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第11話 敵の目的!?採取開始

敵が来ない日が、数日続いた。


だからといって、何もしなかったわけじゃない。


放課後は三人で集まって、校庭の隅で小声の作戦会議。

避難の誘導、連絡の順番、どこまでが「内側」で、どこからが「撤退」か。


かなでが石で地面に線を引き、ひかりがそれを見ながら頷く。

ひよりは――頷くしかできなかった。


(また来たら、また……)


考えないようにしても、首元の冷たさが思い出させる。


かなでは淡々と言った。


「次に備えます。癖だけでも減らす」

「宵宮さん、跳びすぎを抑える練習を」


「……見ないで。変な動きしても」


ひよりが小さく言うと、ひかりが笑ってごまかした。


「だいじょぶだいじょぶ! 見ない見ない!」

「ほんとに?」

「……努力する!」


かなでは線を指でなぞる。


「これは目印です。“ここに戻る”って決めるだけで、踏み込みが短くなる」

「着地の衝撃も抑えられる。戻れる場所を作りましょう」


「……線、よく分かんない」


「分からなくていいです。戻る場所がある、だけ覚えてください」


げんえんさんは塩の袋を抱えたまま、怖いほど普通に言った。


「直しは戦闘が落ち着いてから」

「治療に手を取られたら、君の手が止まる」

「手が止まると、ひよりが死ぬ」


「言い方!!」


げんえんさんは首を傾げる。


「分かりやすいでしょ」


分かりやすすぎて嫌だった。



そして今日は、リハビリの散歩の日だった。


ママは退院している。けれど「元通り」ではない。

歩幅は小さく、呼吸の波もまだ浅い。

息を吸うたびに肩がわずかに持ち上がって、吐くたびに胸が細く沈む。

手の温度も、前より少し低い。握っていると、ひよりの指先のほうが温かい気がした。


夕方。風が冷たい。

ひよりとママは、いつもの道を、ゆっくり歩いていた。


「無理しないでね」


「……ママこそ」


「うん。わかってる」


ママはひよりの手を握り返す。

その手があったかい――と思いたくて、ひよりは力を込めて握り返した。


ママが小さく笑った。


「……ひより、ちょっと強くなったわね」


(強くなったんじゃなくて、慣れただけ……)


ひよりがそう思った瞬間。

背後から軽い足音が駆けてきた。


「え、なにそれ。親子でおさんぽ?」


振り返ると、明るい黄色の髪が跳ねる。

小柄で、中性的で、表情がころころ変わる――落ち着かない明るさ。


「……誰」


「え、僕のこと分からない? まぁいいや!」


相手は勝手に距離を詰めて、にかっと笑った。


「同じクラスなんだけどなぁ……僕、そら! 天真そら!」

「ひよんって呼んでいい?」


「だめ」


「即答!? でも、そういうの好きだよ!」


ひよりは半歩引く。

こういう距離の近さが苦手だ。息が詰まる。


そらはわざとらしく頬を膨らませた。


「だって“知らない人”みたいな顔してるから!」

「……静かにして」

「え、僕いつも静かじゃない?」


ママが困ったように笑って、ひよりを見る。

ひよりは目を逸らした。


(うるさい子……いたような、いなかったような……見ないようにしてた……)


