匂い
加齢臭かと思っていた。
父から放たれている匂い。
本当に加齢臭だったのかもしれないけど、この匂いは鮮明に覚えているから、同じ匂いだと断言できる。
人間の五感、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
この中で最も記憶に残るのは嗅覚だと聞いたことがある。
だから、やっぱり、同じ匂い。
父が死んでから半年後、父が可愛がっていた猫から同じ匂いがするようになった。それから半年、猫は死んだ。寿命だったのだろう。
15歳だった。猫の平均寿命からしたら、そういう年頃だったのだろう。だから、どうにかできたかもしれないなどの後悔はなかった。
駅のホームですれ違った若者。
焦点が合ってなくて、危なっかしいなと思ったけど、あの匂いがした。
どうすることもできない。
見知らぬ人。
もうすぐ死ぬかもしれませんよ。なんて、間違っても声をかけられない。
運命には逆らえないもので、きっとお風呂に何度入っても、強い香水をつけても、この匂いは消えないだろう。
数分後、駅に異常を知らせる音が鳴り響く。人身事故があったとアナウンスが流れ、家帰るのが遅くなった。
これは加齢臭なんかじゃない。薄々気づいていたけど、気づかないふりをしていた。三度目は逃れようのない。
匂いの記憶は鮮明で、時折、街を歩いていると漂ってくる。
生と死は隣り合わせ。
年齢、性別、境遇、善悪、問わない。あらかじめ決まっているのだろう。抗うことのできない運命。
その先の展開を知っていたって、変えることのできないこと。
季節はもうすぐ冬を連れてくる。
厳しい夏が終わり、暑さと寒さを繰り返している。あと何回寝たら寒さだけになるだろうか。
冷たい風が身を撫でる。
あぁ、またこの匂い。
最近、まとわりついて離れない。
匂いの発信源は分かっている。
多分きっと、死期が近づいているのだ。
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