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第1話 世界の危機!?げんえんさん登場

夕方の公園は、うるさいほど静かだった。


ブランコの鎖が、きぃ、と鳴る。

風が木の葉をこすり、遠くの街のざわめきは、薄い布を一枚挟んだみたいに遠い。


宵宮ひよりはベンチに座り、ぼんやり空を見上げていた。

狐耳が風にくすぐられて小さく揺れ、しっぽの先を指でいじる。


(今日の特撮……かっこよかったな)


変身して、名乗って、ポーズを決めて。

最後に「守る」って言い切る。迷いも弱さもぜんぶ背負って、前に出る。


あれ、ずるい。

かっこよすぎる。


(わたしも……ああいうの、できたらいいのに)


けど、ひよりは自分がそういう“主役”じゃないことも知っている。

目立つのが苦手で、声を張るのが苦手で、怖いものから逃げたくなる。


だから、ただ思うだけ。

そういう“だけ”が許されるのが、公園の夕方だった。


――その静けさが、粉々に割れた。


遠くで、爆ぜるような音。

次に、重たい破壊音が連続して、空気が震える。


「……え?」


ひよりが立ち上がった瞬間、商店街の方角から黒い煙が立ち上った。

そして、悲鳴。


「逃げて!!」

「危ない! こっち来るぞ!!」


人が走ってくる。

泣きながら、転びながら、押し合いながら。


ひよりの視界の奥――ビルの隙間から、“それ”が現れた。


人型に近い。けれど人ではない。

肩幅が不自然に広く、関節の動きがどこかおかしい。


片腕で街灯を引き抜き、棒みたいに振り回していた。


振り下ろすたび、アスファルトが割れ、ガラスが砕け、看板が吹っ飛ぶ。

街の色が、ほんの少しずつ薄くなる気がした。


(怪人……)


頭の中が勝手にそう呼んだ。


逃げなきゃ。

そう思ったのに、足が動かなかった。


怖い。

目が離せない。

耳が熱い。体が冷たい。


“それ”の穴だらけの仮面みたいな顔が、ゆっくりこちらを向く。


ひよりと、目が合った。


(やだ)


息が詰まる。

声が出ない。


“それ”が一歩踏み出す。地面が揺れる。

ひよりは後ずさろうとして、足がもつれて転びかけた。


次の瞬間、拳が来た。


風圧が先に当たり、遅れて衝撃が全身に叩きつけられる。

ひよりの体が宙に浮いて、背中から地面へ落ちた。


ぐしゃ、と、体の中で変な音が鳴った気がした。


痛い。

痛い、痛い、痛い。


肺が潰れたみたいで息が入らない。

視界の端が白く滲み、音が遠のく。


(……やだ……)


影が覆いかぶさる。

拳が、また上がる。


(終わる)


――そこで、光が降った。


やわらかいのに、逃げ場がないほど明るい光。

痛みが遠くへ押し流されるみたいに薄れていく。


「こんばんは。……起きてる? ひより」


小さくて丸い声が、耳元に落ちた。


光の中に、ラッコみたいな小さな生き物が浮かんでいる。

ぬいぐるみみたいにふわふわしているのに、目だけが妙に落ち着いていた。


(痛みで頭が真っ白なのに、

その顔が、一瞬だけ笑ったように見えた)


「ぼくは げんえんさん。よろしくね!」


ひよりは口を開けた。

声が出ない。息が苦しい。


げんえんさんは、ひよりの状態を一瞬見て、淡々と言う。


「ケガならいくらでも直せるから安心して。……でもね」


一拍置いて、当たり前みたいに続けた。


「死んだら直せないよ。そこだけは注意して」


優しい言い方なのに、内容が怖い。

ひよりの背筋がぞわっとした。


“それ”が、光の外側にいる。

拳を振り下ろす準備をしている。


げんえんさんが手を伸ばす。

空に、透明な“屈折する石”が現れた。虹色が内側で揺れている。


「プリズムコア。君の“意思”に反応する。――この力で、世界を守ってほしいんだ」


ひよりの喉が震える。


(プリズムコア……? 意思……? 世界を守る……?)


