第四話
トオルは冷や汗を浮かべていた。
あの紋章は確かに。
トオルのギフテッドの紋章と同じものだ。
トオルの動揺に気づいてもリーバは止まらない。
突如、トオルの身体が重くなったように、膝をつく。
そして、
「まだまだ!」
リーバはその能力を解放し、トオルは完全に地面に突伏した。
「重力系の技か!?」
トオルはここで素早く判断する。
「大地の精霊ノームよ!今ここに顕現し、我の助けとなれ!」
トオルはいきなりチート女神の精霊を出し惜しみなく使う。
ちなみにこんなこともあろうかとアニの契約している精霊は全てトオルと共有されている。
大地の精霊の力を借り、重力の法則を捻じ曲げて事なきを得る。
「君面白い引き出しを持ってるね?この勝負俄然楽しみになってきたよ。」
そう言うと、リーバは好戦的な笑みを浮かべた。
しかし、転んでもタダでは起きないのがトオルという男だ。
すかさず、変則的な剣捌きでじわじわとリーバを追い詰める。
それを見てリーバは。
「ああ、君と闘えてよかったよ。剣の方もなかなかやるじゃないか!?」
トオルに勝負を吹っかけてきた凄腕の使い手はそう満足気に言って見せた。
「なかなか余裕があるように見えるぞ?リーバ。それにお前のギフテッド、かなり良いものを授かったようだな?」
「ああ、そうかもね。君とヤッてとことんお互いを確かめ合わなきゃ!!」
前世にもダークファンタジー漫画でこんな戦闘狂のピエロみたいな台詞を吐くキャラいたなあ、とトオルは思っていた。
どうしてもトオルには例の紋章が見られたことが気がかりだった。
しかし、リーバはそんなトオルを見透かしたように。
「ああ、この紋章ね。知らないだろうから教えてあげるよ。通称、背神の紋章と言われているようだよ。」
「背神?だと...」
「そうさ、その読み名の通り神に背く力ということさ。」
リーバはそんなことも知らないのかと言いたげな顔をしていた。
「そんなことより、続きをさあ、ヤろう!!」
トオルはこの男は一体何者なんだ。どこまで知っているのかと疑問符を浮かべる。
しかし、リーバという戦闘狂にはそんなことはどうでも良かったようだ。
またあの技だ。
トオルにとてつもないGが掛かる。
だが、トオルはもう見切っていた。
地面の背神の紋章を自分の紋章で上書きし、掻き消した。
「ははははははは!!!面白いよ。やっぱ君!その紋章をそこまで応用して使うなんて、ただものじゃないね!?」
リーバは思わず少し涎を垂らしていた。
よほど満足の行く相手と闘えていなかったのだろう。
戦闘は純粋な能力だけでなく、いかに頭を使うかという点をトオルに立ちはだかる男は重視している。
トオルのことを更にこう評価する。
「合格だ。」
「おや?嬉しいこと言ってくれるじゃないか?だが、これで終わりか?リーバ?」
「合格と言ったんだ、詳しい話をしてあげよう。君は話すに値する。」
「ほう、では話してもらおうか。」
トオルは笑顔は見せず、そう卒なく返した。
「背神の紋章はね。魔王の血筋の者に現れるものなんだ。」
その男は、何の前触れもなく急にそんな爆弾発言をした。
「何だと....?」
トオルは絶句した。そう。魔王、つまり魔族の頂点に立つ者の血筋。それが、自分たちだと言い出したのだ。
「さて、話はこうだ。僕と魔族に付かないか?トオル?」
「何を言い出す?俺には魔王を倒さなくてはいけない理由がある。何より、なぜこの学園に入学してきた?目的は?」
「なーに。ちょっとした用があってね。もう一つの目的というと強いていうなら喰いがいのある使い手を見つけることだけど。」
その時、伝書鳩がリーバの元にやってきた。
「おや。もうこんな時間か。申し訳ないが急用が出来てしまってね。トオル、決着はまた後日だ。」
「待て!どこへ行くつもりだ。勝負はまだついていないぞ。それに聞きたいことだらけだ!」
トオルは精一杯主張するが、
「まあ近いうちにまた会えるよ。それじゃあ。」
リーバは煙幕を張り、その場から姿を消した。
そして、しばらく学校に姿を見せないことになる。
その一部始終を見ていたアニは驚愕の事実に震えていた。
「背神の紋章?トオルさんが魔王の血筋ですって?あの男一体何者なの。」
そう三大女神ですら知らない情報を持っていたのだ。といってもまだ根拠も何もないが。
その事実にアニは思考を巡らせる。
だが、やはり一番動揺しているのは当事者であるトオルだった。
「奴の言葉を完全に信用するわけじゃない。だが、この強力すぎる能力のカラクリにしては案外ありえるかもな。」
トオルという男も馬鹿というわけではない。
心に少しだけ留める。今はそうしておこうと切り替えたのだった。
しかし、やはり真偽はいずれ確かめねばならない。そうも思ったのである。
リーバが行方をくらまして半月程たった頃だろうか。
トオルはアニと情報収集しているうちにある人物にたどり着く。
それは、世界的犯罪者クロムウェルの右腕として名を成したリースだった。
リースは世界のA級犯罪者たちを収容するヘドニア収容所にて監禁されていた。
その人物に面会が叶ったのである。
今トオルとアニは学園のあるエルドア王国の西隣にあるサキン共和国まで来ているのであった。
そして、リースの死刑執行までの日は近い。
トオルの情報を聞き出す最後のチャンスと踏んでここまで来た。
リースは口を開ける。
「来られましたか。」
「お前にこれについて聞きたくてな。」
そう言うとトオルはあの紋章を発動した。
「何ということだ。まさか仕えるべき方が現れたというのに自分はこのザマなのか....」
「あいにくそっちの事情にも疎くてな。情報を渡してもらおうか。」
「ええ殿下。」
「殿下だと....」
「はい。私の真の正体は魔王様に仕える三銃士ゲノムと言います。そして、あなたは魔王の子ザレスです。」
アニは驚愕と言った表情を浮かべた。
「そんな!確かに私が....」
アニは何かを言おうとしたがすぐにリースいやゲノムは悟ったのか、こう告げる。
「あなた様に記憶が欠落しているのは恐らく転生前にザレスの魂が逃げ込んできたことによる記憶障害でしょう。そして、皮肉なことに勇者としての役割も併せ持つことになった。」
ゲノムは改めて言った。
「ですが、あなた様が何者であれ、例え憎き三大女神を従えていても我々にとっての主であることに変わりない。そして、勇者としてでも、魔王の息子としてでも構いません。どうかこの世界を。魔族と人類をクロムウェルの黒き野望からお救いください!」
トオルはその言葉を偽りではないと受け取った。
「我々三銃士をお探しください。必ずやあなたの力になるでしょう。グハッ。」
ゲノムは血を吐いた。
「どうやら、時間がないようです。最後に魔王軍四天王にはお気をつけくだ....」
ゲノムはこと切れた。
「待て!しっかりしろ!まだ聞きたいことがある!」
「トオルさん。もう亡くなっています。」
ゲノムはギリギリで意識を保っていたことがアニにはわかった。
アニは苦しみ悶える人を沢山見てきている。それ故だった。
何にせよ、トオルは切り替えるしかなかった。
「アニ。三銃士を探すぞ。頼めるか?」
「ええ。私にもわからないことはまだ多いです。」
後からわかったことだが、ゲノムの朝食に何者かが毒を混ぜていたのだった。