青のセーター
真希は、嫁いだ妹留花にメールを送った。
一昨日から母親の介護のことでメールのやりとりでケンカしたままなのであるが、
留花しか話せる相手がいないのだ。
―留花は、おかんと一緒に住んでないからわからないんだよ!
まともな話し相手になってくれる家族がいる人にはね!
チョコレート盗み食いしたのを怒って叩いた私が悪くて最低だっての?
これが続いて糖尿病にでもなったらどうすんの?
見ているだけで綺麗事言ってケアマネに良い顔するのなら、誰にだって出来るんだよ!
留花からの返信メールがくる
―あたしはいい顔なんてしてない。
23年間、家庭持って、子供たち育て上げ、家の事仕事の事、やってきたよ。あんたには苦労話しようとは思わない。
みんな色々あるんだから、自分だけ大変だと思わないで。
大変なのはみんな同じだよ。いつも気ににかけてる。
依子だって同じだよ。…忙しいからメールはすぐに送れないだけ。ちゃんと見てるよ。変に思わないでね。
―…留花も仕事と主婦業やりながら、お父ちゃんの入院の世話で大変だったし、こっちは車がないせいで今回それをしないで済んだんだから
、自分だけ苦労してるって思っちゃダメよね…。
それに今甲斐性なしでオトンの入院費は妹二人に出させちゃったし…―
携帯で留花へメールを打ち続けているとどんどん感情的になっていきそうで、
真希は携帯電話を一先ずおき編み物で気分転換することにした。
「こうしてお母ちゃんのセーター編んで、それでお母ちゃんを叩かなければ、しあわせな家庭なのにね」
「うん」
真希の問いかけに淑子は静かな目をもって応える。
編み物の得意な真希、母親に辛く当たると自己嫌悪にかられ、贖罪のように編み針を動かしている。
母の顔には治りかけた、真希のつけた引っ掻き傷がある。
なぜここまでひどく母に手をあげてしまったのか…時に歯止めがきかなくなる自分を直さないと…
そう思いながら一心に編む。
この冬はこれで4枚目だ。
一枚目は父の克哉へと4年前に身頃だけ編み放置していたものを仕上げた白のアランセーターだった。
真希が編み物を本格的に始めた中学生の頃
よく父の克哉は
「真希、セーター編んでくれい」
そう照れくさそうにいったものだ。
(編んであげればよかったな…)
今さらそう思ってももう遅い。だから尚更母の淑子に何枚も編んでいる真希がいる。
今はブルーのケーブルセーターを編んでいる。
お金があればそう高価でない、ちょっとおしゃれな外出着など買って済ますのだが、今年は厳しくまた、今回は合格しなかったが一時は受験勉強から解放されたこともあり、母と自分の共用のセーターを続けざまに何枚も編み上げた。
「…ケイ叔母さんから葉書来てたよ。ケイ叔母さんの旦那さんが事務所を閉めると書いてあった。自分たちを当てにするなってことかも」
「…うん」
母はわかっているのかいないのか曖昧な表情だ。
去年、正月に妹たちが真希と淑子が住むマンションに訪ねて来なかった。
それまでは毎年姪たちも連れて賑やかにすごしていたのに。
ケイ叔母夫婦には、何も期待はしていなかったが、
ただ、交流はほとんどないながらも父の妹という血のつながりを確かめたかった。
それだけのために、身内の声を聞きたいがために衝動的にケイ叔母の家へ、千葉から埼玉まで出かけたのだった。
家にもあげてもらえなかった。
その時に、何を思ってか夫が近々事業をリタイアすることをケイ叔母さんは言っていた。
そして、真希に厄介者を見るような視線を送った。
それには気づかないふりで、ドア前から直ぐにケイ叔母の車に乗せられ、世間話をしながら駅まで送られるのはつらかった。
…ケイ叔母さんも私の就職活動には色々心配してくれたし…
真希はこの日の叔母の視線は、忘れることにした。