無理だ。怖い。痛い。

さっき吹き飛ばされた。


「……無理、です……」


掠れた声。

他人行儀で、弱々しい。


げんえんさんは否定しない。

ただ頷く。


「うん。怖いよね。痛いよね。普通は、無理だよ」


拳が、ゆっくり落ちてくる。

逃げ遅れた誰かの泣き声が、遠くで聞こえた。


げんえんさんの声が、少しだけ低くなる。


「でも、君が断ると――君は助からない。たぶん、間に合わない」


ひよりの胸が詰まる。


「この街も壊れる。ここにいる人も、たくさん傷つく。

だから――選べる状況じゃない」


一拍、視線がまっすぐ刺さる。


「でも、プリズムコアは“やる”って決めた瞬間にしか起動しない。

……君の身体を動かすのは、ぼくじゃない。君の意思だよ」


拳の影が近づく。

時間が、無情に減る。


「だから――踏み出すって決めるのは君だよ」


(そんなの……やだ)


げんえんさんが、ひよりの目をまっすぐ見る。


「君が生きるために。

君が“今見えてる人たち”を死なせないために。

――変身して。戦って」


ひよりの脳裏に、さっきまで見ていた特撮がフラッシュバックする。


ヒーロー。名乗り。ポーズ。

「守る」って言い切る、あのずるい背中。


(変身……)


逃げたい。

でも、逃げたら終わる。


泣きそうな顔のまま、ひよりは息を絞り出した。


「……します……!」


その瞬間。


胸の奥が熱くなり、何かが“カチッ”と噛み合った。


首に黒レースの太めチョーカーが現れ、中央に虹色に屈折するハート石がはまる。

――プリズムハートコア。


コアが起動し、虹の光が一筋、全身へ走る。

光のラインと薄い紋様が肌に浮いて、衣装が組み上がっていく。


ローズピンクのコルセット風ビスチェ。黒の縦ラインと編み上げリボン。

フリル多めのハイウエストスカート。裾のレース、小さな黒リボン。

腰の後ろに大きなリボン。


脚は黒いオーバーニーにピンクのライン。片脚だけ、鍵穴みたいな柄。

靴は厚底のストラップ。


右手は、指先のない光沢の黒いグローブ。細いワイン寄りのピンクが走る。

左手は、指先まで覆うマットな黒。縁だけ、くすみピンクのレース。


耳の輪郭にレース状のプリズムヴェールが淡く浮き、

しっぽの根元に虹色のリング状バリアが“輪”になる。


(……え)


ひよりは固まった。


(ヒーローじゃない。メットもマントもない。

かわいい。甘い。黒い。盛ってる。

……やだ。これ、やだ)


――なのに、口が勝手に動いた。


声が軽く、尖って、あざとくて、強い。

自分の声じゃないみたいに、“主役”の音がする。


「……は? なにこれ。うけるんだけど〜♡」


(言ってない!!)


(……今の、わたしの声じゃない)

なのに喉の奥に、笑い癖みたいな“余熱”が残っている。


喉の奥が、ぞわっとする。

奥歯を噛みしめて、表情を押さえようとするのに――笑う形に引っ張られる。


(……笑顔が止まらない。怖いのに)


そして、口が勝手に“仕上げ”る。


「プリズム・ハ~ト♡」


(やめて……!)


げんえんさんが淡々と告げた。


「君の名前はプリズム・ハート。守りたいと思った形が、それになった」


「いや、守りたいって思ったけどさぁ!? そういう方向じゃなくてぇ!!」


“それ”の拳が振り下ろされた。


ひよりの体が反射で跳ぶ。


――跳びすぎた。


視界が一気に上へ持っていかれ、公園が箱庭みたいに小さくなる。


「は!? たっか!! なにこれジャンプ!!」


(やだ、落ちる!)


着地。


足を出した瞬間、ひよりは必死に力を抜こうとした。

足首に、膝に、腰に――“残さない”。残したら壊す。


でも。


ドンッ!!


地面がクレーターみたいに陥没し、アスファルトがひび割れた。

粉が舞う。


「……え、え、え? わたし地面ぶっ壊したんだけど!? やばくない!?」


げんえんさんが淡々。


「うん。加減がまだ分からないだけ」


「いまそれ言うなぁ!!」


“それ”が迫る。

ひよりは横に跳ぶ――つもりが、また跳びすぎる。


空中でバランスが崩れ、しっぽが振られて体が回る。


その隙を、“それ”は逃さなかった。


腕が伸びる。腰を掴まれる。


「ちょ、さわんな♡」


(やだ、触らないで!)


