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3

 ヘルハウンズは、小国連合の中では、兵士が強力なので存在感は大きい。

 でも、国としては連合においてもせいぜい、中の下くらいの大きさだったりする。

 そのために、兵士の数自体は少ない。

 人口もそれなり程度なので、人材がたいそう豊富とは言えず、国務の中心を担う人は、いくつかの役職を兼務していたりする。特に王族は、その責任を免れない。


 つまり。

 私も、今まさに、作戦会議の末席に座っていたりする。

 この場にいる女性は私と王妃様だけで、ほかの十数人は全員がいかめしい男性だった。


「王よ、今はまだ国境警備の部隊が敵を防いでいます。しかし遠からず突破されるでしょう」


 一人の将軍がそう言うと、黒くて長いあごひげを生やした王様――リルの父親だ――が、むうとうめいた。


「こんな時に、リルベオラスはミッドクラウンか」


「はっ。メールスワロウは飛ばしましたが、夜のうちに戻られるのは難しいかと。敵は密偵を我が国に放っており、王子の留守を狙ったものと思われます。いかがいたしましょう」


「いかがというて、出せる兵力を総動員して防ぐしかあるまい」


「それが、敵は正規のグリーシャ兵ではないようなのですが、なにぶん数が多く、五千はいる模様です。我らがすぐに出撃させられるのは、三千ほどです。正面からぶつかるだけでは……」


「そこを、戦術を用いて敵に当たるのがそのほうらの役目であろう!」


 すると別の、将軍職らしい男性が発言した。


「日も落ちておることですし、生半可な戦術など無用! 正面から堂々と当たるべし!」


 おうおうと応える声が響く中、大臣らしいおじいさんが立ち上がる。


「日が落ちておったらなぜ戦術が無用なのじゃ! むしろ暗闇を利用しようという知恵者はおらんのか! 無思慮にただ敵に当たり、一敗地にまみれればなんとする!」


「なら大臣、その暗闇を利用した戦術とやらをお示しくだされ!」


「なぜわしが! お前ら、その鎧と剣は匹夫の勇を示すのみであるか!」


 ……そうなのだ。

 今まで王様や王妃様とはあまり直接接してこなかったけど――向こうもユーフィニアとはそうお近づきになりたくもなかったようで――、この国で目立って戦上手なのはリルくらいで。

 実の父親である王様を含め、戦場で明確な不利を覆せるような将軍というのはいないようなのである。


 そうなると、リルがいない今、奇襲を受けているのはかなりまずい。

 リルが戻ってきた時にはすべてが手遅れ、なんてこともありえる。

 そして、私はといえば。

 リルがここにいないのは思い切り私のせいなわけで、つまり、本来のシナリオでは起こるはずのない事件を、私が余計なことをしたばかり起こしてしまったわけで。

 責任感、というよりは罪悪感から、なんとか役に立とうとは思っているのだけど、会議の場に集まった十数人の強面男性が大声を出し合う中、まともに発言できずにいた。


 いや、そんな場合じゃない。

 よく思い出して。

 私個人にはどうもできなくても、ハイグラをさんざんやり込んだプレイヤーとしてなら、なにかしらの活路を見出せるはず。

 そして。その活路というのは、やっぱり。


「あの」と挙手した。「発言して、よろしいでしょうか」


 しん、と会議場が静まった。そしてみんなの視線が、お前ごときがこの重大事になんの意見だ、と言わんばかりに私に突きつけられる。

 そもそもここに列席した時から、慣習上呼ぶことになったものの邪魔でしかないなこの女、という態度を隠した人のほうが少なかった。

 ……とはいえこれが、ユーフィニアに対する正常な反応なわけで、それに文句を言っている余裕も必要もない。


「地図をお貸しください。ウェインズ(きゅう)という丘と、シハン川というのは、どのあたりですか?」


 テーブルに広げられた地図の一部を、さっきの将軍の一人が無言で指した。


「以前、リル――リルベオラス様がおっしゃいました。ヘルハウンズが西方から侵入された時は、その丘に兵を伏せて、全員大盾で敵をシハン川に押し込み、敵が川に足を取られたところで矢で狙い撃ったのだと」


