母の手紙
どこからあんな声を出していたのか。
頭の先から?
魂の奥から?
真希は目覚めず鼾をかきつづける母を抱き起こし
父の克哉が車を取りに言っている間、半狂乱になって母を呼び続けた。
「お母ちゃん死なないで…」
そう一言つぶやいてしまうと
もうあとは声が迸りでてとまらなくなっていた。「お母ちゃーん!お母ちゃーん」
「お母ちゃん死なないでー!」
「お母ちゃーん!」
母淑子を捜しに鶴山に父の克哉と車で登り、
花見の宴席になっていた今は冬の、葉の落ちた桜の木々の根元や銅像の陰や、
広場の簡易休憩所の中を、真希と克哉は淑子を呼びながら歩き続けた。
「おい!」
「お母ちゃん!」
もうすでに死んでいる母を見つけるのが怖かった。
その恐怖に追い討ちをかけるような父の言葉が胸に突き刺さったまま、真希は母を捜した。
「…お父ちゃん、お母ちゃんの手紙に、お父ちゃんが死ね死ねっていうからって書いてあったけど、
本当にそんなこと言ったの?」
留花の言葉により向かった鶴山への車中で、
真希は既にわかってはいたが父に聞いた。
「…そんなことより、捜さないとしようがないだろう…」
克哉ははっきり返事をしない。
「お父ちゃん!言ったの!?お母ちゃんに死ねって!
お父ちゃんのせいだよ!」
「仕方ねえべや!淑子はあんな病気で、俺本当は死んだ方がいいと思ってるよ!
こんな捜しても見つかんないんだから、もうどっかで死んだんだべや!」
まさかこの状況で実の父親にこんなことを言われるとは
自分に与えられた現在というものが、あまりにも耐え難く、真希はそれ以上克哉には何も言えなくなった。
育まれてきたはずの家族の絆が、ズタズタに真希の心とともに引き裂かれていくのを感じた。
長女の真希は幼少の頃、克哉にたいそう可愛がられた。
克哉のバイクの後ろに乗り、よく散歩にも出かけた。
次女の留花が
「お父ちゃん、お姉ちゃんばっかり連れていって」と拗ねるくらいに。
真希も父を慕っていた。
たまに真希を誘わすに出かけようとする父親に
「ついてくるな」と言われてベソをかいたことを覚えている。
ーあの頃の父と、今自分の横で母の死を願っている父は別人なのだー
真希はそのとき、そう思った。