指が、しっぽの根元に近づく。

虹色のリングが、きらりと屈折した。


触れようとした瞬間――“弾かれる”。


パキン、と光が割れたみたいに反射して、指が跳ね返った。


(いまの……防御……?)


だが次の瞬間、ひよりは投げられた。

視界が回転し、背中から壁へ――


ドン!!


衝撃は散る。だがゼロじゃない。鈍い痛みが残る。


「……っ、はぁ? さわんじゃねぇよ、ざぁこ♡」


(やめて……その口……)


“それ”が街灯を引き抜き、槍のように突いてくる。

ひよりは低く跳んで避ける――今度は成功。


(いまの。いまの高さでいい。跳びすぎない)


「よし。学習したぁ♡」


(言い方やめて……!)


着地。

今度は咄嗟に足首の力を“抜き直した”。


それでも、地面がバキッと鳴る。

割れは小さい。さっきより、ずっと。


(……ちょっとだけ、できた)


“それ”が瓦礫を蹴り飛ばす。破片が雨のように降る。


ひよりは左手を上げた。

防御グローブの紋様が淡く点灯し、薄い結界が広がる。


破片は弾けた。


――が、方向がズレた。


押し返す力が横に逃げて、後ろの自販機が吹っ飛ぶ。


ガシャーン!!


「うわぁぁぁ!! ちが、ちがう! それは違う!!」


(守るって言ったのに!)


胸が苦しくなる。

怖さが戻る。足がすくみかけた、その瞬間。


げんえんさんの声が近い。


「ひより。うん。いまのは“押し返した”。次は、受け止めて“落とす”方向を意識して」


(受け止めて……落とす)


ひよりは、喉を鳴らして頷く。


「……わ、わかって……ます……!」


口が勝手に割り込む前に、言い切った。

他人行儀のままでもいい。いまは“自分の声”が欲しい。


“それ”が、逃げ遅れた人の方へ向く。


胸元のコアが、きゅっと熱く鳴った。


(だめ。あっち行かないで)


腰の後ろの大リボンが揺れた。

装飾だと思っていたそれが、武器の気配を持つ。


ひよりは反射で掴んだ。


「……え、なにこれ」


げんえんさんが答える。


「リボンブレード。布にも刃にも槍にもなる。伸縮・硬軟自在。

拘束して、確定させて、切れる」


(便利とか言ってる場合じゃない。でも、助かる)


ひよりは跳ばない。

踏み込みを殺して、重心だけをずらす。


“足で行かない”。

リボンだけを伸ばす。


パァンッ!


布が“それ”の腕に絡む。

“それ”が引きちぎろうとする。


「はいはい暴れんな♡」


(お願い、こっち見て。こっち来て)


ひよりは息を吐く。

コアが呼吸に合わせて脈打ち、布が少しだけ硬さを増す。


締まる。止まる。


――その瞬間、空気が変わった。


街の色が一段薄くなり、音が布で包まれたみたいに遠のく。

人々の叫び声が、急に“無い”ものになっていく。


「……なに、これ……」


げんえんさんが小さく言う。


「来た。下じゃない。……刻印兵」


割れた壁の影から、細身の人影が滑り出た。

額と胸元に刻印。灰色の瞳。笑っているのに目が笑っていない。


――中級戦闘員。刻印兵。


幹部が作る私兵。

虚核に“署名刻印”を焼き付けて、起動するやつ。


ひよりは理解する前に、口が反応する。


「へぇ。やっと面白いの出たじゃん」


「は? なに、だれ? その顔、よわそ〜♡」


(煽るな! 刺激するな!)


刻印兵は指を鳴らした。


パチン。


次の瞬間、ひよりの周囲の“音”が抜けた。


自分の声も、足音も、風も、消える。


「……っ」


口は動くのに、音がない。

焦りが胸へ登る。


息を吸っても、吸った“実感”が薄い。

心臓の音すら、遠くで鳴っている気がした。


(……これ、ただの音消しじゃない)


刻印兵が笑う。


「静かでいい。世界は静寂へ還る。彩も音も――」


一拍。


「――意思も」


ひよりの背筋が冷えた。


(……私の意思まで?)