 王様が顔をしかめた。「撃った? いつの話だ?」


「あ、いえ、狙い撃つのがいいと。味方は川に入らないことを徹底しておいたために、弓隊は細かい夜目が利かなくても、ひたすらに川の中にいる者を撃ったので同士討ちはしなかった――いえ、しないで済むと」


 おお、と会議場がどよめいた。

 どう考えても私の言葉より、リルが言ったことにしたほうが効果があると思ったけど、その通りだった。


 それに、今のは本当にリルの発した言葉だ。

 ゲーム中、一月一日より前の戦いについて、リルが話したイベントがあった。その時に、さっきのように言っていたのだ。自慢じゃないけれど、リルのセリフなら、一言一句余さずに覚えている。それがここで役に立つとは。

 確か、煮え切らない敵との戦いが長引いた後に夜襲を仕掛けられたけど、この作戦で返り討ちにすることで一気に流れを変えたような話だった。


「しかし、王よ」さっきの将軍だ。「ウェインズ丘までとは、少々敵を引き込み過ぎではありませんか」


 私も、地図を見て気づいた。その丘は、思ったよりだいぶ、国境から侵入されたところにある。それにこの作戦が成功した時は、リルが指揮をとっていたのだ。

 彼が不在では、まったく同じように布陣して迎え撃ったとしても、上手くいくとは限らない。

 でも。ならば。


「見てください、ウェインズ丘よりいくらか国境寄りのところに、よく似た丘がありますよね。サムスン丘、ですか。近くにシハン川の支流があって、形がさっきのウェイン丘の周りとそっくりです。こちらではどうでしょう? ……これも、リルベオラス様がここでも同じことができるとおっしゃっていたわけですが」


 これも嘘ではなく、実際にリルのゲーム内でのセリフにあった。ヘルハウンズ国内にはこういう地形がいいくつかあって、天然の砦にできるのだと。


 大臣と将軍たちが検討し始めた。

 そして、大きな問題はなかったらしい。

 やがて、将軍が大声で宣言した。


「これより、国境の軍を引き、サムスン丘まで敵を引き込む! 各将は自部隊に大盾と(いしゆみ)を用意! よいか、仮に上手くいかずとも、リルベオラス様がお戻りになれば巻き返せる! くれぐれも落ち着いて、なにがあろうと恐慌にかられぬように!」


 それで会議は終わり、それぞれが持ち場に向かった。

 私も会議場を出ようとしたところで、さっきの将軍に声をかけられた。


「ユーフィニア様、ここにあなた様がいてくださって本当によかった。でなければ、どんな失態を犯していたことか。礼を申します」


「えっ!? い、いえ、私はリルベオラス様のおっしゃっていたことを口にしただけですから!」


「これは、謙遜をなさる。王子の名を出されたのは、事実王子のお考えだとしても、そうしなければ我々が頑なになるだろうと看破されたからでしょう。賢明な方だ。誓いますぞ、リルベオラス様が戻られるまで、必ずこの国をお守りします」


「は、はい! ご武運を祈ります!」


「……失礼ながらあなた様は、聞いていた話とはだいぶ違うようですね。不遜な噂に耳を傾けた、己の不明を恥じるばかりです。では!」


 私と敬礼しあった将軍は、笑顔を見せてから背を向け、出撃の準備へ向かった。

 リルだけじゃない。あの人も、兵士のみんなも無事で帰りますように。

 ついさっき戦いに生かせる作戦を唱えたのは私なのに、ごく勝手なことに、そんなことを祈った。


 ■


 私はお城の中にいたので、結果だけを聞いた。

 敵はやっぱりグリーシャに雇われた傭兵で、このあたりの傭兵団としては最大の勢力だったのだけど、ヘルハウンズ側の作戦が上手くいって、迎撃戦はヘルハウンズの圧勝で終わった。

