表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/112

第一話 平良薫ことカオル・タイラが入学初日に日記を書き始めた理由

ここは大陸中央学園の女子学生寮の一室。


部屋には学園の高等部の一年生用の女子用制服を着た一人の人間がいた。


その生徒は、黒髪に黒い目に黄色い肌をしており、大陸の東の海にある島国に住む民族の特徴をそなえている。


その生徒は警戒するように周囲を見回すと、部屋のドアに鍵を掛けた。


そして窓に近づいた。


窓から外を見ると、すでに暗くなっていて、空には星が瞬いてた。


窓を閉めて、カーテンを閉めた。


そして机に向かうと、鍵付きの日記帳を引き出しから取り出した。


生徒は日記帳を机の上に置いて、表紙に右手を開いて置くと、鍵を開けるための「合い言葉」を口には出さずに、頭の中でつぶやいた。


日記帳を開くと、インクビンにペン先を浸して白いページを埋め始めた。






大陸中央学園入学初日、今日は大変な一日だった。


僕には今まで日記をつける習慣が無かったから、師匠から入学の記念に、この日記帳をもらった時は正直言って戸惑った。


師匠が魔法で作った日記帳で、魔力が込められていて、僕自身が日記帳の表紙に右手の手のひらを置いて、合い言葉を頭に思い浮かべないと、開かないようになっている。


それ以外の方法で無理に開こうとすると、師匠が日記帳に込めてある「発火」の魔法が作動して、一瞬で日記帳が燃え尽きるようになっている。


「学園では、お前の周りは全員見知らぬ他人だ。人には言えない心理的なストレスを抱え込むこともあるだろう。人には言えない秘密を持ってしまうこともあるかもしれない。その時は、この日記帳に書くことで、少しでもストレスを発散するんだ」


との師匠の言葉に、表向きはありがたく僕は日記帳を受け取りながら内心では、そんな必要は無いだろうと思っていたのだが……


師匠!流石です!あなたの予想は当たっていました。


入学初日から、人には言えない秘密とストレスを抱え込むことになって、僕はこうして日記帳に書き込むことで、ストレスを少しでも発散しようとしているのだから……


まずは、今日午前中の出来事から書くことにしよう。


「どういうことなのですか!?」


僕は目の前にいる人物に詰め寄った。


僕の目の前にいるのは、この大陸中央学園の学園長であるセオドア・フランクリン。五十六歳の男性だ。


ここは学園長室で、僕と学園長しか部屋にはいない。


「その……、だから……、君は女子生徒として、この学園に入学届けが出ている」


「そんなわけないでしょう!僕はれっきとした『男』です!」


「だが、面と向かっても『女の子』にしか見えないが……」


「僕が華奢な体をしていて、女顔なのは生まれつきです!」


「男なら、何故?女子用制服を着ているのかね?」


「今日の入学式開始直前に、学園に着いたら、学園の職員からこれを渡されたんです!入学式には制服着用となっていますから、抗議する暇も無く、これで入学式に出るしかなかったんです!」