(……いや)


口が、音にならないまま形を作った。

「……死なせない」


刻印兵の言葉の端が、ひよりの肌を冷たく撫でた。

夕焼けが“薄い写真”みたいになる。


拘束された“それ”が暴れる。

刻印兵が“それ”へ指を向け、刻印が点灯する。


“それ”の動きが、一瞬だけ“軽く”なる。

速くなる。


(ずるい……!)


速くなった拳が迫る。


ひよりは避けようとして――跳びそうになって、踏みとどまった。


跳んだら、また壊す。

跳んだら、また焦る。


(跳ばない。重心だけ、ずらす)


無音の中で、げんえんさんの声が遠くから飛ぶ。


「ひより。今は“口”じゃなくて“手”。合図は光でいい」


ひよりは震える指で左手を上げる。

防御グローブの紋様が淡く点灯し、薄い結界が広がった。


無音の中でも、光だけは見える。


(怖い。でも、止める)


ひよりはリボンを地面に這わせた。

怪物の脚へ一本。腰へ一本。二重拘束。


“それ”が暴れる。布がきしむ。


(ちぎれないで……!)


ひよりは出力を上げすぎず、薄く長く、締める。

布が締まり、動きが止まった。


刻印兵が舌打ちする。


「……は? もう覚えたのか?」


ひよりの口が勝手に笑う。

音は出ないのに、表情だけが煽る形に固定される。


(……笑ってる。怖いのに)


「ざぁこ♡」


(やめて……)


ひよりは“狙い”を変えた。

怪物じゃない。刻印兵の方。


布状のリボンが鞭のように走り、刻印兵の手首へ巻き付く。


刻印兵の目が見開く。


「っ――!?」


⬛︎上級の監視


その頃――すぐ近くのビル屋上。

黒い外套の影がひとつ、街を見下ろしていた。


上級戦闘員――静衛。


気配が薄すぎて、そこに“いない”みたいだった。

足元に薄い刻印の光。風の音すら、そこだけ避けていく。


――領域テリトリ

静衛の周囲に定着した“静けさ”が、世界を押しのける。


静衛の視界に刺さるのは、地上の虹色の屈折光。

そして、人間の少女が“外装”をその場で顕現したように見える事実。


(……未知)


静衛は指先を動かし、観測刻印を展開する。


(出力:測定不能)

(属性:不明)

(構造:登録外)

(発現:瞬間的・外装顕現型)


唯一確かなのは、少女の学習が速すぎること。


(刻印兵損耗の可能性……高)


静衛は撤退刻印ではなく、報告刻印に切り替えた。

指先を軽く弾く。


――“ネブラ卿”へ、即時転送。


「観測対象:未知現象発現個体。

虹屈折コア様構造体/外装顕現を確認。既存分類に該当なし。

戦闘学習速度:異常。刻印兵損耗:想定域」


声は出さない。刻印だけが命令を運ぶ。


静衛は黙って見下ろし続けた。

命令が来るまで、観測を続行する。


地上:刻印兵を落とす


刻印兵がリボンを振りほどこうとする。


ひよりは跳ばない。

踏み込みを殺して、ブレーキを意識して踏ん張る。


(加減。間違えたら、切りすぎる)


ひよりは指先でリボンを“弾いた”。


ピン――ッ。


布が刃に変わり、手首の“署名刻印”だけを切り裂く。

肉は切らない。刻印の光だけが砕ける。


無音領域が崩れ、音が一気に戻った。

夕焼けの色も、少しだけ戻る。


刻印兵が息を呑む。


「……っ、は!? 何し――」


ひよりの口が勝手に笑う。


「ざぁこ♡ それ、命綱じゃん♡」


(いまだけ……!)


刻印兵が距離を取ろうとする。


ひよりはリボンを捩じり上げ、槍化する。細く、まっすぐ。

狙いは身体じゃない。胸元の刻印。


「……返せ」


一瞬だけ、ひよりの本音が混じった。

冷たくて、震えているのに、真っ直ぐ。


槍が突き出され、刻印が割れる。


バキィン――!


