第16話 性能確認!?アイギスとノヴァ。
放課後の帰り道。
並んで歩く足音だけが、やけに揃っていた。
ハートの――いや、宵宮ひよりの口数は少なかった。
胸の奥に、小さな硬さがずっと残っている。
「……今日、げんえんさんが“性能確認”って言ってた」
隣の二人は、いつも通りに見える。
でも、ひよりだけは違った。
(ちゃんとやる)
(でも、怖い)
怖いままやる。
それが一番、難しい。
河川敷は、人の気配が薄かった。
風が草を寝かせ、遠くの車の音だけがぼんやり届く。
三人の姿は、もう“日常”のそれではない。
胸元のプリズムコアが淡く脈打ち、足元に薄い紋様の光が滲む。
げんえんさんが、いつも通り淡々と言った。
「今日は模擬戦。性能確認だよ。危険域に入ったら止めるね」
セイバーは小さく頷き、落ち着いた声で続ける。
「本日は勝ち負けではありません。性能の確認だけにしましょう」
「ハートは単体運用で。アイギスとノヴァのみ。あの合成は無しです」
「スパークも、わたくしも本気の攻撃は控えます。……危ないと判断したら、すぐ止めますね」
「よろしいですか? 無理はしないでください」
ハートは小さく頷いた。
「……うん」
声が細い。
けれど、足は止めない。
スパークは肩を回しながら、楽しそうに笑う。
「わーい、運動の時間! じゃ、いくよハート!」
その笑い方は軽い。
でも、スパークの視線だけが一瞬だけ真面目になる。
(怖がってるの、分かる)
(なら、ぼくが先に――)
言葉にはしない。
ただ、踏み込む。
「え、ちょっ……!」
言い終える前に、スパークが走った。
直線じゃない。弧を描いて、視界の端をかすめる。足音が軽い。
(速い!)
ハートは反射で左手を上げた。
アイギス。
空気が揺れて、スパークが投げた小石が弾けるように散る。
受け止めた衝撃が、腕にずしんと残った。
「お、いいね! 受け止めた!」
スパークは楽しそうに、さらに距離を詰める。
セイバーはまだ大きく動かない。
ただ、ハートの“逃げ道”だけを静かに狭めていく。
(……線を引いてる)
背中がじわっと冷える。
セイバーが一歩だけ位置を変えた。たった一歩で、逃げ道がひとつ消えた気がした。
「ハート。落ち着いて。まずは単体の精度を見ます」
穏やかな声。
でも、その穏やかさが逆に焦りを浮かび上がらせる。
「ノヴァ。見せてください」
ハートは右手を見た。
軽い。怖いくらい軽い。
(当てる……?)
躊躇が喉に絡む。
でも、確認だ。やらないといけない。
ハートは右手を前に出し、狙いをつけた。
まずは地面。安全なところ。
「……ノヴァ」
白い光が、細い線になって走る。
砂利が弾けて、小さな穴が空いた。
「おおっ! それそれ!」
スパークが拍手して、同時に――踏み込んだ。
「次は、ぼくを狙ってみ?」
「む、むり――!」
ハートが言い切る前に、スパークは死角へ潜り、ふっと消える。
視線が追いつかない。
(どこ――)
セイバーの剣先が、ハートの足元の砂を薄く払った。
ただの牽制。なのに、身体が反射で硬くなる。
「焦らなくて大丈夫です。狙いは一点、動かさないで」
セイバーの声は冷静だった。
焦っているのは、ハートだけ。
(固定……固定、固定……)
ハートは視線を走らせ、スパークを探す。
背中側から声が聞こえた。
「こっちだよー」
(そこ!)
ハートの右手が上がる。
狙いは、スパークの“横”。掠めるだけの位置。脅かすだけ――そのつもりだった。
その瞬間。
スパークが、急に飛び込んだ。
「今だっ!」
(え)
思考が止まる。
(だめっ――!)
