4
なんとか腰や筋肉痛が治って、金曜日。
「そ、壮観~!」
思わずそう声を漏らしてしまった私の前には、夢みたいな景色が広がっていた。
私が暮らしている別邸の広い庭は一面が芝生で、その上に、白い丸テーブルと椅子が並べられ、色とりどりの料理が並んでいる。メサイアとマティルダが、めいっぱい腕を振るってくれた。
……私も料理や設営には参加したんだけど、メイドのみんなの手際が良すぎて、邪魔でしかなかった気もする。
ともあれ、そのテーブルには、ハイグラのキャラ――それも攻略対象の王子たちがずらりと揃っていた。
中心国ミッドクラウンの、黄金の獅子こと、アーノルド・コルネホロセ。二十三歳、金髪碧眼のミディアムヘア。
最小国スモルヘンドを支える、ラビリオン・ハルピュイア。十九歳、黒髪黒目でストレートの長髪。
小国連合の知恵袋ソウソルの、ギネ・タルイタンス。二十四歳、エメラルド色の髪と瞳。
戦闘強国アグリアの、モーセロール・アンドロマイルダ。二十一歳、燃えるような赤い髪と目。
う、うわあああ、本物。イラストでもムービーでもなくて、本物が生きて動いている。談笑して、お茶を飲んでいる。
四人しかメインの攻略キャラがいないことで、最初はボリューム不足っていうユーザーの声が多かったんだけど、シナリオの充実と追加キャラでどんどん人気を広げていったのがハイグラだ。
そしてとにかく、絵がいい。顔がいい。四人揃うと圧巻だった。
王子は四人とも仲がいいので、彼らの会話を心穏やかに見つめていられるのもいいんだよね……特に、実はラビリオンは、リルに注目するまでは一番好きな王子だったので、ついつい目が吸い寄せられてしまって……
じゃない!
思わず見とれそうになって、ぶんぶんと首を横に振った。
浮かれていてはだめだ。今日の目的は、彼らを眺めて愛でることじゃないんだから。
私は、四人の王子の横に目をやった。
それぞれの妹たち、ブロンドのミルノルドが二十一歳、黒髪ロングのリビエラが十九歳(兄と双子だ)、緑のショートヘアのクライネが二十三歳、赤い髪のヒルダが十五歳。
この中の誰もが、リルと結婚すればお互いに幸せになれる。ただし、ヒルダ以外で。
ミルノルドは結構強気な性格で、最初は好き嫌いが分かれるけど、一度仲良くなると凄くいい子だ。
リビエラは兄に似て控えめなところがあるけど、芯が強くて、応援したくなる。
クライネは、図書王国と呼ばれて知者の多いソウソルの王族としては意外なほど、元気で気持ちいい。
ヒルダはリビエラに輪をかけておとなしい――というより内向的な性格で、炎のような鮮やかな髪の色とのギャップがある。兄のモーセロールが攻撃的な性格だから、彼とは正反対だった。
とりあえず、ミルノルドは中心国の姫だけあってそれなりに社交性があるから、いいとして。
できるだけリビエラとクライネと打ち解けて、リルとの橋渡しができるようになろう。
そして個人的な希望としては、あわよくば、ヒルダとも仲良くなりたい……プレイヤーの誰もがお姉さん気分になってかまってしまうくらいで、私も放っておけないんだ、あの子……!
リルはネールというアルコール度数の低いお酒を手に、四人の王子とおしゃべりしている。おかげで私のほうは、自然に妹たちをおもてなしできそうだった。
本当は、ここでリルとお姫様たちに仲良くなってもらうのが当初の目的だったのだけど、さすが仲良し同士の親族だけあって、四人の妹姫はすでにみんなリルとある程度の顔見知り。
ここで私があまり露骨に彼らの距離を近づけさせようとしたら、逆効果になりそうで、少し様子を見ることにした。
……そういえば、王子たちや妹姫たちの距離感はなんとなくゲームをやっていて見当がつくけど、私――ユーフィニアは彼ら彼女らとどの程度の仲なのかが、まだつかめていない。
王子たちとはさっき出迎えながら挨拶したけれど、妹姫たちとはまだちゃんと一人ずつ話していなかったので、順番に声をかけていく。
ちょっとだけ、ゲームのファンとしての感情が素直に出て、ハイテンション気味なのは許してもらいたい。
ええと、口調もなるべく、リルのお妃様っぽくしないとかな……
私は息を吸い込み、まずミルノルドに声をかけた。
「ようこそ、会えて嬉しいわ、ミルノルド!」
「ああ、ええ、お久し振りですね。どういう風の吹き回しか分かりませんが、お招きありがとうございますどうも」
「今日は来てくれてありがとう、リビエラ!」
「あっ……ユーフィニア様……こ、この度はお招きいただき、ありがとう……ございます……な、なにかご用ですか……?」
「なにか飲む、クライネ? よければ私がそこのテーブルから持って来ますわよ!」
「あっあっだっ大丈夫ですよッユーフィニア様! ユーフィニア様に飲み物なんてとってもらったら後が怖、いえ、えーとえーと! 大丈夫ですー!」
腰に両手をついたミルノルド以外の二人は、半歩下がって体を半身にした。
こ、この反応。
妹姫の四人はお互いに仲がいいはずなんだけど、私――ユーフィニアは完全に警戒されているらしい。
「あれ、ヒルダは……えっと……」
いくら庭が広くても、迷子になるとは思えないけれど。そう思ってくるりと首を巡らせると、ウツギに似た植え込み――十月なのに花が咲いているので、きっと正確には違う植物なのだろう――の横で、さっと身を隠す小柄なヒルダの体が見えた。
あ、挨拶さえままならない……。
現実世界では、自分で自分を社交的な人間だと思えたことは、今までなかったけれど……ここはもう、開き直ってしまおう。