刻印兵は膝をつき、霧にほどけていく。

消える直前、歯ぎしりして睨んだ。


「……こんな……ガキに……!」


霧が散った。


ひよりは肩で息をして、震える指を握りしめる。


「はぁ……はぁ……

……よわ♡」


(やめて……)


刻印兵の支配が消えた瞬間、怪物の動きが鈍る。


げんえんさんの声が短く刺す。


「それ、下級。灰兵グレイムだよ」


(灰兵……グレイム)


量産。共通規格。使い捨て。

“個性がない”のに、こんなに怖い。


ひよりは拘束を締め直し、最後の確認をする。


(核。あれが、動かしてる)


布を刃に変える。

今度は“全部”を切らない。核だけを狙う。


「はい、終わり♡」


(終わって、お願い)


指先を弾く。


ピン――ッ。


灰兵の胸の奥、黒い核だけが割れた。

巨体が硬直し、崩れ、霧になって散っていく。


そして――空気が冷えた。


どこからともなく、耳の奥に直接響く声。

年若く、口の悪い、天才の温度を持つ声。


「――撤退だ。観測は十分」


屋上の静衛が片膝をつく。


「……ネブラ卿」


ネブラの声は淡々としているのに、苛立ちが滲む。


「刻印兵が落ちた時点で、これ以上はコスパ悪い。帰るぞ。

“未知”は遊び相手じゃねぇ」


静衛が即答する。


「御意」


残った灰兵が一斉に刻印を点灯し、霧へ変わる。

街の影へ沈むように、全てが撤退していった。


ひよりは空を見上げた。

屋上の端に、一瞬だけ“誰か”の気配。


視線が刺さった気がして、背筋が粟立つ。


(……まだ、いる)


次の瞬間には、何もいなかった。


戦いが終わった実感が遅れて押し寄せ、ひよりはその場に膝をついた。

息が乱れる。手が震える。


「……ざ、ざまぁ♡」


(やめて……やめてよ……)


周囲を見回すと、街はボロボロだった。

灰兵の破壊と、ひよりのクレーターと、自販機爆散が混ざっている。


ひよりの喉が詰まる。


「……わたし、守ったのに……壊してる……」


げんえんさんは淡々と、でも優しく言った。


「守ったよ。壊したのは加減のミス。君の意思じゃない」


げんえんさんが手を広げる。


「じゃ、直すね」


光が広がる。


割れた道路が繋がり、ガラスが戻り、倒れた看板が起き上がる。

クレーターも、自販機も、元通り。


数十秒で、夕方の街が“最初から何もなかったみたいに”整った。


げんえんさんがひよりの前に戻ってきて言う。


「これで元通りだね」


ひよりは呆然として、ぽつり。


「……ずるい……便利すぎます……」


げんえんさんはにこっとして、柔らかい正論を落とす。


「ケガは直せる。建物も直せる。

でも――死は直せない。だから次は、最初の一撃をもらう前に動こうね」


ひよりはしばらく黙って、目をそらしてから、小さく頷いた。


「……はい。わかりました……」


口が勝手に割り込む。


「次はもっと、かわいく♡ つよく♡ ぶっころしてあげるし〜♡」


「ちがう!!」


ひよりは自分にツッコんだ。

夕焼けの下で、その声だけがやけに大きく響いた。


笑い声の残響みたいなものが、胸の奥で遅れて揺れた。

(……まだ、いる)


エピローグ:ネブラの危険視


暗い観測室。

幾何学模様のモニターに、戦闘ログが走っている。


ネブラは椅子にだらっと座って画面を睨んでいた。

若い。口が悪い。だが眼だけは笑っていない。


「……はぁ。何だこれ」


画面の中央に、首元が拡大される。

黒レースのチョーカー。中央のハート石。虹色の屈折。

起動の瞬間に“外装”が組み上がるログ。


「このコア、なんだよ。道具じゃねぇ。機構でもねぇ。

……現象だろ、これ」


部下が震え声で言う。


「既存の刻印体系に一致しません。解析不能です」


ネブラは舌打ちし、別のログを止める。

刻印兵の“署名刻印”だけが切られ、胸元が割られる瞬間。


「……内心ビビってる癖に、狙いだけ冷たい。

初遭遇で学習してる。放っといたら――こっちの『静寂』まで裂くぞ」


一拍。


「生き物でもなく、機械でもねぇ。

ただの“歪み”みたいなもんだ」


ネブラはモニターを指で叩いた。


「……クソ。ガキ相手に“コスパ割れ”とか、最悪だ」


そして命令を落とす。


「分類:未知危険現象。優先度、最上。

次は“上”を出す。……静衛、準備しとけ」


モニターの虹光が、静かに瞬いた。

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