――その瞬間。


アスファルトの下で、何かが鳴った。


ぴし、と小さな亀裂。

次に、空気が一枚薄くなる。


色が、抜ける。


地面の割れ目から、灰色の霧が“湧いた”。

煙じゃない。粒子みたいな灰が、逆流するように立ち上がる。


その灰が、形を取る。


人型の輪郭。

無機質な兵の列――灰兵。

そして、その列の奥に、足元だけ淡く刻印が光る個体が混じる。


刻印兵。


ひよりの喉の奥が冷える。


ふわり、と影が落ちた。


何もなかった空間に、ラッコみたいに丸い小さな生き物が“現れた”。

げんえんさん。


げんえんさんの声が静かに落ちる。


「来たよ」


そらが固まった。


「……え?」


視線がげんえんさんに刺さる。

息が止まって、次の言葉が裏返る。


「……なにそれ。しゃべる……ラッコ!?」

「ラッコじゃないよ。補助担当」

「補助!? 意味わかんな――!」


言い終わる前に、刻印兵が視線を走らせた。

ひより、ママ、そして――そらで止まる。


足元の刻印が淡く点く。

無機質な声が落ちた。


零彩結晶ゼロクロム――採取開始」

「対象――識別完了。抽出を優先」


「……え、僕!?」


そらが一歩引く。


その瞬間、刻印兵が動いた。


音より先に距離が消える。

襟元を“つまむ”みたいに片手で掴み、次の瞬間――投げた。


世界が回転する。

息が抜ける。


背中からアスファルトに叩きつけられて、鈍い音がした。


「――っ……!!」


肺が潰れたみたいに空気が出ていく。

声が出ない。視界の端が白くなる。


遅れて痛みが爆発した。


口の中に鉄の味。

唇の端から赤が垂れた。


腕に力が入らない。指先が痺れる。

起き上がるって発想が遠い。


刻印兵は投げた先へ歩いていく。

淡々と。作業の続きを取りに行く足取り。


靴先が、そらの足首を踏んだ。


軽く体重を乗せただけ。

なのに動かそうとした瞬間、痛みが爆ぜて息が止まる。


「っ……あ、ぐ……っ!」


足が、変な方向を向いた。

曲がっちゃいけない方向に、ほんの少し。

“戻らない”角度にずれている。


刻印兵は踏む位置をずらし、膝の外側に足を置く。

ぐ、と押し込む。


「――っ、あ……ッ!!」


関節の中で何かが外れたみたいな、嫌な“ミシッ”という音。

足が力の入らない形で投げ出される。


もう走れない。

立てない。


逃げるって選択肢だけが、剥がされた。


起き上がろうとした瞬間。

今度は胸元へ足が落ちた。


踏む、というより“踏み潰す”。


肺が押しつぶされて息が吸えない。

喉が鳴って声が出ない。

酸素が足りないだけで体が勝手に震える。


刻印兵は体重のかけ方を微調整している。

折らない。止める。

殺さない。固定する。


無機質な声が落ちた。


「抽出効率、良好」

「苦痛反応――増加」


そらの視界が滲む。

涙じゃない。呼吸できないせいで勝手に出る。


「……や……め……」


刻印兵はやめない。

目的は戦闘じゃない。作業だ。


“生体を維持したまま”必要な分だけ引き出す。


ひよりの足が動きかけて、止まった。


ママがいる。

歩幅が追いつかない。

置いていけない。


でも――同級生が、今、壊されていく。


(やだ。やだやだやだ……でも、やるって決めたんだ。自分でそう決めた!)


ひよりはママの手をほどいた。


「……ひより!」


「ママ、動かないで! そこにいて!」


げんえんさんが当たり前みたいに言う。


「ひより。変身だ」


ひよりは首元に触れた。

チョーカーが冷たい。


光のラインが走り、薄い紋様が浮かぶ。

虹色の屈折が一瞬、世界を折り曲げた。


「――プリズム・ハート!」


口が勝手に名乗りを作る。

今日は声が揺れた。

煽りの甘さより、素の震えが強い。


プリズム・ハートは前へ出た。


最初の一撃。

リボンブレードが鞭のようにしなり、刻印兵の足元を薙ぐ。


当たった。

はずなのに――刻印兵は崩れない。


手首の角度ひとつで力を受け流される。

リボンの軌道がずれ、空を切った。


(嘘……硬い……!)


刻印兵が踏み込む。


拳じゃない。

指先が触れただけで体の芯が震えた。


プリズム・ハートの視界が一瞬白くなる。


(命懸けだよ)


作戦会議のとき、かなでが言った言葉が刺さる。


プリズム・ハートは距離を取ろうとして跳ぶ。

跳びすぎた。


着地で地面が陥没し、砂埃が舞う。


(加減――!)


刻印兵はその“乱れ”を見逃さない。

間合いを詰め、リボンの根元へ手を伸ばす。


次の瞬間、リボンブレードが引き裂かれるように弾けた。

衝撃が腕に返り、プリズム・ハートの体がよろける。


(だめ、だめだ――)


刻印兵が、ふっと視線を上げる。

プリズム・ハートではなく――そらを“維持”したまま、淡々と計測している。


その無関心が、いちばん残酷だった。


そして刻印兵が、淡々と告げた。


「規定量――到達」

「生体維持、良好」

「撤収命令、受領」


プリズム・ハートが息を呑む。

(命令……? 誰かが見てる……)


