#12
「あ。いない」
「何でそんな、今思い出した感じなんですか」
「考えもしないからねぇ。誕生日とかと一緒。あー、そういえば過ぎてた。……みたいに」
天然なんだろうか。子どものように腕を組んで考える所長を見て吹き出した。
「所長、新しい絵は何ですか?」
「あ、そうだ。行木さん、展望台の絵が好きって言ってくれたでしょ。だからあれと対になるような絵を描いたんだ」
見て、と彼はこちらに手招きした。パレットには赤や茶といった、暖色系の絵の具が並んでいる。
キャンバスを覗くと、水中から顔を出す塔の絵が描かれていた。下半分は沈んでいる。水は赤黒い。確かに青で塗り潰された作品と並べると明るく見えるが、単体で見るとただおどろおどろしい印象だ。
「これは展望台じゃない。塔。中に人がぎゅうぎゅうに詰まってて、一緒に生活している。血は繋がってないんだけど家族みたいに暮らしていて、子どももつくる。だからこの中が彼らの世界なんだ」
「へぇ……」
同じ空間の中で、ずっと、減っては増える。それって何か、ここみたいだ。
「海は何で赤いんですか?」
「塔の外で生きてた人達が皆死んじゃったんだ。だからその血だよ。傷つけ合って、自分が流した血で沈んでいった」
どうも彼の頭の中では盛大な物語ができあがっているらしい。やっぱりクリエイティブな人の感性は分からない、と素直に思った。
この絵が完成して……行木さんがここを出ていくとき、欲しかったらあげるよ、と言われた。
ちょっと怖い雰囲気の絵だったけど、せっかくなら……と思って頷いた。
でもここを出ていく時っていつだろうな。
精神状態の悪化により退所はまた遠のいてしまった。でもネガティブになったらもっと悪い方向へ転がる。気持ちを上向きにし、部屋を後にした。
どうせここを出ても、自分を待ってる人なんていないし。という入所者に対し、それは俺も、と所長が返していた。
それっていけないことなのかな。人脈や人望がないと生きてちゃいけないのかな。……そんなわけないでしょう。皆死ぬ時はひとりなんだよ。
相談室の前を通り過ぎる時、開きっぱなしのドアから所長の横顔が見えた。彼は珍しく笑っていた。




