#3
水草の緑が鮮やか過ぎて、作り物かと疑ってしまう。でもそれは確かに本物だった。
自分より一回り背が低い所長が屈むと、つむじまでよく見える。普段は鉄面皮だが、こちらが良い報告をするとたまに微笑む。それがどこか幼い印象なので、彼を怖いと思ったことはなかった。
彼の経歴はまるで知らない。ただこんな職業に就くぐらいだから相当前向きで強い精神力の持ち主なんだろう。他の施設の管理者は金儲けの為とか、身内の患者を優遇する為に運営しているとか、やたら黒い噂を聞くけど、ウチの所長は全く話に上がらない。
空っぽだ。……だから意外だった。彼がそんな後ろ向きなことを言うなんて。
「会う人皆にイラついて、最後は自分を殺したくなる。心臓を常に掴まれてるみたいな生活が嫌になって、全部放棄したくなる。いや、放棄したんだ」
過去形だった。実行済みなのか。
また返答に困っていると、彼は餌入れを棚に仕舞って入所者の部屋が並ぶ廊下を指さした。
「つまらない話に付き合わせてごめんね。俺の話を真剣に聞いてくれる入居者さんなんて君ぐらいだから、つい甘えちゃった。これじゃ行木さんが俺のカウンセラーだ」
「あはは……大丈夫ですよ。つまらないなんて思ったことはありませんから」
それは事実だ。ちなみに、ぞっとしたことならたくさんある。今日もめでたく更新された。
「じゃあ、また後で」
所長はまたいつもの無表情に戻り、廊下の真ん中を歩いて行った。正確な歳は分からないけど、多分三十いくかいかないか……自分より少し歳上なだけだ。だからやはり凄いと思う。
監視カメラがついた玄関を横切り、自室に戻る。隣の部屋は大人しい入所者だから良かった。本当に手に負えないタイプはもっと端に追いやられて、扉にも鍵がかかっている。強い精神安定剤を投与され、時間をかけて自我を失っていく。行木にはよく分からないが、今まで見た中では先に心が死ぬタイプもいれば、先に身体が動かなくなって寝たきり状態になるタイプがいた。
どっちが幸せだろう、と考える。やはり心が先に死んだ方が楽かもしれない。意識があるのに指一本動かせない、身の回りのこと全てを他人にやってもらう地獄は想像を絶する。行木はかつてボランティアで病院へ訪れることがあった。ケースは違うが、植物状態の人達をたくさん見てきた。所長も同じく、何人もの入所者を看取っている。




