表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

第7話 家族会議!?現実が重い。

目が覚めたとき、最初に見えたのはいつもの天井だった。


いつものカーテン。いつもの匂い。


――だから、一瞬だけ安心しかけた。


(……帰ってきたんだ)


呼吸を整えようとして、胸がきゅっと締めつけられる。

怖さの残り香が、喉の奥にへばりついている。


首元に指をやる。

冷たい感触。


(チョーカー……)


夢じゃない。現実だ。


意識が戻る直前。

眠りの底で、何かを見た気がした。


誰かの声。

でも、内容は思い出せない。


ただ――ひとつだけ。


(閉じないで)


その言葉だけが、胸の奥に残っていた。


――


「おはよ」


ベッド脇から、さらっと声がした。


ひよりは跳ね起きた。


「うわぁぁぁ!?」


白い影――じゃなかった。


ラッコみたいな丸い生き物。ぬいぐるみっぽいのに、目だけ妙に落ち着いている。


げんえんさん。


「そんなに驚く?」


げんえんさんは首を傾げた。

「昨日からいるよ」


「い、いるよじゃない!!」


ひよりは布団を引き寄せて、体を隠すように抱きしめた。


(隠しても意味ないのに……!)


そこへ、廊下から早足の足音が近づいてくる。

ガチャ、とドアが開いた。


「ひより? 起きたの?」


ママが顔を出す。

その目は、もう“初日”の驚きだけじゃない。心配と警戒が、ちゃんと混ざっていた。


ひよりは勢いで何か叫びかけたけど、途中で言葉が詰まる。


(……どう言えばいいの)


ママはベッドに近づき、ひよりの額に手を当てた。熱はない。


それから、首元のチョーカーを一瞬だけ見て、何も言わずに視線を戻す。


「水、飲める?」


ひよりは小さく頷いた。


ママがコップを差し出す。

ひよりは一口飲んで、すぐに顔をしかめた。


「……学校、どうなったの」

声が震える。

「みんな……」


ママは即答しない。

代わりに、げんえんさんを見る。


「それ、ちゃんと説明して」


げんえんさんが、ぴょこっと浮き上がる。


「校舎は直したよ」


ひよりの眉が跳ねた。


「……え」


「壊れてたし、危ないから」


げんえんさんは当たり前のように続ける。

「人も、落ち着いた」


(落ち着いたって……どういう意味)


ひよりの口が開きかけた瞬間、ママの声が割り込んだ。


「ひより。今は落ち着くのが先」


優しいのに、逃げ道を許さない声。


「あなたが聞きたいこと、全部わかる。でも、順番を決める」


ひよりは、また小さく頷いた。


ママはひよりの髪を撫でてから、ドアの方へ顎を向ける。


「みんな、リビングにいる。行ける?」


「……うん」


布団から出ようとして、足がふらつく。

怖さと疲れが、まだ体に残っている。


げんえんさんが言う。


「無理しないで。転ぶとまた直すことになる」


「その言い方やめて!!」


ママがため息混じりに釘を刺す。


「……げんえんさん。今は静かに」


「はーい」


返事だけは素直だった。



リビングには、ひかりとかなでがいた。


ひかりはソファから立ち上がるなり駆け寄ってきて、ひよりの手をぎゅっと掴んだ。


「ひより……! よかった……!」


ひよりの喉が詰まる。

言葉が出る前に、ひかりの目がうるうるしていた。


「ごめんね、わたし……守れなくて……」


「……ひかりが謝ることじゃ……」


そう言いかけて、ひよりは顔を伏せた。


(守れなかったのは、わたしだ)