 夜明けにはリルが戻ってきて、戦果を聞き、「まるでおれが指揮をとったかのような動きだな」と驚いていたという。

 敵を盾で押した後に弓矢で攻撃しただけなので、ヘルハウンズの損害は微々たるものだった。傭兵団は正規兵でないぶん鎧も軽装だったので、矢で圧倒できたのも大きかったらしい。


 警戒体制が解かれると、邸への帰り支度をして、メイドのみんなと一緒に馬車に乗った。

 けれど、お城から出て屋敷に戻る途中で、馬車の中、ムシュが申し訳なさそうに言ってきた。


「すみません、ユーフィニア様。あの黒猫、ルリなんですが、避難のどさくさで、ケージから逃げちゃって」


「あ、そうなんだ。……寂しいけど、この世界は野良猫が多いし、きっとたくましく生きていくよ」


「……ええ、そうかもですね。あいつ、ふてぶてしいっていうか、気の強いところありましたから。どこかですれ違うかもしれません」


 身寄りなく、一人でどこかへ。私も遠からずそうなる。

 あの猫に、少し親近感を込めながら、心の中で応援を送った。


 そうして、その夜。


「ユフィ。話がある」


 別邸に戻った私の自室に、リルがやって来た。

 戦勝の報告、だけではないのは、彼の顔を見れば分かる。

 メサイアがお茶を入れましょうかと言ってくれたけど、努めて笑顔を浮かべて断った。


「ユフィ、君が進言したという、おれの作戦だが。そんな話を君とした覚えがないが、まあいいだろう。腑に落ちないところは大きいが、これに関しては感謝している」


「……はい」


「本当に助かった。下手をすれば、さすがに夜襲の一戦でヘルハウンズが滅ぼされることはないにしても、かなりの損害を出し、取り返しのつかない惨状を呈していたかもしれない。どんなに礼を言っても、言い尽くすことはできない」


「そんな」


 それはよかった。本当によかった。けれども。


「その話とは別にだ、ユフィ。……君がミルノルドに出したというこの手紙は、どういうわけだ?」


 ああ。

 リルの手には、一枚の羊皮紙があった。

 この国の言葉だけど、私の筆跡。先日、メールスワロウに持たせたものだ。


「読むぞ。『以前、リルのことをどう思っているかと訊きましたね。その時勝手ながら、あなたは、ほのかながら純粋かつ正真の愛を、リルに抱いているのではないかと察しました。私に遠慮することなく、よきご縁を育んでください。なお、これから彼は戦に忙殺されることも予想されます。どうか彼と慈しみ合い、あなたの元に無事帰ることを彼が戦場の励みとなるように――』……どうした、まだ途中だが」


 私は、上半身をベッドに突っ込んでうめいた。


「……無理です……もう……朗読は……許して……」


「安心しろ。恥で人が死ぬことはない」


「罪悪感では死ぬかも」


「それは分かる。突然アーノルドが共同軍議だなんて言い出すからなにかと思えば、この手紙を見た妹におれを呼ぶよう頼まれたのがきっかけだったらしいからな」


「そのせいで、国が危なくなって……」


「いや、それは遅かれ早かれ似たようなことになっていた。密偵に気づかなかったおれたちがうかつだったんだ。今回のことがなくても、どこかでおれは国の外に出かけていただろうし、そこを狙われただろうな。そう遠くないミッドクラウンでまだましだったわけだから、気にしなくていい。……が」


