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そうして、大急ぎでかなり濃い目に抽出したエルダースのお茶をクライネに飲ませると、いくらか症状は落ち着いたようだった。
リルもお城にメールスワロウを飛ばして、お城でお抱えのお医者さんに、適当な解毒薬を調合したものを送ってもらってくれた。
それでも惚れ薬はすぐに無効になるわけではないようだったけれど、ひとまずクライネはだいぶ持ち直した。
お医者さんは馬車で駆けつけてくれて、「初動がよかったようです。あとは放っておいても今日中には治るでしょう」と言っていたけど、私の過失だったのは変わらない。
クライネは三十分もすると、もう普通に歩くことができ、微熱がある時と変わらない程度に回復した。
「はー、なんかもう元通りです。リルベオラス様見てもなんともないですっ。ある意味あたしの友情の見せどころだったのになー」
「改めて、クライネ、本当にごめんなさい。もう、絶対にこんなことないようにするから」
「もう、何度謝るんですか」
クライネが苦笑する。
改めて見ると、少年のように快活でも、しっかり大人びた表情はやはり王族のそれだ。
「クライネは、私を見習うところなんてないよ。クライネのほうが、ずっと立派で素敵なお姫様だよ」
クライネは、くすぐったがりながら、ギネが回してくれた馬車に乗り、自分の国へ戻っていった。
もちろん私はギネにも事情を説明して、平謝りした。
すると、
「ミスというのは、処置の仕方次第でミスではなくなります。今回はその好例でしょう」
と、怒るどころかむしろいたわってくれた。私はもう一度、深々と頭を下げた。
夕暮れの前、邸の中には、メイド三人もいるけど、仕事中で姿は見えない。
リビングは、私とリルの二人だけだった。
「ギネはああ言っていたが、今回の君には、反省することが多々あるな」
「うん。……怒って、叱って。戒めにするから」
「その必要はないだろう。もう充分、自分で自分を責めたようだから」
でも、とうつむいていた顔を上げる。リルは厳しい表情をしていた。
「ただ、これだけは訊いておきたい。どうして惚れ薬なんてものを――魔女が置いていったのは分かるとして、君は捨てずにおいたんだ? なにかで使うつもりがあったのか?」
「それ、は……」
あなたに、私以外の人と結婚してもらうためです。
それが言えなくて、十数秒、私は黙ってしまった。口を開いても、震える唇をまた閉じるだけで、声にならない。
だめだ、このままでは、だんまりを決め込んでいるようにしか見えない。
なにか言わないと、と思った時、リルが椅子から立ち上がった。
背筋が冷えた。
リルが帰ってしまう。愛想をつかされてしまう。
でも、……離婚のためには、そのほうがいいの?
けれど、リルは、リビングのドアではなく、私の隣に来た。
「脅すような言い方をして、悪かった。言える時でいいさ。無理強いしないと言っただろう」
そっと、肩に手が置かれる。
私が羽織った絹のうすものを通して、リルの体温が伝わってきた。
「で、……も……私、……それじゃ、あんまり不誠実で」
リルにも、クライネにも。
「不誠実? そんなに自分を責めている人間がか? そうは思えないな。だからこそおれは待てるんだ。それと、今日はここに泊まらせてくれ。気まずいかもしれないが、……今夜は、君の近くにいたい。おっと、部屋はいつも通り別でな」
耐えきれなくなり、私も椅子から立ち上がった。
すぐ横にいるリルを抱きしめる。
もう甘えないと誓ったことも忘れて、つい、その胸に私の顔をうずめた。
リルの服を濡らしてしまって申し訳ない、と少しだけ思った。
リルが私の震える背中に腕を回して、ささやく。
「いい子だ。君はいいやつだって、もう分かっているよ。だから一人で苦しまないでくれ」
リルがそう言ってくれるのは、本当に嬉しかった。
本当なら、私もここで、良妻として頑張りたかった。
でも、こうしてごく身近にいる人だけが認めてくれても、だめなのだ。
ここまでだ。自分で自分を許していいのは、ここまで。
私は、そっとリルの胸を押して体を離した。
「ありがとう、リル。もう大丈夫だから」
「……そうか?」
リルは王子なのだから。やがて王になって、国を背負う立場なのだから。
その隣に立つのは、ふさわしい人間でなくては。
もう何度自分に言い聞かせただろう。
それでも、怖いくらい甘やかに私を溶かしそうになる温もりに、頭の芯が心地よくしびれてしまうのは、止められなかった。




