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6

 王子四人とリルが、何事かと、私たちのいるテーブルに視線を投げかけている。

 無理もない。

 どうやら、四人の姫君たちは手品の類には免疫がなかったようで。

 私がごく初歩的なカード当てのマジックを披露しただけで、文字通り魔法を見たような反応をしてくれているので――


「じゃあ次は、もう一度ミルノルドがやってみる? 好きなカードを一枚引いて、私に見えないようにマークと数字を覚えて」


「こっ……これですわ! 覚えましたわ! ユーフィニア様、今度こそ、からくりを見破って見せます!」


「うんうん。そうしたら、この山に差し込んで……そう。これをシャッフルしてから、……えーと、ミルノルドが選んだカードは、これね」


 私がクラブの六を抜き出して見せると、四人の姫から一様に歓声が上がった。


「な……なぜですわ!? なぜですわ!?」


「何度やって見せていただいても、不思議でなりません……」


「すっご! あたしも全然分からないです!」


「こ、……こ、こんなことが、わたくしめのカードで、で、できるなんて……」


 なんだか、親戚の小さい子を相手にしている気分。


「ふ……どうやら、人が変わったというのは本当のようですわね」ミルノルドがブロンドをふわりとかき上げた。「以前のあなたならば、人をなぶって楽しむことはあっても、自分の手を煩わせてまで人を楽しませようとなどとは、決してしませんでした。なにがあっても、決して、絶対に」


 なんだか、凄く強調されている。


「……どうも……。楽しんでいただければ、なによりです……」


「記憶喪失ということなら、今日のわらわの態度はさぞかしいぶかしまれたことでしょうね。謝罪いたします。許していただけませんか、ユーフィニア様」


 私はあわてて、両手のひらを横に振った


「許すだなんて! 私のほうこそ、今まで本当にごめんなさい。ミルノルドだけじゃなくて、みんなも」


 そう言って頭を下げると、四人の姫だけじゃなくて、離れたテーブルにいた王子たちもどよめいた。

 ……本当に人に頭下げたことないんだろうな、ユーフィニアって……などと思いつつ、私は続ける。


「私なんかがリルと結婚したこと、みんな不満だったと思います。なにしろリルときたら、容姿端麗、文武両道、性格器量なんでも満点の最高男子だから」


 リルの美点については言い足りないけど、今日のところはこの辺にしておく。

 姫たちも、控えめにうなずきつつも、唐突な私の夫褒めにちょっと引きかけているし。


「でも、リルと私が結婚したのは、事情あってのことで……リルにはもちろん、もっとふさわしい相手がいるって、私も分かっています。みなさんも、リルのいいところはよくご存じですよね。……これからも、リルをよろしくお願いします」


「ユーフィニア様……?」


 リビエラが心配そうに、黒髪を揺らして私の顔を覗き込んでくる。

 もっと上手く、姫たちをリルに接近させられたらいいんだけど、私の立場ではあまり性急すぎると不審に思われるだろう。

 歯がゆいけど、今はここまでが精いっぱいかな。


やがて食べ物や飲み物が尽きて、パーティは終わりを迎えた。

 本当は、王子たちともじかにお話ししてみたかったけれど……今日の目的から逸れてしまうし、下手したらハイグラの一ファンとしての悪いところが出て、はしゃぎ倒してしまいそうなので、ぐっと我慢する。


