第21話 新たなる力!?諸刃の剣。
ひよりの家のリビングは、夜なのに明るかった。
電気の明るさじゃない。胸の奥がざわざわして、眠れない明るさ。
テーブルの上には、冷めかけたお茶と、開けたままのスマホ。
しずくはもう寝た。――寝かせた、が正しい。
ソファに座るひよりは、昨日の痛みより、昨日の“目”が痛かった。
見慣れた目。委員長の目。
そらが、同じ言葉をもう一度言ってしまったみたいに呟く。
「……委員長、だった」
自分で言って、自分で震えて黙る。
かなでは背筋を伸ばして座っている。姿勢はいつも通り。
でも指先だけが、薄く震えていた。
「朝倉さんは……わたくし達を、排除するつもりでした」
言い切る声は冷静なのに、言葉の端が硬い。噛みしめる硬さ。
ひよりは拳を握った。
「……止めたい、だけなら……あんな目はしない」
あの目は、判断だけが残っていた。
“人”がいない目。
そこへ、げんえんさんがテーブルの上に――ぽふ、と乗った。
ふわふわの体。声は相変わらず軽い。
「うん。状況整理しよっか」
しっぽでも振るみたいに手を振ってから、げんえんさんは一拍置いた。
「まず結論から言うね」
三人が息を止めた。
げんえんさんは、にこっとしたまま言った。
「正直に言うと、今の君たちで朝倉ひかりを倒すことはおろか、助けることは不可能だね」
ひよりの耳が伏せる。
そらが「え」と短く声を漏らす。
かなでは目を伏せた。
否定できない。昨日、三人で“詰んだ”。
げんえんさんは続ける。優しい声で。
「彼女の今の状態は、“敵意”じゃなくて“処理”なんだ」
「危険度を判定して、最短で止める。止めるっていうより……消す寸前まで行くタイプ」
ひよりの喉が痛い。
「じゃあ……どうすればいいの」
げんえんさんは首を傾げた。
「方法はあるよ」
「ただし、使いたくなかった」
その言い方が怖かった。
悪気がないのが、もっと怖い。
げんえんさんは、テーブルの上に置かれたプリズムストーンに視線を落とす。
“前の魔法少女の残り香”が眠っている石。
「プリズムストーンの“能力解放”」
「眠ってる層を起こして、フォームを上げる」
そらが身を乗り出す。
「それ、やろ! 今すぐ!」
げんえんさんは笑ったまま、首を横に振った。
「できない」
そらの顔が固まる。
「え」
げんえんさんは淡々と言う。
「まず、ハートはダメ」
「アイギスとノヴァを、確実に“自分の力”として使えるようになってから」
「今のまま解放すると、反動で“自分が自分じゃなくなる”可能性が高い」
ひよりの胸がひゅっと冷える。
ノヴァの反動――白くなる髪、抜け落ちる記憶の予感が、まだ肌に残っている。
げんえんさんは次に、そらを見る。
「スパークも、今はダメ」
「君はね、解放すると“力”に飲まれる」
「勢いが武器だからこそ、勢いのまま燃え尽きる」
そらが唇を噛む。
「……じゃあ、誰が」
げんえんさんは、かなでを見る。
「セイバーだけ。君だけは条件を満たしてる」
かなでは動かない。
でも目が、ほんの少しだけ揺れる。
「理由は?」
げんえんさんは、軽く答える。
「君は“線を引ける”から」
「自分の中にも線を引ける可能性がある」
そこで、げんえんさんの声がほんの少しだけ硬くなる。
「ただし――君でも飲まれる可能性はあるよ」
かなでの喉が鳴った。
げんえんさんはにこっとして言う。
「だから、自我を強く持って。自分が何者か、絶対に忘れないでね」
優しい言葉なのに、命令みたいだった。
かなでは短く頷く。
「承知しました」
「……やります」
ひよりが立ち上がる。
「待って、危ないって――」
げんえんさんが軽い声で遮る。
「危ないよ」
「でも、今のままだともっと危ない」
「君たちは次に来た彼女に、確実に負ける」
言い切る。嘘がない。だから痛い。
ひよりは拳を握り直した。
「……やるしかない」
げんえんさんは、かなでのプリズムストーンをそっと持ち上げた。
赤ん坊を扱うみたいに丁寧な手つき。
「じゃ、解放するね」
一拍。
「かなでのプリズムストーンには、“武装管理システム”が眠ってる」
「名前は《ジャッジメント・セブン》」
そらが目を見開く。
「武装……?」
げんえんさんはさらっと言う。
「七つの武器を管理・起動する仕組み。――七罪武装」
「でも今は一つだけ。切り替え連発も同時使用も、まだ無理」
ひよりが息を呑む。
「七つ……」
げんえんさんは、笑ったまま続けた。
「そしてね。使うほど“侵食”する」
「判断や感情が、武器の性質――“罪”に引っ張られる」
かなでの指が震える。
でも、視線は逸らさない。
げんえんさんが言う。
「プリズムストーン――リリース」
石が光った。
虹じゃない。
刃の裏側みたいな光。
かなでの胸元が熱を持ち、呼吸が一拍遅れる。
(……入ってくる)
力だけじゃない。
感情の残り香。誰かの“戦い方”。
げんえんさんが言う。
「線を、引いて」
「自分の名前を、呼んで」
かなでは目を閉じる。
「……如月かなでです」
その一言で、光が収束した。
「……変身します」
変身後。
かなではいつもの姿より、輪郭が少しだけ鋭い。
発光が強い。線の“密度”が増えている。
ひよりは息を呑む。
(強い……)
そらも小声で言う。
「セイバー……かっこよ……」
かなでは手を握る。
その瞬間、空気が切れるように――線が勝手に走ろうとする。
げんえんさんが言う。
「能力確認しよっか」
「軽くでいいよ。軽く」
軽い、の基準が怖い。
かなでは頷く。
「承知しました」
「……いきます」
かなでの背に、薄い紋様が浮かぶ。
七つのうち、ひとつだけが脈打つ。
げんえんさんが、名前を告げた。
「怠惰――《スティル・バインド》」
かなでが一歩踏み出す。
その一歩で、床に線が咲いた。
鋭い。細い。
斬る線じゃない。止める線。
「――動かないでください」
丁寧語。
でも、温度が低い。
ひよりが盾を出そうとした瞬間、身体が重くなる。
(え)
膝が沈む。
そらも同時に息を詰まらせる。
「っ……なに、これ……!」
そらが喉を掴む。
声が出にくい。
かなでは二人を見る。
その視線が、少しだけ違う。
“判断”の目。
ひよりの背筋が冷える。
「かなで……?」
かなでは答えない。
代わりに、淡々と言った。
「内側へ」
声は丁寧。
でも命令が硬い。
ひよりが叫ぶ。
「待って、それ味方に――」
言い終わる前に、線が走った。
床だけじゃない。空気にも。
ひよりの盾が展開しかけて、ぐにゃりと歪む。
(止められてる……!)
