトップを逃し二位となった。
トップを逃したことに私自身は残念だったが、ショックではなかった。
なぜなら、トップとなった男子生徒はそれまで常に私と僅差で二位だった。
最後の最後で私は逆転されたわけだが悔しさはなかった。
彼とは良きライバルだったと思っていたし、彼も私を同じように思っていたのだ。
私にも彼にも何も問題はなかった。
問題を起こしたのは私の父だった。
私がトップを逃したのを「男子生徒が不正をしたに違いない」と騒ぎ出したのだった。
もちろん、そんな事実はない。
男子生徒は否定したし、私も彼を弁護した。
父が妙な誤解をしているだけで騒動はすぐおさまるだろうと私は思った。
しかし、そうはならなかった。
父は魔導師として優秀で顔が広く、あちこちに「男子生徒の不正」を訴えたのだ。
社会的な評判も高かった父が訴えたので、正式な調査が行われることになった。
その調査で「不正」が見つかったのだ。
卒業試験の魔法の実技試験で試験官が「実際より高い点数」をつけたことが明らかになったのだ。
その理由は、男子生徒の実家より賄賂をもらったからだった。
それにより、男子生徒の卒業は取り消され、私がトップで卒業することになった。
だが、話はそれで終わらなかった。
男子生徒の不正が私の父による「濡れ衣」だと判明したのだ。
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