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第15話 無音卿《ミュート》!?隊、崩壊。

放課後の空気は、いつも通りだった。


ボールの弾む音。運動部の掛け声。笑い声。

色と音が混ざって、世界がちゃんと“生きている”。


――その“生きてる”感じが、急に薄くなった。


(来る)


宵宮ひよりの耳が、勝手に伏せた。

喉の奥がきゅっと締まる。


遠くで、金属が捻じれるみたいな破壊音。

空気の温度が落ちて、色が抜けていく。


校庭の端、体育倉庫の影が――裂けた。

黒い割れ目が開いて、灰みたいなものが溢れ出す。


無表情の兵が列をなした。

淡い刻印の光を帯びた、灰兵グレイム


悲鳴が上がる――はずだった。


音が、落ちた。

ボールが転がって止まる。

風が止まる。

掛け声が、布の下へ押し込まれたみたいに薄れる。


(……なに)


静けさの中心に、ひとつの影が立っていた。


黒い外套。濃い灰のコート。

肩幅が広い。胸板が厚い。

長い手足が、ただ“山”みたいにそこにある。


変身してる気配はない。

武器も出していない。


――なのに、空気が一枚、重くなった。


ミュートの胸元に、かすかなひび割れの跡が見えた。

装甲の隙間に走った細い線。

まるで、誰かの命令を超えた代償のように。


最初は「なんか変だな」くらいの違和感。

でも、影がこちらへ視線を固定した瞬間。


喉の奥が塞がった。


“威圧”というより、世界の音量を下げる圧力。

動くなと言われてないのに、身体だけが勝手に縮こまる。


その手元だけがやけに目につく。

鈍い金属色の手甲。岩角みたいなスパイク。


刃じゃない。

“杭”だ。突き立てるための形。


かなでが一歩前へ出た。

首元のプリズムコアに指を添える。


「全員、校舎へ。走ってください」


淡い光のラインが弾け、白銀の装いへ切り替わる。

盾とレイピアが現れ、足元へ星紋が走った。


「プリズム・セイバー、起動。――線の内側へ。外に出ないで」


ひかりが声を張り、転びそうな子の腕を引く。


「こっち! 走って! 入口、絞るよ!」


ひよりは、その背中を見ていた。


(セイバーが線を引いてる)

(ひかりが人を動かしてる)

(……じゃあ、わたしは)


胸がざわつく。

首元のチョーカーが冷たい。


(怖い)

(でも……また、誰かが殴られるのは)


影が、初めて声を落とした。


「――我が名はミュート」


低い。短い。無駄がない。

言葉の“響き”だけが、校庭の隅々に定着する。


「四静卿が一席。無音卿ミュート


名乗りのあと、さらに短く続ける。


「――宵宮ひより」


その瞬間、ひよりの心臓が一拍、止まった気がした。


名前を、知っている。

会ったこともないのに。

戦ったこともないのに。


全身の血が冷たくなる。


「女王陛下の前へ、連れていく」


「……え?」


なんで。

なんで“陛下”の前に。

なんで、わたし。


かなでが即座に割り込む。


「対象の命令系統を確認します。あなたは――何の権限で、彼女を拘束する」


ミュートは視線をかなでへ滑らせただけで、返事は短かった。


「任務だ」


それだけ。

説明も説得もない。

“言葉の量”で納得させる気が最初からない。


ひかりが息を呑む。


「……ひより、戻って……!」


ミュートは、ひよりを見たまま言った。


「抵抗するな。傷つけたくはない」


優しさじゃない。

“確実に終わらせる”ための、冷静な宣告。


ひよりの喉が鳴った。


(連れていくって、なに)

(いやだ)


身体だけが先に“嫌だ”を叫ぶ。

ひよりは、線の外へ踏み出した。


「戻って!」かなでの声が飛ぶ。

それでも止まれない。


ひよりの指がチョーカーに触れた。

光が弾けた。薄い紋様が全身を走り、ローズピンクと黒のフリルが盛られていく。


「プリズム・ハート……っ!」


でも――今は潰れてる場合じゃない。

ひよりは歯を食いしばって、腰のリボンを引いた。


リボンが武器化して伸びる。リボンブレード。


「……やだ。ハートは渡さない……!」


跳びかかる。狙いは一つ。

“止める”。捕まる前に。近づかれる前に。


リボンがミュートの胸元を裂いた。

確かな手応え。布地が切れる感触。


――なのに。


ミュートの身体は、揺れなかった。

まるで、岩壁を叩いたみたいに。

衝撃だけが、ひよりの腕へ跳ね返る。


「……軽い」


感情のない評価だけが落ちる。

ひよりの顔が真っ白になる。


(通じない……?)


