表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

第19話 帰ってこない!?謎の影。

放課後の校舎は、もう“終わって”いた。


部活の掛け声も、笑い声も、階段を駆ける足音もない。

残っているのは、蛍光灯の白と、紙が擦れる音だけ。


生徒会室の机に書類が並ぶ。

かなでは最後の一枚に目を通し、ひかりは黙々とホッチキスを留めていた。


「……これで大丈夫です。ありがとうございます、朝倉さん」


「いえ。必要だと思ったので」


ひかりの返事は短い。

かなではそれに、ほんの少しだけ笑った。


「朝倉さんは、いつも必要なことを優先してくれますね」


「……そうですか」


「はい。助かります」


言葉は短い。

でも、そこに温度があった。


鍵をかけて廊下に出ると、夜の匂いがした。

校門へ向かう二人の足音が、やけに響く。


外に出ると風が冷たい。

街は明るいのに、影が濃い。


かなでが、ひかりの横顔を見る。


「朝倉さん。途中までご一緒します」


「会長が、私に合わせる必要は――」


「必要です」


断定はいつも通り。

けれど押しつける感じはない。


「……今日は少し、嫌な感じがします」


ひかりの歩幅が、一瞬だけ鈍った。


「嫌な感じ、ですか」


「ええ。根拠は薄いです。でも……こういう時は外れません」


かなでは言い切ってから、少しだけ柔らかく付け足す。


「朝倉さんが帰る方向まで。……それだけでいいです」


ひかりは頷きかけて、止めた。

迷いが、ほんの一瞬だけ顔に出る。


(会長の“嫌な感じ”は、いつも当たる)

(でも――今日は、私がしっかりしないと)


「……ありがとうございます。でも、大丈夫です」


かなでは口を開きかけて、閉じる。

押し切らない。


「承知しました」


沈黙が、ほんの一拍だけ落ちた。

その一拍が、後で胸に残る。


かなでは最後に短く言う。


「無理は、しないでくださいね」


「……はい」


分岐点。


大通りへ向かうかなでと、近道へ向かうひかり。


かなでは歩き出しながら、もう一度だけ振り返った。


「朝倉さん。何かあったら、連絡を」


「……わかりました」


その返事は、少しだけ柔らかい。

かなではそれで満足したように、前を向いた。


――見送ることしか、できない。


ひかりは近道を選んだ。

再開発区画へ続く道。工事フェンス。立入禁止。

黒い空洞みたいな建物の影。


人通りはない。

あるはずがない。


なのに。


足音がひとつ。

自分の足音と、合っていない。


ひかりが立ち止まった瞬間、空気が落ちた。

音が遠のき、色が薄くなる。


「こんばんは、正しい人」


白い仮面。黒い外套。

ネブラが、そこに“居た”。


左右の影が動く。

灰色の兵が数体、無言で出てきて、自然に道を塞ぐ。


囲い込み。

戦うためじゃない。逃がさないため。


ひかりは息を吸う。

胸の奥が冷える。


「……あなたは」


名乗りを求める言葉は出なかった。

出しても意味がないと、身体が先に理解した。


ネブラは近づかない。触れない。

ただ、観察している。


そして短く言った。


「続けて」


それだけで、灰兵が動く。


ひかりは腕を上げた。

防御の形は取れる。判断は正しい。


――でも速度が違う。


腹に鈍い衝撃。息が抜ける。

足が浮いて、背中から地面に叩きつけられた。


起き上がろうとした手首が踏まれる。

乾いた音。痛みが遅れて走る。

指が開かない。


立とうとすると膝。

顔を上げると頬。

息を吸おうとすると腹。


“戦い”じゃない。

立たせない角度だけで、使えなくしていく。


腕を掴まれ、背中へねじ上げられる。

肩の奥で、関節が軋んだ。――外れる。


世界が一瞬、白くなる。


右腕がぶら下がる。

息を吸うと肋の内側がひっかかる。

胸の奥が、ずっと痛い。


(……正しく、対処しないと)

(逃げる? 助けを呼ぶ? でも――ここで騒いだら、巻き込む)

(最優先は、被害を増やさないこと)


痛みの中でも、判断だけは止まらない。

それが、自分だ。


それでもひかりは目を上げた。

仮面の奥の“観察”を睨み返すために。


ネブラの声が落ちる。


「まだ折れてない。……いいね」


次の一撃が肋へ入る。

鈍い音。


胸の中で何かが割れた感覚。呼吸が止まる。


灰兵が首の後ろを短く叩いた。


視界が落ちた。

膝が落ちた。

世界が暗くなる。


最後に聞こえたのは、ネブラの淡々とした声。


「その場はだめ。調整が要る。運搬して」


――――


意識が戻った時、最初に分かったのは匂いだった。


油と金属。濡れたコンクリート。

冷えた空気が肺に刺さる。


知らない天井。低い灯りが一本、白く揺れている。

手足が動かない。腕と脚が固定され、胸にベルトの重み。


右肩がずれて痛い。

息を吸うと、肋の奥がひっかかる。


(……ここは、どこ)

