第百二話 カオルから逃走している理由 その3
なに?これ?
懐に入れた右手の指先から妙な感触がする。
私の上着の内ポケットには色々な物が入れてある。
だが、こんな感触がする物を入れた覚えがない。
新品の消しゴムのようにすべすべして弾力がある。
だが、消しゴムを私が内ポケットに入れているはずがない。
私は今回のように人に知られては不味いことをしている時は一切メモをしないことにしている。
手書きのメモから私の正体がバレるがもしれないからだ。
メモ帳も鉛筆もペンも身につけないことにしている。
だから、絶対に消しゴムを内ポケットに入れているはずがないわ!
私は「正体不明の何か」から手を離そうとした。
ちょっと!待って!
私は手を離すのを止めた。
これは「いったん触ってから離すとスイッチが入る仕組み」になっているのかもしれないわ!
それなら離すことはできない!
どうしまょう?どうしまょう?
ちょっと、冷静になりましょう!
深呼吸を数回した。
よし、落ち着いた。
自問自答してみよう。
ポケットにあるのは正真正銘の消しゴムで、私が家にあるのを無意識にポケットに入れた可能性はあるか?
あり得ない。
なぜなら、今回は出掛ける前にいつもより入念に持ち物チェックをした。
持っていなければならない物を忘れないようにチェックすると同時に、落としたなら私の正体がバレる物がないかをチェックするためだ。
消しゴムは間違いなくポケットに入れていない。
じゃあ、これは何だ?
仮に「消しゴム」と呼ぶことにしよう。
ポケットから出して目で確かめるか?
いや、ポケットから出すとスイッチが入る仕組みになっているのかもしれない。
だけど、ずっとこのままの体勢でいるわけにはいかない。
どうすれば……
私は考え込んだ。
そうだわ!
私はズボンのポケットから左手で小型のナイフを取り出した。
私は右利きだけど、たいていのことは左手でもできるように訓練している。
ナイトで私が右手を入れている内ポケットを上着から切り放した。
衝撃を与えると「仕掛け」が作動するかもしれないので、ゆっくりと慎重にナイフを動かした。
洋裁店に隠しポケットがある服を注文する訳には行かないので、服を自作しているので服の生地を切るのは何度もしているが、これだけ神経を使わなければいけないのは初めてだ。
幸い内ポケットを切り放しても何も起きなかった。
切り放した内ポケットに右手を入れたまま私は地面にうつ伏せになった。
そして、できるだけ右手を前にのばした。
この姿勢で右手を内ポケットから出す。
何かが起きても右手を負傷するだけで済むかもしれない。
でも、全身に被害を受けるような「仕掛け」だとしたら?
このままでいても、埒が開かない。
内ポケットから右手を出した。
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