次の瞬間。

ミュートの手が動いた。


速い、じゃない。

“重い動き”なのに、間に合わない。


岩角の手甲が、ひよりのリボンを掴んだ。

杭みたいに、逃げを殺す掴み方。


そのまま――引く。

ひよりの身体が、空へ持ち上がる。


「ひより!」


ひかりの叫びが校庭に響いた。

かなでが盾を踏み込ませる。線を上書きする星紋が走る。


「――防御!」


でも間に合わない。

ミュートは投げた。


乱暴じゃない。無駄がない。

“運ぶため”の投げ方。


ひよりは壁へ――


「っ!!」


衝撃で息が抜ける。

背中から痛みが走り、視界が一瞬白くなる。


(うそ……)


ミュートはもう一度だけ言う。


「抵抗するな」


その言葉が落ちた瞬間、空気がさらに重くなった。


そして――光が弾けた。


「プリズム・スパーク!」


そらが飛び出す。

両手には最初から、風車ブレード。


「――ハートは渡さない!」


一枚を正面へ投げる。回転が空気を裂く。

もう一枚を、弧を描いて背後へ回り込ませる。

ブーメランみたいに、戻ってくる軌道。


同時に、そら自身が跳んだ。


「ここで止める!」


蹴りを叩き込もうとした瞬間――

ミュートの腕が横に動いた。速くない。だが、間に合う。


薙ぎ払い。

空中でそらの身体が弾かれ、地面へ叩きつけられた。


「――っ!?」


遅れて戻ったブレードは、空を切る。


「スパーク!」


ひかりの声が遠くから飛ぶ。

ミュートは短く言った。


「……無駄だ」


かなでが即座に間へ入る。

盾を前に、レイピアを最短で突く。


「セイバー、援護――」


言い切る前に、拳。

盾が鳴った。


金属音じゃない。

岩が岩にぶつかるような、重い衝撃音。


かなでの足が、地面を削って後退する。


「……っ」


次の一撃が腹へ入った。重い。

息が抜ける。膝が、勝手に落ちる。


かなでは歯を食いしばって姿勢を保とうとする。

でも身体が言うことを聞かない。


(崩される……)


ひよりは壁にもたれながら、声を絞り出す。


「……スパーク……!」


呼んだ声が、震える。


ミュートは、三人を見下ろして――言った。


「……まだ抵抗するか?」


ゆっくり歩き出す。

速く追わない。

逃げ道を消すように、近づくだけ。


岩角の手甲が、地面へ向く。

突き立てるための角度。


(来る……)


ズン。低い音。

地面に小さな亀裂が走り、淡い刻印の光が広がり始める。


ひよりの足元へ、薄い膜みたいなものが這い上がってくる。


動こうとした瞬間――足が鉛のように重くなった。


(逃げられない)

(動けない)


ミュートが、静かに歩いてきた。

早くない。追っているわけでもない。

でも、近づくたびに世界が縮む。


ひかりの叫びが遠い。


「ひより! 動いて……!」


ひよりは返事をしようとして、喉が鳴っただけだった。

声が出ない。出したら、崩れそうで。


ミュートが立ち止まり、見下ろす。


「……まだ抵抗するか?」


その声は怒りじゃなく、確認。

“壊さずに終わらせる”ための確認。


ひよりは唇を噛んだ。

でも、体が言うことを聞かない。


(怖い)

(痛い)


(……もう、無理)

(もう、無理。みんなが傷つくの、見たくない……)

(わたしが動けば、また誰かが――)


その瞬間。

心の中で、糸がぷつんと切れた。


ひよりの戦意が、沈んだ。

胸の奥が、ぽっかり空く。

諦めが、ひよりの身体を覆った。


その時。


(……はぁ。仕方ないな)