止めるのが遅い。
放った光は、もう戻らない。
白い線が、スパークの体に直撃した。
「――っ」
音が消えたみたいに静かだった。
次の瞬間、スパークの身体が弾かれたように吹き飛んだ。
砂利の上を転がり、二回、三回。
最後に、どさり、と止まる。
動かない。
ハートの指先から、血の気が引いた。
「……スパーク……?」
声が掠れて、ほとんど音にならない。
セイバーが一瞬で走った。
剣も盾も、置き去りにするみたいに。
「スパーク!」
膝をつき、肩に手を当てる。首筋に指を添える。
呼吸を確かめる。
「……呼吸はあります。気絶ですね」
セイバーは言い切って、顔を上げた。
「大きな怪我ではありません。……ですが」
“ですが”の先が、ハートの胸を刺す。
(当たった)
(わたしが)
(味方に)
右手が熱い。
光が、まだ消えない。
「……や、だ……」
ハートは右手を握り込もうとした。
握った瞬間、熱が跳ねた。バチ、と空気が鳴る。
げんえんさんの声が、落ち着いて響く。
「ノヴァのエネルギーが溜まってるね」
ハートは振り返れない。
スパークの方から目を逸らせない。
セイバーが低い声で言った。
「ハート。右手を上げて。空に撃ってください。今はそれだけで」
空へ撃てばいい。
地面にも、人にも当たらない。
わかってる。
わかってるのに。
(また誰かに当たったら)
恐怖が腕を縛る。
ハートの右手の光が白く眩しくなる。
熱が増して、手首まで痺れる。
(だめ、だめ、だめ――)
ハートは左手を重ねた。
アイギス。
黒い光が白い光に絡む。
(止まれ……止まって……!)
でも、止まらない。
守りたい力が強すぎて、撃ちたい力が逆に押し返される。
二つの力が、噛み合わないままぶつかり合って――
(……あ)
(これ、噛み合ってない)
行き場を失ったエネルギーが、爆発的に外へ逃げた。
ドン――ッ!!
爆風が河川敷を薙いだ。
草が寝て、砂利が舞い、地面がめくれる。
ハートを中心に、周囲数メートルが吹き飛んだ。
「――っ!」
衝撃が腹に来て、息が潰れる。
足元が“無い”。身体が宙に浮く感覚。
ハートは爆風に持ち上げられ、後ろへ放り出された。
視界が白い。
耳が潰れたみたいに音が遠い。砂が頬に当たる。
背中から地面に叩きつけられて、肺がひゅっと鳴った。
転がる。砂利が腕に刺さる。
それでも――ハートの目は、スパークの方を探してしまう。
煙の向こうで、セイバーがスパークの身体を抱え込み、背を向けて伏せていた。
その背中が、一本の線みたいに大きく見えた。
守るために引かれた線。
そして――
「ここまでだね」
げんえんさんの声だけが、爆風の中で真っ直ぐだった。
煙が、ゆっくり引いていく。
土の焦げた匂い。舞い上がった砂が、ぱらぱら落ちてくる。
ハートは背中を押さえながら起き上がった。
息がうまく吸えない。肺が痛い。
でも、それより先に視線が探す。
「……スパーク……!」
クレーターの縁、砂の向こう。
セイバーがスパークを抱え込むように庇っていた。
セイバーが顔を上げる。
砂が髪に付いて、頬に細い傷ができている。
「……こちらは無事です」
セイバーはスパークの肩を軽く叩いた。
「スパーク。聞こえますか。……起きてください」
返事はない。
げんえんさんが横に来た。
視線はクレーターを見ている。怒っているわけじゃない。ただ事実を見ているだけ。
「ノヴァのエネルギーが暴走したね」
ハートは右手を見た。
さっきまで白く眩しかった光は、もう消えている。
でも、指先に熱の残り香がある。
セイバーが首筋に指を当て、呼吸を確かめる。
「……呼吸はあります。気絶ですね」
「大きな怪我ではありません。……ですが」
軽い、と言われても、意味がない。
当てた。飛ばした。動かなくした。
それだけで、十分に怖い。
げんえんさんが、静かに言った。
「今は処置しよう。スパークを起こして、状態を確認しようか」
ハートは震える手で近づこうとして、止まった。
触ったら、壊れる気がした。
(わたしが触ったら、壊れる)
セイバーが淡々と声をかける。
「ハート。立てますか」
「……大丈夫なら、こちらへ。スパークを運ぶのを手伝ってください」
「……はい」
返事はできた。
けれど、足が少し遅れる。