 四組の王子と姫が、それぞれに馬車に乗っていくのを、リルと並んで、庭園の外まで見送りに出た。


 姫たちは、やっぱりゲームの通りで、みんないい子だったな。

 でも、私がリルと別れたら、こんなふうに会うことはもうないのかもしれない。

 寂しいけど、私はそれにも耐えないといけない。最悪、この世界で一人で生きていくことになるんだから。


 大丈夫、できる。

 現世では、友達は少ないし恋人なんていないし、ほとんど「一人用」の人生を送るつもりでいたのだから。ここで、同じように生きるだけだ。


 笑顔を浮かべて胸を張っていると、四人の姫が、一度馬車を降りて、全員で私のほうへ向かってきた。


「どうしたの? みんなで忘れ物でも?」


 そう言う私の手に、ミルノルドが、「どうぞ」と自分のイヤリングを片方外して、押しつけるように渡してきた。

 それに続いて、リビエラとクライネも。そして、ヒルダはイヤリングをつけていなかったのだけど、赤い宝石のついたブレスレットを。


「え、えーと?」


 困って隣を見上げると、リルが、驚いた顔で言ってくる。


「おい、これも忘れたのか? パーティで人から感銘を受けた淑女は、相手に、親愛の証として自分の身に着けている物をなにか渡していくんだ。ありがたく受け取れよ」


「そ、そうでしたっけ」


 また、ゲームでは見たことのない話で、初耳だ。


「君は、お世辞や義理以外では、こうしたものは初めて受け取るはずだ。よかったじゃないか?」


 は、初めてかあ。さすがユーフィニア。

 ……って、それじゃ。


「わ、私もなにか渡さないとってことですよね!? うわどうしよう、イヤリングと、ネックレスと、えーとあとなにか、あ、ティアラとか? ちょっと待っててね、今外すんで!」


 すると姫たちがくすくすと笑う。

 クライネが歩み出て、言ってきた。


「そんな、自分の装飾品がごっそりなくなるほどあげてしまうものじゃないんですよ。なにか小さな、なくなってもすぐには気づかないくらいのものをあげるんです。パーティに参加する人は、そのつもりで準備してくるものなんですよ。だから今日のところは、ユーフィニア様からはなにもいただかなくて大丈夫ですっ」


「ええっ、で、でもそれじゃあなんだか……!」


 今度はミルノルドが出てきた。


「いいと言っているのですから、いいのですよ。今日はわらわたち、イヤリングなんかよりずっと珍しくて、面白いものが見られたのですからね」


 珍しくて、面白いもの……心当たりといえば。


「て……手品とか?」


 ミルノルドが呆れ顔になる。


「そんなわけないでしょう! ええむろんあれはあれで面白かったけれども! ……ふふん、まあいいですわ。ユーフィニア様、今のあなたにならぜひまたお招きいただきたいし、いえ、むしろ今度は私のほうがお招きしたいですわね! 来てくれますわよねいいですね!?」


「えっ!? そ、それはもちろん!?」


「ユーフィニア様」リビエラが歩み出てきた。「わたくしも、近いうちにぜひまたお会いしたいです。本日は、まことに、大変、楽しかったです。わたくし、人からつまらない性格だとよく言われるのですが、ユーフィニア様といると、たくさん笑えるようです」


 なんだかとても嬉しいことを言われた気がするけど、聞き捨てならないところもあり、取り急ぎそちらに反応することにした。


「リビエラ、さっきも似たようなこと言ったけども、リビエラがつまらないなんて、そんなことないよ! その奥ゆかしさがどれだけ多くのユーザー、じゃない人々に癒しと元気を与えているか! 自信持って、リビエラはめちゃくちゃ人気あるからね!」


 知らない、というのは恐ろしいことだ。リビエラは妹姫の中でもトップクラスの人気なのに。


「あ、ありがとうございます。ユーフィニア様、いい方なのですね。次はぜひわたくしの国へ、香草摘みにでも参りましょう」


 次はクライネだった。


「ほんと! ユーフィニア様、馬は乗れます!? あたしが教えますから、うちの競走場にも来てくださいね! あと、手は大丈夫ですか?」


「え? 手?」


「今日のための準備に、料理やテーブルの準備だけじゃなく、大工仕事みたいなことまでけがしてたらしいじゃないですかっ。マティルダから聞きましたよっ」


 ああ、と思い至る。


「けがって言っても、木の椅子から釘が少し出てたから金づちで叩いたら、指打っただけなんだけどね」


 すると、金づち!? 指!? と四人がおののいた。リルもびっくりしている。

 実はほかにも、テーブルやいすを運んだり、地面を少しならしたりしたので、小さな痣や生傷はそこかしこにこしらえてしまっていたのだけど。


「手、見せてくださいっ」


 クライネが私の手を取った。

さっき受け取ったままのきらびやかなアクセサリの下に、細かいささくれや傷のある私の手があって、少し恥ずかしい。打った指なんて、爪にひびが入っていた。


「あたし、……自分の城のパーティで、準備を手伝ったことなんてありません。今日は、大事なことを教わった気がしますっ。ユーフィニア様、あたし、こんなに美しい手は初めて見ました。同じように荒れていても、馬を乗り回しているだけのあたしとは、全然違う。……お父様には、そろそろ婿を取ることを考えろなんて言われていますけど、今は殿方より馬術のほうがずっと楽しくて、気がつけばこんな手に」