かなでは立ち上がり、距離を保ったまま丁寧に頭を下げる。


「宵宮さん。お加減はいかがですか」

「如月かなでです。突然のことで、ご迷惑をおかけしました」


ひよりは小さく首を振る。


「……如月さんも……助けてくれた」


かなでの表情が、少しだけ柔らかくなる。


「状況確認をさせてください。無理のない範囲で」


その言い方が、ひよりには少し救いだった。

“答えろ”じゃなく、“無理のない範囲”って言ってくれる。


ママがテーブルに手を置いて、場を落ち着ける。


「じゃあ、家族会議。現実の話をするよ」


ひよりはビクッとした。

“家族会議”という言葉だけで、胃が縮む。


ママは、かなでとひかりを見て言った。


「まず、あなたたち。来てくれてありがとう」

「……ひよりのこと、助けてくれて」


ひかりが慌てて手を振る。


「全然! わたし、何も……!」


「いいの。いてくれたのが大きい」


ママの視線が、げんえんさんへ移る。


「で。あなた」

「昨日、ひよりから全部聞いた」

「今日も起きた。つまり、続く」


げんえんさんは頷く。


「うん。続くよ」


ひよりがテーブルを叩きそうになって、止めた。


(やめて、その言い方……)


ママは深く息を吸う。

それから、ちゃんと宣言した。


「……一つずつ聞く」

「感情じゃなく、確認の順番。いい?」


かなでが小さく頷く。

ひかりも、ひよりの手を握ったまま頷いた。


ひよりは、黙って頷くしかなかった。


ママは淡々と質問を並べ始めた。


「敵は、いつ来るの?」

「どこに来るの?」

「学校だけ? 街のどこでも?」

「警察や救急は関われる? 関わったら危ない?」

「ひよりが“やらなかったら”どうなる?」

「あなたは何ができて、何ができない?」


ひよりは目を丸くした。


(こんなに……聞くの)

(でも……確かに、必要だ)


げんえんさんは、ひとつずつ答えた。淡々と、いつも通り怖いほど落ち着いて。


「いつ来るかは、正確にはわからない」

「場所も完全にはわからない。でも、来やすい場所はある」

「人が多いところ。音が多いところ。色が多いところ」


ひよりの背筋がぞくっとした。


「学校は、その条件を満たしてる」


かなでがすぐに補足する。


「……人が集中します。避難導線も限られる」

「次が来る可能性が高い、ということですね」


げんえんさんは頷く。


「うん。可能性は高い」


ママが次の質問を投げる。


「警察は?」


「来るよ。普通に」

げんえんさんは言った。

「でも、怪人を止める力はない」

「人を逃がすのは助けになる。だけど、それ以上は難しい」


「救急は?」


「来る」

「でも、現場が戦場なら近づけない」


ママは頷いて、次に進む。


「ひよりが“やらなかったら”?」


げんえんさんは少しだけ間を置いた。


「ひよりがやらなかったら、ひよりは死ぬ」

「それから、周りも死ぬ。たくさん」


ひよりの指が、ひかりの手の中で強く握り返された。

ひかりが震えている。


かなでは息を吸って、落ち着かせるように言った。


「……つまり、最優先は避難と生存の確保」

「そして戦闘は“必要な場合のみ”」

「それでも……避けられない」


ママは少しだけ目を伏せた。

それから、最後の質問を言う。


「あなたは何ができて、何ができないの」


げんえんさんは真顔で答えた。


「直すことはできる。ケガとか、壊れたものとか」

「でも、死は直せない」

「それと、ぼくは戦闘員じゃない。前に出て殴られたら終わり」


「……じゃあ、止められないの?」


ママが言う。


「止めるって、どうやるの?」

げんえんさんは首を傾げた。


ママの目が細くなる。


「……倒す以外にないの?」


げんえんさんは、あっさり言った。


「今のところは」


空気が重くなる。

ひよりは息が浅くなり、膝を抱えた。


(やだ……また、あれを……)