刻印兵は足をどけた。

そらは咳き込み、空気を貪るように吸った。


でも吸うだけで痛みが跳ね上がり、顔が歪む。


刻印兵は最後にもう一度、そらを見下ろし――作業の報告みたいに言う。


「次回も、条件は良い。期待する」


足元の刻印が回転する。

灰が舞うみたいに体が崩れていく。

灰兵の列も、淡く溶けて消えた。


残ったのは薄い静けさと、倒れたそらだけだった。



ひよりが駆け寄ろうとして、膝が崩れた。

変身が、解けた。


フリルが消え、重さが戻る。

ひよりは地面に手をついて、息を荒くする。


ママが――早足で、でも走りきれない足取りで近づいた。

一度よろけて手すりに指をかけて体を支え、

それでもそらのところまで来て抱き起こす。


そらの体は冷えていた。

呼吸はある。けれど足が変な角度のまま、動かせない。


ひよりの声が裏返る。


「げんえんさん!!」

「早く!! 天真さんを……!」


げんえんさんは淡々と頷いた。

手の中の塩をさらさらと振りかける。


頬に、腕に、胸元に。

白い粒が薄く光って、出血と激痛だけが“薄まる”。


げんえんさんの声は軽いまま、言葉だけが冷たかった。


「命は直せない」

「体は直すけど、体力と恐怖は戻らないよ」


そらが、かすれた声で息を吐いた。


「……あったかい……」


それだけ言って、力が抜けた。

気を失った。けれど、呼吸はさっきより深い。


ママが唇を噛んで言う。


「病院、行こう。今すぐ」



病院。処置室の前。


少しして廊下を小走りで来る足音。


「ひより!」

ひかりが来た。目が赤い。

「……大丈夫!? ……じゃないよね!?」


かなでもすぐ後ろにいた。

息は乱れていないのに、目だけが硬い。


かなでが短く言った。


「……狙いは天真さん、で合っていますか」


げんえんさんが頷く。


「うん」


ひかりが眉をひそめる。


「……じゃあ、何をされたの」


げんえんさんは、いつもの声で言った。


零彩結晶ゼロクロム。奴らが集めているものだよ」

「ゼロクロムは苦痛の結晶化。反応が高いほど純度が上がる」

「だから、殺さない」


かなでが小さく呟く。


「……溜まる」


げんえんさんは笑わない。


「うん。君たちを殺さないのは優しさじゃない」

「“逃げる必要”だけ消せばいいから」



そのとき、処置室の扉が開いた。

看護師が顔を出す。


「天真そらさんのご家族の方、いらっしゃいますか?」


ひよりが息を呑む。

ママが一歩前に出た。


「……連絡はしました」

「でも……来れないって」


ママのスマホには発信履歴だけが無言で残っている。



病室。


そらはベッドに横たわっていた。

顔色が白い。


しばらくして、そらが目を開けた。


「……ここ、どこ?」


声はか細い。


「病院だよ」

ひかりが言った。

「……気を失ったの。びっくりした」


そらは天井を見て、少しだけ笑った。


「……そっか」


沈黙が落ちる。


その沈黙を、ママが割った。

枕元の横に立って、言いにくそうに一瞬だけ言葉を探して――それでもちゃんと口にする。


「……親御さんに連絡を取ったのだけど……」


そらのまつげが、ぴくりと動いた。


ママは続ける。


「来れないって。……今日は、来ないって」


沈黙。


そらは、数秒だけ固まって――それから笑った。

笑ってしまった、みたいに。


「そっか……そうだよね」


軽い声にしようとして、失敗してる。

笑いの端が震えて、目が濡れていく。


「……うん。知ってた」

「知ってたけどさ……」


そこから先が言えなくて、そらは天井のほうへ視線を逃がした。


ひよりの胸がきゅっと縮む。


ママは何も言わずに、ただ一度だけ、そらの掛け布団を整えた。


少しだけ時間が経って。


そらは、ゆっくり視線を動かして、ひよりを見る。

ひより。ひかり。かなで。げんえんさん。

そして――ひよりの隣に立つママ。


「……いいね。宵宮さんのとこは」


“お母さん”じゃなく、ちゃんと名前で呼んだ。

家族ぐるみの呼び方じゃない。けれど、そのほうがそららしくて、距離が痛い。


そらは続ける。軽口みたいに。


「こんなに温かい人がいてさ……ちゃんと怒ってくれてさ……」


笑ってるのに、目が濡れている。


「うちの両親、僕に関心ないんだよね」


ひよりは何も言えなかった。


そらは一回、息を吸って――ぽつりと言った。


「痛いのも怖いのも最悪だったけどさ」

「……胸がぎゅってなるのは、もっと嫌」

「温かい人がいるって、知らなかったから……それが、痛い」


それ以上は言わない。言えない。


病室の機械の音だけが、一定の間隔で鳴る。


ひよりは首元の冷たさに触れて、思う。


(次が来たら――)


怖い。


でも。


だから――逃げ足は、もう残っていない。


そして、胸の奥で小さく決める。


(止まらない)

(今度こそ、わたしが――)

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