#5
隣の人が動き出すと同時に前へ踏み出す。
しかし突如不愉快なクラクションが鳴り響き、目を開けてられないほどの光に襲われた。
車が急停止する音。青信号なのにどうして……と顔を上げた瞬間息を飲んだ。信号は赤だった。
重なったクラクションは大音量で警鐘を鳴らす。それなのに脚がすぐに動かず、頭が真っ白になった。大きな影が右手に降り掛かったときは流石に死を覚悟したが、後ろに引かれ、予想していたよりずっと軽い衝撃で道に倒れた。だが自分の上に乗りかかってきたものの体重で失神しそうになる。
「いた! 重っ」
「……何してるんですか!? 死ぬ気ですか!」
夜空を見上げている。その下に見えるのは、知らない青年の顔。というかかなり近い。知らない人間に馬乗りにされてる。
「死ぬ気なんてないよ」
「本当に? 持病とか持ってませんか?」
質問に戸惑ったが、それ以上にあることを疑われてると分かって羞恥心に襲われた。
彼は、自分を〝そっち〟側の人間だと勘違いしている。
起き上がると同時に彼の肩を押し、何とか距離をとった。
「俺はネガティブな人間じゃない!」
「誰もそんなこと言ってませんよ」
淡々と答えると、彼は立ち上がり自分から離れた。同じくスーツ姿の若い青年。自分より少し歳下かもしれない。
周りに小さな人集りができていたが、幸い青信号になったことで徐々に散って行った。それにしても不愉快極まりない。そして不可解だ。……自分が。
ネガティブな人間と思われたことを恥ずかしく思った。自分自身は彼らのことを卑下したことなどないのに。……助けに入ってくれた彼に対して憤ったことも後から恥じた。
「人が動いた気がして……青信号だと勘違いしただけなんだ。とりあえず大丈夫だから、俺はもういっ!!」
「い? ちょっと、大丈夫です?」
もう「行く」と言いたかったのだけど、実際には「痛い」の意味で叫んでしまった。立ち上がろうとしたものの、左足首に激痛が走って再び尻もちをつく。その際コンクリートに腰を強打した為ダブルで悶えた。
「やばい……これ絶対足捻った……」
「……」
船に打ち上げられた魚のように地面に伏せる。
さらにパワーアップした羞恥心にリンチされたような気分だ。
立て続けにアクシデントが起こり、挙句の果てに誰にも見せたことのない醜態を晒してしまった。
この最悪な夜が、影山一伊との始まりだった。