本当なら余裕を持って、僕は入学式の数日前には学園に到着している予定だったが、途中で鉄道に事故が起きてギリギリになってしまった。


「しかし、大賢者さまからの推薦状では確かに君は『女性』だと……」


学園長の言う「大賢者」とは、僕の師匠のことだ。


大陸における最高峰の学者で、多くの偉大な業績を成し遂げている。


大陸における二大国家、魔法帝国の皇帝や機械連邦の大統領が、みずから師匠の家まで足を運んで、頭を下げて助言を求めたことがあるぐらいだ。


大陸の先進国からは蛮族あつかいされている東方諸島国出身の僕が、大陸で一番の学校である大陸中央学園に入学できたのは、師匠が推薦してくれたおかげだ。


「その推薦状、見せてもらえますか?」


学園長が書類棚から取り出した推薦状を僕は読み込んだ。


推薦状には、僕の顔写真が貼られていた。


最近発明された写真で、僕の顔を見ると、あらためて自分が女顔なのが分かって、少し嫌になった。


名前の欄には「平良薫」。大陸風に言うなら「カオル・タイラ」。


このカオルという名前も僕は嫌だった。


男にも女にも使われる名前だが、僕が名乗ると十割の確率で女に間違われるからだ。


年齢の欄には十五歳。


おっと、一番大切な性別の欄を確かめなければ……、やっぱり「男性」とちゃんと書いてある。


師匠が、そんな間違いをするわけがないのだ。


「学園長!ちゃんと『男性』と書いてあるじゃないですか!」


「そうなのかね?」


学園長は、僕が指し示した「男性」という字を見て戸惑った。


「学園長、ひょっとして、東方諸島国文字が読めないのですか?」


師匠は推薦状を東方諸島国文字で書いていた。


師匠は、世界中の国の文字を読み書きできるが、ここ数年住んでいる東方諸島国の文字で書いたのだろう。


「東方諸島国など蛮族の文字など習う必要が……、いや、いや」


学園長は慌てて首を振った。


「いまの失言は、お詫びする。許して欲しい」


何だろう?最初顔を合わせた時から、学園長は僕を怯えたような目で見ている。


考えてみれば、大陸中央学園の学園長は小国の王よりも社会的地位は高いぐらいだ。


師匠の推薦があるとはいえ、新入生にすぎない僕には、もっと傲慢に接しても構わないはずだ。


僕は考え事をする時の癖で、顔の前で両手を合わせた。


「うわー!?」


学園長がいきなり大声を出して床に伏せた。


「頼む!殺さないでくれ!ワシはまだ死にたくない!」


学園長が僕に怯えている理由が分かった。


師匠は強力な攻撃魔法の使い手で、一人で一万人の軍隊を壊滅させたことがあるぐらいだ。


その弟子である僕も攻撃魔法が使えると学園長は思っていて、僕が顔の前で両手を合わせたのを攻撃魔法を使うための動作だと勘違いしたのだろう。


僕は学園長に安心するように声をかけると、話を戻した。


「学園に東方諸島国文字を読める人はいるんですか?」


「いや、いない。大陸と東方諸島国にはほとんど交流が無かったから、我が学園の教職員にも読める者はいないのだ」


「じゃあ、どうやって、この推薦状を読んだのですか?」


「辞典があった」


学園長が本棚から取り出した辞典をパラパラと僕はめくった。


東方諸島国文字と大陸中央文字の対訳が載っている。


「この!あほんだら!」


僕は思わず東方諸島国語で大声を出した。


今まで学園長とは、大陸の共通語である大陸中央語で会話をしていたが、怒りのあまり思わず国の言葉を使っていた。


「ど、どうしたのかね?タイラくん」


言葉は分からなくても、僕が怒ったのは学園長には分かったのだろう。


「この辞典は酷いですよ。間違いだらけだ。東方諸島国語で『上』を意味する単語の訳を大陸中央語で『下』にしたりしてます。『男性』と『女性』も逆さまになっています。それで間違えたのですね」


学園長は床に正座すると、床に両手をつけて僕に向けて頭を下げた。


どう見ても「土下座」の姿勢だった。


「何のつもりですか?学園長」


「これは、タイラくんの国で『ドゲザ』と言う姿勢だろう。相手に対する最大限の謝罪や相手に難しい頼みごとをする時にする姿勢なのだろう?」


何で、「土下座」は正確に知っているんだ?


「謝罪してくれなくても、僕を男子生徒としての入学手続きをあらためてしてくれれば……」


「すまんが、タイラくん。このまま女子生徒として学園に入学してくれないか?」


驚いた僕に学園長は理由を説明した。


これは学園長の明らかなミスのため、ばれれば学園長の恥になる。


学園長を辞任するまではいかないだろうが、笑い話のタネにはなる。


「それは自業自得でしょう?」


「ワシの恥になるだけならば良い。だが姪のエレノアが……」


「学園長の姪?」


「そうだ。姪のエレノア・フランクリンも今日から高等部一年生として入学している。ワシが笑い話のタネになれば、姪まで笑われるどころか、イジメの標的になるかもしれない」


子供の間のイジメの酷さを知っている僕は真剣に考えざる得なかった。


他人のちょっとした「違い」や「失敗」を見つけると、そこを攻撃するのだ。


エレノアという女の子の顔を見たこともないが、僕と同じ年齢の女の子がイジメられる可能性は放置するわけにはいかなかった。


「学園は全寮制で、僕は女子生徒として女子寮に住むことになりますよ。部屋は二人で相部屋ですし、お風呂は共同浴場ですから、僕が男だとすぐにばれませんか?」


「女子寮に風呂つきの一人部屋を用意させる。これならばれる可能性は少なくなるはずだ」


「分かりました。学園長の言う通りに、僕は女子生徒として入学しましょう」


「おおっ!ありがとう!タイラくん!」


ドアをノックする音がして、人が入って来た。


「おじさま。そろそろ、約束の時間よ」


部屋に入ってきたのは、僕と同じ学園高等部一年生用の女子用制服を着た女の子だった。


長い金髪に碧眼に白い肌、典型的な大陸美少女だった。


「タイラくん。紹介するよ。ワシの姪のエレノア・フランクリンだ。エレノア。こちらはカオル・タイラ。お前と同じ高等部の新入生だ」


僕とエレノアさんは互いに挨拶を交わしたが、エレノアさんが僕を見る目は不審そうだった。


僕が学園長室にいる理由が分からないからだろう。


「ところで、エレノア。約束とは、何だったのかな?」


「もうっ!おじさま。忘れたの?昼食を一緒にする約束だったじゃない?」


ちょっと怒ったような、すねたようなエレノアさんの顔は可愛らしかった。


「ああ、そうだったな。すまんがエレノア。キャンセルしてくれ」


「えっ!?どうしてなの?」


「ワシは、こちらのタイラくんと大事な話があるのだ」


「私もお話に混ぜてもらっては、駄目なのかしら?」


「駄目だ!すまんがエレノア。今日の昼食は学生食堂の方で食べてくれ!」


「分かったわ。おじさま」


エレノアさんは笑顔で学園長に答えたが、僕の方に一瞬向けた目は冷たい感じがした。


嫌われちゃったかな?


男として、美少女から冷たい目で見られるのは心が苦しくなるなあ……。


学園長室で再び学園長と二人きりになると、僕が学園で男だとばれないための細かい打ち合わせを始めた。


途中で昼食が二人前届けられた。


豪華な料理だったが、本来エレノアさんのために用意された物だと思うと、食べても味が分からなかった。


「あっ!そうだ!言い忘れていた!」


打ち合わせが終わって、僕が学園長室から退出しようとすると、呼び止められた。


「この学園には、四つ女子寮があるが、タイラくんはエレノアと同じ寮に入ることになる。エレノアのこと、よろしく頼むよ」


午後から入寮になる。


エレノアさんに会ったら、僕はどんな態度をすれば良いのだろうか?

ご感想・評価をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