ため息混じりの、冷たい声。

耳元じゃなく、頭の奥で響く。


ひよりの瞳が、一瞬だけ変わる。

光が鋭くなり、口元が冷たく歪む。


「……あんたさ」


低い。甘くない。

ひよりの声なのに、ひよりじゃない温度。


ミュートが、初めて一拍止まった。


「――何者だ」


エコーが肩をすくめる。


「今さら?」


軽いのに鋭い。


「離してくれる? それ、普通にうざい」


ミュートの腕が固くなる。

封鎖の重さが増す。逃がさないために、圧を上げた。


「抵抗するな。壊したくない」


エコーは鼻で笑った。


「壊す壊さないじゃなくて――」


一拍。


「……うざい」


次の瞬間。

エコーの身体が“軽く”動いた。


さっきまで鉛だった足が、嘘みたいに跳ねる。

封鎖の膜を踏み割るように、前へ。


リボンブレードが、刃じゃなく“鞭”になる。

絡め取る。角度を奪う。足元を引く。


ミュートの重さが、初めて“揺れた”。


「……!」


ミュートが拳を振る。

大振り。避ければ終わり。

当たれば、もっと終わり。


エコーは避けない。


当たる直前に、リボンを“地面に打ち込む”。

杭みたいに。引っ掛けて、体ごと滑る。


拳が空を割る。

その風圧だけで髪が揺れる。


「……あっぶな」


笑う。

でも目は必死だった。


(ギリギリ)

(硬いし重いし、当たったら終わる)


ミュートが封鎖を強める。

足元の膜が厚くなる。動きが鈍る。


(決定打がない)

(当てても通らない)

(このままじゃ、押し潰される)


かなでが地面から起き上がろうとして、咳き込む。

そらも片膝をつき、歯を食いしばって立ち上がる。


ひかりが叫ぶ。


「会長! そら! 立って……!」


かなでが息を整え、声を絞る。


「……ハート、今……?」


「違う」エコーが即答する。振り返らず、ミュートから目を離さない。


「今、前に出てるのは私」


そらが呆然としたまま、口を開く。


「え、なにそれ……!」


ミュートが言う。


「……似ている。だが、別だ」


エコーが舌打ちする。


「観察してる暇あんの? 余裕だね」


ミュートの拳が来る。

エコーは避けて、避けて、避ける。

でも封鎖の膜が、少しずつ追いついてくる。


エコーは息を吐いた。

一瞬だけ、声の温度が落ちる。


「……一瞬でいい」


かなでとそらが同時に息を飲む。


「ほんの一瞬、こいつの動き止めて」


かなでは答えるより早く、身体が動く。

盾を構える。線を引く。角度を作る。


「……承知しました。作ります」


そらが唇を噛んで、笑う。


「一瞬なら……得意だよ」


エコーは胸元のコアに指を当てた。

虹が、濃くなる。熱を持つ。

今までの“ハート”の光より、深い。


(耐えろ)