 私も、手を取られているので、クライネの両手がすぐ目の前に見る。確かに、手の皮が固くなってはいるけれど。

 でも、悪くない。全然悪くなんかない。


「ありがとう。でも、クライネの手も凄くきれいだよ。乗馬用の手袋越しでも、手綱の跡がついてるんだよね。馬に乗れるなんて、憧れちゃうんだから」


 すると、クライネががばっと私に抱きついた。


「お名残り惜しいです、ユーフィニア様っ。いずれまた、近いうちに」


 そして最後に、ヒルダが。


「本日は……お、お招きありがとうございました」と、スカートの両端をちょこんと持ち上げて言う。


「いえいえ、こちらこそ。来てくれてありがとう」


「わたくしめは、ひ、人となるべく話すことなく、生きていくことを願って、おりました。で、ですが、こうして、明るくて広い場所で、み、みんなと、お話しするのは、初めてで、で、ですが、……楽しかったです」


 ヒルダがそういう性格なのは、もちろん知っていたので、この兄妹を招くときには、無理しないでと言伝してもらっていたのだけど。

 ゲームで見ているより、対人関係が一層苦手なように思えた。それでもどうやら、今日のところはいい結果になったみたいで、安心する。


「わ、わたくしめは、正直に申せば、ゆ、ユーフィニア様が……苦手でした。お、お、恐ろしくさえ、思っておりました」


「あ、うん、それは……仕方ないよ。私のせいだから」


 怖がらせてごめんね、と言おうとしたら。

 ヒルダがぱっと顔を上げた。かわいらしい面立ちが、髪の陰から出てあらわになる。


「で、ですが、今日、怖くなくなりました。ユーフィニア様のことを、わたくしめは、す、好きになりました。せ、成人しましたら、今度は、わたくしめがユーフィニア様をお招きいたします。こ、これからも、ご息災であられますよう……」


 そう言ってがばっと腰を折って、ヒルダは馬車に駆け戻り、間違えてミルノルドの馬車に乗りそうになって、慌てて自分の兄のもとへ走っていった。


 ほかの三人の姫も、それぞれに一礼して去っていく。


 ヒルダ以外の、三人のうちの誰かと。

 どうにかして、リルを結婚させる。

 それはもう決めたことだ。少なくとも、私が今のままここにいるよりは、誰もが幸せになれるのだから。

 みんないい子だった。優しくて、気持ちがよくて、仲良くなれたらきっと最高に楽しくて、そしてそんな風に暮らすことができなくはない場所に、私はいる。


 でも、聞けば聞くほどに、ユーフィニアの悪評はひどすぎる。

 姫たちから少しずつ漏れ聞こえたものなんてかわいいもので、私はこの数日パーティの準備でメイドのみんなとの距離が縮まるとともに、耳をふさぎたくなるようなユーフィニアの悪事をいくつも知った。

 ユーフィニアは、彼女たちが仕事とはいえ普通に尽くしてくれるのが、不思議なくらいの悪女だ。少なくとも私の力では、この評価は、広い大陸で直接会うこともないあまたの人々においては覆せない。


 離婚の決意を、鈍らせてはいけない。今がどんなに楽しくても。近しい人々がどんなに優しくても。自分さえ今から変わればいい、なんて希望に夢を見そうになっても。

 それは、私にだけ都合のいい幻想なのだから。


 パーティ会場は、すでに、メイドのみんなが片づけに入っていた。夕暮れが近い。

 リルから見えないように、私は、ついうるんでしまった目のあたりを、そっと袖で抑えた。


 決意は鈍らせない。

 でも、周りにいるみんながあまりにいい人たちで。

 私が、一人でも平気で生きていけるというのは、嘘かもしれなかった。



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