「え、えーっと! みなさん、今まで私の問題行動でいろいろご迷惑をおかけしてきたかと思います! ごめんなさいっ! もうしませんので、仲良くしてほしいの! です!」
私はぺこりと頭を下げた。
三人の姫が絶句する。
ミルノルドが「なっ!? ユーフィニア様が、あ、頭を下げっ!?」とうめいた。
クライネは「て、天変地異の前触れですかっ!? 今日、大陸が終わりますかっ!?」と空をきょろきょろ見上げている。
ちなみに、雲一つない一面の晴天だった。
なおリビエラは、お化けでも見たかのように顔を青くして小さく震えているし、ヒルダに至ってはもう影も形も見えない。
クライネがおろおろと私のほうに歩み寄ってくる。
「と、とりあえず頭を上げてください。あたしたちはユーフィニア様の悪評……えーといろいろな噂は聞いてますけど、直接なにかされてきたわけじゃないですから、そんなことしないでいいんですっ」
けれど、ミルノルドがすっと間に入った。
「ふん。わらわは騙されないわよ。この人をかばったせいで、情け深いリルベオラス様がどんなに陰口を叩かれてきたか。婚約した時だってそうよ」
おお。ほかのキャラの口からリルのことを、それも誉め言葉を聞けるっていうのは、新鮮かも。
「わらわだって、リルベオラス様とは幼友達なのですから。あの方は幼少の頃より雄々しくて、文武両道で、なのに偉ぶるところがちっともなく、さぞかし素敵な奥様を迎えられることだと思って……なんですか、ユーフィニア様。そんなにきらきらした眼をなさって」
「はっ!? つ、つい、小さい頃のリルの話が聞けると思ったらっ!」
「……言っておきますが、わらわが素敵な奥様と申し上げたのは、ユーフィニア様のことではありませんからね」
「ミ、ミルノルド!」とリビエラが慌ててとりなそうとしてくる。
「あら、わらわは本当のことを口にしただけですわ。リルベオラス様は、容姿端麗、頭脳明晰で武術抜群。戦では猛々しくても、鎧を脱げば猫の子一匹粗末には扱わないお優しいお心。そんなお方が、いくら戦費のことがあるとはいえ、なぜあなたのようなさもしい女性と……」
今度はクライネが「ミルノルド、言い過ぎですよ!」とミルノルドの肩に手を置いた。
私は、一歩進み出た。
「いいんです、クライネ。ありがとう。……ミルノルド、本当にリルのことをよく想ってくれているのね」
「なっ……よ、よくなんて、それは申しましたように幼友達ですから!?」
ミルノルドが赤面する。……あれ?
この感じ、もしかして……。
「……ミルノルド。リルのこと、どう思ってる?」
「ど!? どうとは!? 不躾、不躾ですわユーフィニア様! わらわが、いくらただの幼友達とはいえ、すでに結婚された殿方のことをどうなどと!?」
「……私はただどう思ってるかを訊いただけで、結婚してるとか男性としてどうとかは訊いていないんだけど」
あと、幼友達って凄く強調してくるなとは思う。
「なっ! ゆ、誘導尋問をわらわに!? やはりあなたは、さもしいところがおありのようですわね! おのれ!」
あ、「おのれ」は、ゲーム内でのミルノルドの得意ゼリフだ。そんなところで、少しだけ嬉しくなってしまう。
とはいえそれはそれとして、すっかり興奮したミルノルドに、私は手を合わせて謝る。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! そういうつもりじゃなくて! ね、誤解なの、機嫌を直して、ね?」
まだふーふーと肩をいからせているミルノルドがソーダを取りに行ったので、彼女が落ち着くまで、私はその場を少し離れることにした。
でも、あの感じ……ミルノルドってリルのこと……?
これはもしかして、意外に早くことが進展するかも?
王子たちをちらりと見ると、こっちのことは気にせずにまた楽しく歓談している。
その横で、リビエラが植込みの近くに座り込んでいるのが見えた。私はそこに近づいて、声をかける。
「リビエラ、どうかした?」
「あっ? ユーフィニア様」ここで若干身を引かれた気がするけど、私が努めて笑顔を作ると、リビエラも気を取り直した。「……いえ、ただ、これが」
「うん、この草? 見覚えあるなあ……ミントかな」
日本人が作ったゲームだけあって、植物や動物は私でも見慣れたものが多い。
「ですよね? これを摘んで、お茶にできたりするんでしょうか」
「あ、ミントティってこと? ううん、どうかな……」
確かミントって繁殖力が強すぎる上に、野原にあるものは雑交配が進んでしまって、ハーブとしては使いづらいんだっけ。
でもそれは地球の話。ハイグラの世界でどうなのかは、やってみないと分からないよね。
「リビエラはこれ、お茶にしてみたい?」
「は、はい。実は私、そういう、お庭にあるものを使ってお茶やお菓子を作るっていうことに憧れがありまして。こ、子供っぽいって城のみんなには言われるんですけど」
「子供っぽくないよ、むしろ一生できる趣味じゃない。凄くいいと思うよ、やってみようよ、面白そう。マティルダ、あ、いたいた。空いてるティポットある? できればガラスとかで、透き通ってるのがいいな」
リビエラが「透き通ってる?」と首をかしげる。
「この、きれいなグリーンの葉っぱ、今日みたいに晴れた日に、お湯に入れたらきれいだと思うんだ」
現実世界でミントティの写真や動画を見ると、たいてい透明の茶器で入れていたのを思い出す。その緑色の鮮やかさも。
リビエラがぱあっと笑顔になった。そう、普段表情があまり変わらないこの子は、笑うととてもかわいい。