それは声じゃない。

胸の奥から押し上げる、熱の命令。


エコーは肩をすくめて、軽く言った。


「じゃ、覚悟してね」


名を、口の中で転がす。


「――アイギス・アンド・ノヴァ」


光が、収束し始めた。


ミュートが一歩、踏み込む。

封鎖の膜が、校庭をさらに狭めていく。


かなでは盾を立てた。

線を“押し返す”形に変え、ミュートの足元へ叩きつける。


「セイバー――線、固定!」


淡い刻印光が弾ける。

膜が一瞬、止まる。


そらが歯を食いしばったまま走る。

風車ブレードを一枚、床へ突き立てるように投げる。


回転が“杭”になって、封鎖の膜へ噛みつく。


「スパーク! こっちで引っかける!」


二枚目を投げ、戻る軌道でミュートの腕の可動域を削る。

当たっても通らない。

それでも――“動きを縛る”だけならできる。


ミュートの目が、わずかに細くなる。


「……邪魔だ」


拳が来る。

かなでは盾を前へ――ぶつける。受けるためじゃない。


「今です!」


盾が鳴る。

重い衝撃が全身を揺さぶる。

でもかなでは踏ん張った。


その一瞬。

ミュートの重さが“止まる”。


そらが叫ぶ。


「今! 今! 今!!」


エコーの口角が上がった。

笑ってるのに、目だけが必死だった。


「――ありがと」


そして、踏み込む。


アイギス・アンド・ノヴァ。

攻撃と防御のエネルギーを一つに合わせた、最強の一撃。


握りしめた両手が、ミュートの中心へ叩き込まれる。


一瞬、世界の色が白く飛ぶ。

封鎖の膜が、ばきり、と割れた。


ミュートの身体が――揺れた。初めて。


“山”が、膝をついた。


「……っ」


低い息が漏れる。怒りじゃない。

想定外を飲み込むための、沈黙。


灰兵グレイムがざわめく。刻印光が乱れる。


ミュートはゆっくり顔を上げ、エコーを見る。


「……それが、答えか」


エコーは肩で息をした。


「答え? ……うざ」


ミュートは立ち上がろうとする。

だが、片膝がまだ沈む。確実に、深いダメージ。


――任務の確実性。被害の最小化。

それを優先するなら、ここで続行は危険。


ミュートは短く告げた。


「一度引く」


灰兵が一斉に動く。割れ目が開く。

風が戻り、音が戻り、世界の“息”が戻る。


ミュートは最後に一度だけ、こちらを見る。


「宵宮ひより――」


名を呼んだ。

だが、今度は“連れていく”とは言わなかった。


ただ――刻むように言う。


「次は必ず、陛下の下へ」


そして影は、割れ目へ沈んだ。

静寂が引いていく。



その後。

校庭に残ったのは、満身創痍の三人だった。


かなでは盾に手をついたまま、息を整える。

そらは地面に座り込み、咳き込みながら笑う。


「……いけた、のか……?」


ひかりが駆け寄る。


「会長! そら! ……ひよりは!?」


――ひより。

その名を呼ばれた瞬間、エコーの表情が少しだけ緩んだ。


ほんの一瞬、ひよりの面影が戻る。

エコーはふらつく。膝が落ちかけるのを、無理やり立て直す。


そして、二人を見た。かなで。そら。


「……助かった。以上。――お疲れ」


そのまま、力が抜けた。

瞳の光が揺れて――ひよりの身体が、すとんと崩れ落ちる。


「ひより!!」


かなでが手を伸ばす。

そらが飛びつくように抱える。


ひよりは答えない。息はある。

でも、意識が沈んでいく。



ー精神世界 ー


暗い。

でも怖くない暗さだった。


ひよりは、自分がどこかに立っているのを感じた。

足元はない。壁もない。

ただ、胸の奥だけが熱い。


目の前に――もう一人の自分がいた。

エコー。同じ顔。

でも目の光が違う。表情の温度が違う。


エコーは肩をすくめた。


「……結局、出ちゃった」


ひよりは唇を噛む。


「……ごめん……わたし、止まった」


「止まったから出たんだよ。責める気ない」


軽い声。

でも、その軽さがどこか危うい。


エコーは息を吐いて、短く言う。


「私、もう長くは保てない。だから渡す」


ひよりが息を呑む。


右手に――光が集まって、形を取る。

鋭い。真っ直ぐ。最強の矛。ノヴァ。


左手にも――光が集まって、形を取る。

堅く、広い。最強の盾。アイギス。


ひよりの手のひらへ、それらが“落ちてくる”感覚。

重いのに、怖くない。


エコーが言う。


「仲間は頼れ。……頼られるようになれ」


ひよりは小さく頷いた。


「……うん」


エコーは、ひよりの額に指を当てるように近づく。

距離がゼロになる。


「消えるんじゃない」

「……あんたと――一つになる」


胸の奥が、熱くなる。熱が、広がる。

泣きそうになるくらい、あったかい。


「……ありがと」


小さな声が、最後に残って。

エコーは、ひよりの中へ溶けた。


――胸の奥が、熱い。

熱は、消えなかった。



目覚め。


ひよりのまぶたが、ゆっくり開く。

目に映るのは、かなでの顔。

そらの泣きそうな顔。

ひかりの震える肩。


「……ひより……!」そらが声を裏返す。


ひよりは息を吸って、痛みの中で言った。


「……大丈夫」


喉がまだ少し、詰まる。

でも、胸の奥が熱い。


右手に、確かな感覚がある。

左手に、確かな重さがある。


――最強の矛と、最強の盾。


かなでが、静かに言った。


「……生き残りましたね」


ひよりは小さく笑った。


「……うん」


そらが、涙を拭いて笑う。


「次は、絶対勝つ」


ひよりは頷く。


夕方の空が、薄く滲んでいた。

でも、もう。

その滲みが怖いだけじゃない。


胸の奥が、熱かった。――誰かの分まで。

怖いままでも、熱い。

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