(まずい。連絡――)


指先が動かない。

スマホもない。


「起きた?」


白い仮面。

ネブラが視界の端にいた。


「……どこですか」


「さあ。どこだろうね」


「君に説明する必要ある?ないよね」


「ちょっとした調整が必要なだけ」


作業台に黒い器具が並ぶ。

暗いコア。細いケーブル。


「零彩擬核ゼロ・インバート」


ひかりの喉が鳴る。


「なんで……私が……」


「面白いから」


「新しい玩具ができたから。実験がてらね」


そして、覗き込むように言った。


「“力が欲しい”って顔、してる」


ひかりは否定しかけて――止まった。


(……力があれば)

(守れるかもしれない)

(ひよりを。みんなを)

(会長みたいに――“間に合う”人になれるかもしれない)


それは願いじゃない。

責任の形をした焦りだ。


(でも……これは、正しくない)


「じゃ、入れるよ」


冷たい圧が胸元に沈む。


ひかりの視界が、整った。


雑音が消える。

余計なものが消える。

世界が、わかりやすくなる。


正しい/正しくない。

必要/不要。

優先順位。


――それだけが、残る。


(……ひより)


守りたい、が――

“排除すべき要因”に、書き換わろうとする。


(違う。守る、は……)


抵抗しようとした瞬間、別の声が頭の中で囁いた。


『正しいことを優先しろ』


それは、自分の声だった。

でも、どこか違う。


記憶が、ゆっくり塗り替えられていく。

ひよりの笑顔が、“危険な存在”に。

守りたい気持ちが、“処理すべき脅威”に。


(……ひよりは……)

(……排除……?)


最後の抵抗みたいに、ひかりは胸元を押さえた。

『違う……ひよりは、守りたい……!』


でも、その声はすぐに飲み込まれる。

冷たい光に、塗り潰される。


泣きたいのに泣けない。

怒りたいのに怒れない。


代わりに、身体が動く。


拘束具が軋み、ひかりが跳ね起きる。


ネブラの仮面が傾いた。


「……あ?」


「抑え――ろ!」


言い終わる前に、ひかりが動いた。

空気が裂ける音がした。


灰兵が前に出る。

次の瞬間、ひかりが刻印に触れる。


“判定”が走る。


灰兵の刻印が、裏返る。

正しくない、と弾かれたみたいに、霧へほどける。


もう一体も、触れた瞬間に消えた。


ネブラの笑いが消える。


ひかりが、ネブラを見る。


――目標、固定。


「刻印兵!」


影が開き、刻印兵が出る。

だが、ひかりが一歩踏み込む。


触れた瞬間、刻印が反転し、兵が霧散する。


次も、その次も。


ネブラは下がる。

壁に背が当たる。


「……やば。マジで痛ぇ……」


仮面のひびから、血が一滴、ぽたりと落ちた。

ネブラは仮面を押さえながら、笑う。


「……でも、面白いデータだよ」


衝撃。

身体が壁に叩きつけられ、息が抜ける。


ネブラの“観測刻印”が歪む。

観測データが、取りこぼされていく。


観測が、壊れる。


ネブラは咳をして、仮面の奥で舌打ちした。


「……まだ足りないね」


でも、視線は愉快そうに光っている。


「でも――十分だ」


「これ以上やったら、データじゃなくて“爆破”だよ」


「インバート、暴走しかけてる。……撤退!」


命令が飛ぶ。


壁越しに、ネブラは血の味を確かめるみたいに息を吐いた。


「……陛下に『コスパ悪い』って怒られるしね」


それでも、笑う。


「……ふふ。いいね。データ、最高」


「君は、外に出して」


ひかりは夜へ放り出される。

扉が閉まる。


振り返る理由は、もうない。


――止める。


痛みはある。

肋の奥がひっかかる。

どこかで疼く。

でも、痛みは優先順位の外へ押し出されていく。

「処理」が先に来る。


ひかりは立ち上がろうとして、足元の方向が一瞬わからなくなった。

“帰る”という動作だけが、妙に遠かった。


帰る先が、誰の顔を思い浮かべるべきか――それすら、優先順位の外に追いやられていた。


(帰る)

(帰って、何をする)

(――正しいことを、優先する)


その“正しい”が、どこへ向かうのか。

自分でも、もう確信が持てない。


夜風が冷たい。

それだけは、やけに正確に分かった。


――――


その夜、ひよりのスマホが鳴った。


画面に出た名前は、朝倉しずく。


『ひよりねぇ……おねぇ、帰ってこない……』

『……連絡、つかないの……』


ひよりの指が、画面の上で小さく震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