そこで、かなでが口を開いた。静かで、でも強い。


「情報が足りません」


かなではテーブルの上に指を置き、整理していく。


「敵の階層。出現の予兆。撤退の条件」

「誰がどこまで対応できるか」

「そして――宵宮さんの負担が大きすぎます」


ひよりが顔を上げる。


かなでは続けた。


「宵宮さんが戦えるのは分かりました」

「でも、ひとりで全てを背負う構造は長く持ちません」

「次に備えるには、ルールが必要です」


ひかりがこくこく頷く。


「ルール……!」


ママは視線を落とさずに言った。


「迷惑とか言わない」

「ひよりが生きるほうが大事」


そのまっすぐさが、ひよりの胸を痛くする。


かなでは頷いた。


「なら、最低限だけ決めます」

「一つ。次が来たら、朝倉さんは避難誘導を優先」

「二つ。私は現場を見て、撤退ラインを作る」

「三つ……宵宮さんには“隠れる場所”を用意します」


ひよりの顔が真っ赤になる。


「……やだ」

か細い声。


「……それ、あの格好のこと言ってるでしょ……」


ひかりが思わず口を押さえる。


「……ひより、そういう意味で“隠れる”じゃ……」


「そういう意味でしかない!!」


かなでが咳払いをした。ほんの少しだけ耳が赤い。


「……宵宮さんの抵抗感は理解します」

「ですが、戦闘前の数十秒を確保できるだけで、生存率が変わります」


ひよりはソファに沈んだ。


(生存率とか言わないで……!)

(正しいのが嫌だ……!)


ママが、ひよりの横に座った。声を落とす。


「ひより。今日、怖かったよね」


ひよりの喉が震えた。


「……こわかった」


一言で、涙が出そうになる。

ひよりは慌てて顔を背けようとしたけど、ママの手がそっと頬に触れる。


「痛かった?」


「……いたかった」


「恥ずかしかった?」


ひよりは詰まった。


(それは……それは……)


「……はずかしかった……」


声がかすれる。


ひかりが、ぽろっと言った。


「でも……可愛――」


「言うな!!」


ひよりが即座に遮る。

ひかりが縮こまる。


「ごめん!!でも!ほんとに!ちょっとだけ!!」


かなでが低く言った。


「朝倉さん、今は――」


「ごめんなさい!!」


ひよりは泣きそうなまま、膝を抱え直す。

ママがひよりを抱き寄せた。


「……よく生きて帰ってきた」

「それだけで、今日は合格」


胸の奥の固まりが、少しだけ崩れる。

ひよりは、ぎゅっとママの服を掴んだ。


(……わたし、また……)

(また、戦えるのかな)


そのとき、げんえんさんがふわりと浮いて、いつもの声で言った。


「うん。次は遠くないと思う」


ひよりの体が硬直した。


かなでが目を細める。


「……根拠は」


「なんとなく」


げんえんさんは言った。

「空気が、薄い」


「最悪……」


ひかりが小さく呟いた。


ママは深く息を吐いて、顔を上げる。

泣かない。崩れない。母親の顔だ。


「……分かった」

「じゃあ、こうする」


ママは指を折る。


「学校には、行く」

「でも、連絡手段を作る。何かあったらすぐ共有」

「ひよりは無理しない。隠すのも禁止」

「如月さん。あなたが言った“線”の話、詳しく聞かせて」

「ひかりちゃん。あなたはひよりのそばにいて。無理はしないで」


ひかりが強く頷く。


「うん!」


かなでが頭を下げる。


「承知しました」


ひよりは小さく首を振った。


「……行きたくない……」


ママは抱きしめたまま、耳元で言った。


「分かる」

「でも、逃げるなら“逃げ方”を決めよう」

「あなたは一人じゃない」


ひよりは、やっと小さく頷いた。


夕方の光が、カーテンの隙間から伸びて、床に細い線を引いた。


その線を見て、ひよりは思った。


(……線の内側)

(そこなら、わたしは――)


怖い。

恥ずかしい。


それでも。


外が静かすぎた。静かで、嫌な予感がする。


そして、その静けさの中で、げんえんさんが最後に言った。


「……準備しよ。次は、ちゃんと間に合うように」


ひよりは答えられなかった。


ただ、胸の奥で――

あの言葉が、まだ残っていた。


(閉じないで)


ひよりは、ママの服を掴む指に、少しだけ力を込めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