 こつこつとリルが近づいてくる。あの毛足の深い絨毯は売ってしまったので、靴音がよく響いた。

 私の横で音が止まったので、突っ伏していた顔を横に曲げて、ちらりと彼の顔を見る。


「ユフィ、なんでこんな素っ頓狂なことをしたのかは、まあ分からんでもないが、二度としないように。君の後釜については、君が世話を焼くことではないからな」


「はい……約束します。本当に、これに関しては自分がだめ過ぎるって思って、……あの、ミルノルド……怒ってました?」


 思えば、彼女にずいぶん失礼なことをした。せっかく、仲良くなってくれたのに。


「いいや。怒っているという感じではなかったな。むしろ、心配していた。ユーフィニア様がなにかおかしい、しっかり見てやってくれと。おれにそう言いたかったそうだ。ついでに言うと、『わらわがリル様を想う気持ちは、お兄様を想う気持ちと同じものよ。そうでないものが微塵もなかったとは言いませんが、とうに吹っ切っております。誤解なきよう』だそうだ」


 もう一度ベッドに顔をうずめた。

 私は、なにをしているんだろう。


「おれもまだ、軍のほうの処理が残っているから、これで帰る。……厳しい言い方になってしまって、悪かったな。これは言っておくよ。昨夜の会議に出席したほぼ全員が、君への感謝を口にしている。もちろん、おれもだ。さっきのとおり、言い尽くせないほどに」


 私は、リルの声を背中で聞く。

 責める言葉なら受け止められるけれど、私を慰めたり、肯定してくれるような言葉は、今はまともに聞ける自信がなかった。

 喜んでしまいそうで怖い。ろくなことを、していないのに。


「ユフィ。君がここにいてくれてよかった。君を知る誰もがそう思っている。それは、おれと君との夫婦仲とは別のことだ。忘れないでくれ」


 リルが私を抱き起こした。

 その逞しい腕で私を一度強く抱くと、力を緩めて、十数秒、そのままで。

 静かに体を放して、視線を正面からとらえ合ってから、唇が重ねられた。


 火みたいに熱い。リルじゃなくて、私の体が。

 顎が震えて、頭の芯がしびれる。

 触れたままの唇から、気持ちがあふれそうになり、嗚咽が漏れかけた。


「ゆっくりお休み。ユフィ、君は立派な人だよ」


 そして、ドアが開き、閉じる音がした。


 仰向けにベッドに倒れ込んで、両手のひらで目を押さえた。

 君がいてくれてよかった。それは、私のセリフだ。リルがいてくれなければ、夢を断たれた後、どうなっていたか分からない。


 最初は、もちろん、ただゲームの中の憧れのキャラだった。

 でも、心証は最悪のはずの私の話を聞いてくれて、私を理解しようとしてくれて、思いやってくれて、あの暖かな腕と胸で抱き締めてくれた。

 私の唇を求め、自分のそれを与えてくれた。私を必要としてくれた。私がいてよかったと言ってくれた。


 もう、次元の違う人だなんて思えるはずがない。

 リルが好きだ。とっくに、一人の男性として。

 つらい思いをしたくないから、できることなら自覚したくなかった恋を、見ないふりをするほうがつらくなったと思い知って、心の中で告白する。


 だから。

 ゲームのキャラではなくて、血の通った人間だから。意志も命もある、一人の人間だからこそ、守らなくては。私といることで理不尽に降りかかる不幸から、彼を。

 決意を新たにするたびに、気を強く持とうとするのと裏腹に、自分が脆くなっていくように思える。


 その後にもう一度小さく、ドアが開く音がした。

 マティルダが様子を見に来てくれたんだ、と思って顔を上げた。

 するとドアの前には、マティルダだけでなく、ムシュとメサイアがいて、のめり込むように私を見ていた。


「どうしたの、みんなで……」


「いやユーフィニア様こそ、ここのところどうしたんですか!?」とムシュ。


「最近、記憶喪失になられる前とは違った意味で、なんだか見ておれません! お茶ですか? お茶を飲みますか!?」とメサイア。


 その二人を、マティルダがつまみ出す。


「お騒がせいたしました。ご夫婦でしか分からないことも多くあるでしょうが、……なにかありましたら、いつでもわたくしたちをお呼びください」


 そう言って、マティルダも出ていった。

 私はドアに向かって、深く礼をした。



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