スパークは、数十秒後に咳き込むように息を吐いた。
「……げほ……っ……あれ……?」
目が開く。焦点が合わないまま、空を見ている。
セイバーがすぐに声をかけた。
「スパーク。わかりますか。痛むところは?」
スパークは少し間を置いて、口を開いた。
「……うーん……背中……? あと、なんか……砂、食べた……」
服の焦げを指でつまんで、へらっと笑う。
「うわ、派手だなー。……あ、いてて」
それから、ふっとハートを見た。
呼ばれていないのに、ハートは息を止めてしまう。
スパークは、わざと明るく言った。
「……大丈夫。うん!大丈夫!!」
ハートの唇が震える。
「……ごめん……わたし……」
スパークは首を振った。速い。迷いがない。
「ちがうちがう。謝らなくていいって!」
「……さすがの威力だね。すごいや」
「でも今のも威力抑えてたんでしょ? それであれかぁ。さすがハート!」
褒められているのに、胸が痛い。
ハートは目を伏せる。
スパークは慌てて手を振った。
「いや、褒めてる褒めてる! ほんとに!」
「ぼくさ、体で分かったもん。……あれ、ちゃんと制御できたらすごく“強い”やつだ」
軽い口調のまま、最後だけ少し真面目になる。
「だからさ。ハートが怖くなるの、当たり前だよ」
「……怖がっていい。むしろ、ちゃんと怖がったほうがいいやつ」
ハートは何も言えない。
喉の奥が苦くなる。
……でも、震える声で、ようやく絞り出した。
「……うん。怖い」
スパークが、にっと笑う。
「それでいいよ。それがハートだもん」
セイバーが一度だけ目を閉じた。
それから、静かに言った。
「同じことは起こしません」
「……今日の目的は、もう十分果たしました」
げんえんさんが頷く。
「うん。性能は分かった」
そして、ハートにだけ聞こえるくらい小さな声で。
「……怖がりながらも、撃てた。それが一番すごいよ」
ハートは顔を上げた。
今言われた“すごい”が、少しだけ苦しい。
「……なにが……?」
げんえんさんは淡々と整理する。
「アイギスは守れる。ノヴァは撃てる」
「でも、ハートは“当てたくない”って思った瞬間に制御が崩れた」
「止めようとしてアイギスを重ねた。判断は正しい」
げんえんさんは続ける。
「けど、バランスが取れてなかった」
「守る力が強すぎて、撃つ力と噛み合わない」
「だから、吸い切れずに外へ逃げた。爆発した」
スパークが砂を払いつつ、いつもの調子で言う。
「なるほど。つまり、ハートは守るの上手い。撃つのも強い。……でも“繋ぐ”のがむずい!」
セイバーが頷く。
「ええ。攻撃と防御の釣り合いが必要です」
「片方が勝ちすぎると、制御が崩れます」
ハートは地面を見る。
指先が少し震えている。
「……代償は……?」
げんえんさんは変わらない声で答える。
「代償は無かった」
「理由は簡単。成功してないから」
ハートの喉が鳴る。
「成功……してたら……?」
げんえんさんは、柔らかい声で怖いことを言う。
「成功してたら、外じゃなく“内側”で成立してた」
「その時に代償が出る」
「……そして、今みたいに外に逃げない。そこに対象が居たら――対象ごと消える」
ハートの視線が、スパークが倒れていた場所へ落ちる。
(もし……スパークが、もっと近くにいたら)
(わたしが……スパークを……)
想像だけで、胃が捩れる。
指先が冷たくなる。
「……そんなの……いやだ……」
声が震えて、ほとんど音にならない。
スパークが一瞬だけ真面目な顔をして、すぐに明るく戻した。
「オッケ。じゃ、合成は封印! まずは単体を極めよー!」
「ぼくもさ、邪魔のしかた見直す。突っ込みすぎた。ごめん」
セイバーは小さく頷く。
「ええ。連携も含めて、やり直しましょう」
ハートは小さく息を吸って、吐いた。
「……うん」
風が吹く。
クレーターの縁で、草が一本だけ揺れた。
ハートはその揺れを見つめたまま、胸の奥で呟いた。
(次は、間違えられない)
でも同時に、分かってしまう。
ここにいる。セイバーも、スパークも、げんえんさんも。
一人じゃない。
その事実が、怖さの中で、ほんの少しだけ支えになった。
胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなった。




