第20話 彼女の正体は!?割れた仮面。
翌朝。
ひよりは登校してすぐ、教室の空気がいつもと違うのを感じた。
ざわざわしているのに、静かだ。声が小さい。
席が――ひとつ、空いている。
(……来てない)
ひよりの耳が伏せる。
昨日の夜の冷気が、まだ首元に残っている気がした。
かなでは席に着くなり、教室の入り口を一度だけ見た。
見て、視線を戻した。
それだけで、分かる。
そらが、わざと明るく言う。
「え、委員長まだ? 寝坊? 委員長が寝坊? レアくない?」
誰も笑わない。
ひよりが小さく息を吸う。
「……連絡、つかない?」
そらがスマホを見せる。
着信履歴が並んでいる。返信はない。
「うん。既読もない」
かなでが言う。短く、淡々と。
「欠席連絡も、学校には入っていません」
それが一番嫌だった。
ホームルームが始まっても、席は空いたまま。
先生が「欠席です」とだけ言って流した瞬間、ひよりは椅子の背を握った。
(昨日の夜、帰ってこないって――)
しずくの声が思い出される。
放課後。
三人は、校門の前で顔を合わせた。
かなでは先に言う。
「最後に一緒にいたのは、わたくしです」
ひよりが目を上げる。
そらも黙る。
かなでは続けた。言葉は短い。
「昨夜、別れました。……一緒に帰るべきでした」
謝罪じゃない。
自分への判決みたいな声だった。
ひよりが口を開く。
「かなでのせいじゃ――」
「わかっています」
かなでは即答した。
でも、そこで少しだけ息を吐いた。
「……でも、そう思ってしまいます」
そらが無理に笑う。
「でもさ、委員長って強いし。たぶん、何か事情――」
途中で止まる。
自分の言葉が軽すぎるって気づいた顔。
ひよりは言う。ゆっくり。
「探そ。今日、三人で」
かなでが頷く。
「承知しました」
そらも、笑えないまま頷いた。
「……うん」
再開発区画。
昨日の夜、影が消えた場所。
フェンスの向こうは、工事用の板で塞がれている。
そこに、微かな“薄さ”が残っていた。
音が遠い。色が抜ける。
「……いる」
ひよりの喉が詰まる。
視界の端、街灯の下。
黒い影が立っていた。
人の形。
でも、人じゃない。
装置みたいに無機質で、気配だけが冷たい。
「……誰」
返事はない。
次の瞬間、距離が消えた。
圧。
息が詰まる。
「変身……!」
ひよりが言い切るより早く、光が身体を包む。
プリズム・ハート。
かなでも、そらも同時に変身を終える。
――それでも、遅い。
黒い影が腕を上げる。
黒い線が伸びた。
拘束。
空気ごと絡め取るみたいに、正確に。
「ッ……!」
ひよりの身体が止まる。
無理に動かすと、関節が軋む。
かなでが踏み込む。
「――切ります」
剣が走る。
線が弾け、ひよりの身体が自由になる。
だが、同時に。
黒い影がかなでへ距離を詰めた。
「……っ!」
かなでが剣で受ける。
受けた瞬間、腕が痺れる。
重い。
一撃が、重すぎる。
そらが叫ぶ。
「こっち!!」
攪乱の閃光。
光が弾ける。
一瞬、黒い影の動きが止まる。
視界ではないはずなのに――情報処理が、一拍だけ乱れた。
インバートが、残滓の感情に引っ張られたのか。
「今だ、ハート!」
ひよりが踏み込む。
距離を詰める。
拳に光を集める。
「……っ、ああああっ!」
拳が、仮面へ届いた。
硬い。
割れない――そう思った瞬間。
ひび。
白い仮面に、一本の線が走る。
次の瞬間、砕けた。
破片が散る。
下から現れた顔。
見覚えがありすぎる顔。
「……ひかり……?」
ひよりの声が掠れた。
そらが震える声で言う。
「……委員長、だった……? あれ、委員長……?」
かなでは、言葉が出ない。
ただ、剣を握り直した。
黒い外套。
白い仮面――は、もうない。
露わになったのは、朝倉ひかり。
けれど。
目が違う。
“判定”だけが残っている目。
ひかりの視線が三人を捉える。
特に、ひよりを見た。
焦点が合う。
処理対象を見つけたみたいに。
そのまま、攻撃が来る――はずだった。
だが。
ひかりが、頭を押さえた。
膝が落ちる。
胸元の黒い光が、心臓みたいに脈打っていた。
明滅が速くなって、呼吸のリズムまで狂わせる。
処理を優先したいのに、残っている記憶が邪魔をする。
“正しさ”が、噛み合わない。
ひかりの喉から、掠れた声が漏れた。
「……殺して」
ひよりの目が熱くなる。
(……ひかりが、殺してって……)
胸の奥が、ぎゅっと痛い。
その瞬間――
「うわぁ。いいの出た」
瓦礫の影から、ネブラの声が響いた。
ひよりが顔を上げるより先に、軽い足音が近づく。
ネブラが姿を現す。
仮面にはひび。
ひびの隙間から、赤が滲む。
「……やば。マジで痛ぇ……」
仮面を押さえながら、笑う。
「でも、面白いデータだよ」
ひかりが立ち上がろうとする。
だが、胸元の光がさらに乱れる。
明滅が激しい。
「……インバートが暴走しかけてる」
ネブラが肩をすくめる。
「これ以上やるとデータじゃなくて爆破だ。撤退!」
影が開く。
空間が歪む。
「……陛下に“コスパ悪い”って怒られるしね」
最後に、楽しそうに言った。
「でも――十分だ」
ひかりの身体が、闇に引かれる。
「待って!」
ひよりが叫ぶ。
「ひかり!!」
ひかりの肩が、ほんの少しだけ揺れた。
まるで、呼ばれた名前を聞いた瞬間のように。
次の瞬間、影は消えた。
風だけが残る。
沈黙。
ひよりが呟く。
「……私が、当てた」
仮面を割ったのは、自分だ。
それが“助け”なのか、“引き金”なのか、まだ分からない。
でも――割らなければ、ひかりはもっと壊れていたかもしれない。
かなでが、短く言った。
「朝倉さんを。……止めます」
その言葉が、怖かった。
正しいはずなのに、怖い。
かなでの声に、ほんのわずかな揺れが混じっていた。
それは――“正しさ”が揺らいでいる証だった。
ひよりは息を吸う。
「……違う」
顔を上げる。
「連れ戻す」
夜だけが残る。
――あれは、また来る。