そらが飛び退こうとして、足が動かない。
「セイバー、軽くじゃない! それ、軽くないって!」
かなでは止まらない。
止められない。
力が、かなでを“正しく”させる。
正しさが、刃になる。
「危険です」
「止めます。全部」
その“全部”が、怖かった。
昨日のひかりの「処理」と同じ匂いがする。
ひよりは歯を食いしばる。
「アイギス!」
盾を広げる。
今度は間に合った。
でも盾が、押される。
線が盾の表面をなぞって、裏へ回り込もうとする。
(これ、昨日の……!)
そらが無理やり腕を動かし、かなでに叫ぶ。
「戻ってこい! セイバー! 僕らだよ!」
かなでの眉がわずかに動く。
一瞬だけ、迷いが出る。
その一瞬で、げんえんさんが言った。
「かなで! 自分の名前!」
かなでの肩が跳ねた。
「……如月、かなで……です」
言った瞬間、線が一拍遅れる。
ひよりが叫ぶ。
「私たちは味方! 私はひより! そらはそら!!」
かなでの目が揺れる。
(味方……)
線が乱れかけて、また鋭くなる。
「……動くのが危険です」
「だから、止めます」
丁寧語のまま、冷たい。
ひよりは盾で押し返す。
身体が持っていかれる。
そらが叫ぶ。
「ハート! 受けすぎ!」
ひよりは息を吐く。
「受けないと――」
かなでが、もう一歩踏み込む。
その瞬間、かなでの胸元の光が強くなる。
七罪の紋様が、腕から首元へ這い上がる。
ひよりは気づいた。
(侵食……)
げんえんさんが、小さく言う。
「侵食が始まった。……まだ一つ目で、これ」
悪気がない声。
それが怖い。
かなでが剣を振り上げる。
線が空気を裂くような速さで走る。
ひよりは盾を上げる。
(耐える。耐えるだけでいい)
次の瞬間。
かなでの動きが止まった。
剣が、空中で震える。
かなでの呼吸が荒い。
歯を食いしばっている。
「……っ、わたくしは……」
声が震える。
でも丁寧語は崩れない。
「……わたくしは、味方です」
その一言で、線が止まった。
ひよりが膝をつく。
そらも息を吐く。
かなでは剣を下ろし、肩で呼吸する。
「……すみません」
ひよりは立ち上がりかけて、止まる。
手が伸びない。
(これが……ひかり相手なら)
かなでは震える手で胸元を押さえた。
「……強い」
「でも……抑えきれなければ、味方も傷つけます」
げんえんさんが軽い声で言う。
「うん。諸刃の剣だね」
「でも、必要な刃でもある」
かなではゆっくり頷く。
「承知しました」
「……次は、もっと線を引きます」
かなでは変身を解除した。
フリルと光が消え、肩の力が抜ける。
その代わり、かなでの目が少しだけ鋭いまま残った。
そらが恐る恐る言う。
「……セイバー、なんか……目つき悪くなってない?」
かなでが、少しだけ強い声で返す。
「気のせいです」
語尾が、ほんの少しだけ硬い。
ひよりが口を開く。
「……大丈夫?」
かなでは短く息を吸う。
「……大丈夫です」
「少しだけ、熱が残っています」
「……好戦的になるかもしれません。ですが、収まります」
他人事みたいに言うのが、余計に怖い。
げんえんさんが笑う。
「うん。収まるよ」
「収まらなかったら――その時は止めてね。君たちが」
冗談みたいな声。
冗談じゃない内容。
そらが眉をしかめる。
「げんえんさん、言い方」
げんえんさんはきょとんとする。
「え? 合理的でしょ」
ひよりは拳を握った。
(止める、じゃない)
心の中で言う。
(連れ戻す)
かなでは顔を上げる。
ほんの少しだけ、いつもの温度が戻った目。
「……朝倉さんも、戻します」
そらが小さく頷く。
「うん。戻す」
ひよりも頷いた。
外は静かだった。
静かすぎる夜だった。
次の戦いが近いことだけが、はっきり分かった。
そして、げんえんさんが最後に一言だけ付け足した。
にこっとして。
「ちなみに。ジャッジメント・セブンは、七つある」
「複数同時使用は――理論上はできるよ」
かなでの背筋が固まる。
げんえんさんは、さらっと言った。
「でも、その時は敵味方の区別が壊れる可能性が高いから」
「最終手段ね」
言い終わった後も、げんえんさんは笑っていた。
三人は、その笑顔が少しだけ怖かった。




