第百話 カオルから逃走している理由 その1
これは罠だ!
私はこの場から逃走しようとした。
馬車から飛び降りると、ここまで乗って来た馬に向かって走った。
馬に飛び乗ると馬車が向かっていたのとは反対方向に走り出した。
とにかく全速力で馬を走らせた。
くそっ!畜生!
罠に引っ掛かるとは!
私の正体は知られていると考えるしかない。
もう、もうあの家には帰れない。
お気に入りの服や家具があったのだが諦めるしかない。
こういう時のために用意していた隠れ家に行こう。
カオルは私を追いかけて来るだろう。
だが、馬車では馬には追いつけない。
当たり前だ。馬が重い馬車を引いているのだから、馬よりも遅くなる。
馬車を切り離して、馬だけで追いかけて来たとしても私の馬よりは遅い。
馬車を引くための馬と乗馬用の馬は違うのだ。
そろそろ充分引き離したかな?
脇目も降らず馬を走らせたが、このあたりで一度後ろを確認しよう。
カオルの馬車は豆粒ぐらいの大きさに見えてるはず……
ええっ!?
すぐ後ろに馬車がいる!
馬車の御者台に初老の男に変装したままのカオルがいて馬を操っている!
「すいません。お話したいことがあるんですけど、よろしいですか?」
カオルは道でたまたま知り合いに会ったような口調で話し掛けてくる。
何らかの方法で馬車の速度を上げているのだろう。
その方法が何かを考える前に、カオルから逃げる方法を思いつかねば!
私は周りを見回した。
周囲にカオルの馬車以外は見当たらない。
右手の方に森がある。
道をはずれて森に向かった。
馬に乗ったまま森に飛び込んだ。
この森の木々の間は馬一頭が通れるぐらいの幅はある。
もちろん馬車で通るのは無理だ。
後ろを振り返ったがカオルの姿は見えない。
馬車を切り離して馬だけで追い掛けてくるかとも思ったが……
諦めたのだろうか?
いや、油断は禁物だ。
かなり手の込んだことをして私を罠にはめたのだ。
私を捕らえるためにあらゆる手段を取ってくるに違いないだろう。
私は頭の中にこのあたりの地図を思い浮かべた。
隠れ家のある方向はこちらだな。
その方向に馬首を向けようとして……私は思い止まった。
……まてよ。
ひょっとして、カオルは私を尾行して、私の隠れ家を突き止めようとしているんじゃないか?
もし、私がここで捕まったとしても殺されない限りは脱走する自信がある。
たが、隠れ家が知られてしまったら詰む。
隠れ家には現金や変装用の衣装などが置いてある。
それが使えなくなったら脱走しても行くあてがなくなる。
さて、どうする?私?
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