最果て行き寝台特急13レ
一晩明け宿を出ると、街のいたるところに私の指名手配書が張られていた。私が調子に乗って名前を大声で言ってしまったせいだ。深夜テンションには気を付けなければ・・・
「アリシア、とりあえずこの町から離れるのは確定だとしてどこに逃げるつもりなんだ?」
「コマール辺境伯領よ。あそこは王国最後の領土として抵抗を続けているみたい。それに執務室の前を通った時、コマールの住民を皆殺しにするって聞こえたわ。あれがスタリーンの声かはわからないけど、少なくとも本気で焼け野原にするつもりみたいね」
「ということはあたしたちでそのコマールを助けに行くのね。それでコマールはどこかしら?」
昨夜拝借したヴィンセンヌ地図を広げ、右端にある山の中を指さした。現在いるスタリーングラードからはおよそ1000キロ以上離れた最果ての地だ。
「わぁー、す、すこし遠すぎませんか?これじゃ2週間もかかるんじゃ」
確かに従来の馬車ではそのくらいかかっただろう。しかし”共産主義者のおかげ”で技術が進んだためわずか30時間でいけると言う。そこで運輸通信省鉄道局と書かれた資料を鞄から取り出した。
「鉄道・・・?なんだそりゃ」
「レールって呼ばれる2本の鉄の棒の上を走る乗り物らしいわ。蒸気機関で動くみたいで馬車の数倍の速さで移動できるみたいよ」
「蒸気船の地上版みたいな感じか」
「そんな感じね。市内にいくつか駅があるらしいけど、どこからいけるかわからないからとりあえず一番大きな駅に向かいましょ」
市内を巡回している乗合馬車に乗り込み、駅前まで移動した。そのまま列車に・・・といいたいところだが、貧乏人くさい恰好では列車に乗せてくれないかもしれないので服屋に立ち寄った。華やかすぎず地味すぎず、それが今の流行のようだった。
スタリーングラード東駅。ここは主要路線のスタリーングラード=ラビーニュ線などが乗り入れる国内最大のターミナル駅である。巨大なドーム屋根におおわれた駅舎は圧巻だ。
「なあアリシア、どうやって乗るんだ?」
「確か切符というものを買って乗るらしいわ。近くに窓口があるはずだけど・・・」
駅の中をうろうろしているとようやく窓口を見つけた。列に並んでいると自分たちの順番が回ってきた。
「コマールに一番近い駅まででお願いしますわ」
「こ、コマールですか?えっと、現在紛争中で近づくのさえ困難だと思いますが考え直したほうが・・・」
考え直したほうがいい・・・ね。それができたら一番良かったんだけど。
「そこは心配ないわ。移動する手段は確保してるから」
「わかりました。一番近い駅ですとラビーニュになりますね。列車によって金額が変わりますがお急ぎでなければ一番安い準急列車をおすすめします」
いくつか列車があったが、今回は金が沢山あるので気にせず最速達便を選ぶことにした。
「今日中に発車してラビーニュに着く一番早い列車となりますと、今から2時間後に発車する第13列車ですね。4人一緒となりますと開放型のニ等寝台になりますがよろしいですか?」
4人で使える個室はないのね。別に開放型寝台でもいいけど、できるなら個室がいいわね。二部屋とれば問題ないでしょ。
「じゃあ一等個室を二部屋にして頂戴」
「い、いいんですね。ツインでラビーニュまで・・・一人あたり金貨6枚になります」
金貨6枚も!?いくらなんでも高すぎない?さすが一等寝台ね・・・
突然私と駅員の会話を見守ってたベルニスが加わってきた。
「そ、それって妥当な価格なのー?金貨6枚って年収の半分じゃん。ここって労働者の国なのにそんなに取るなんて優しくないね。それともやっぱり金持ちがいるわけ?」
ベルニスが文句を言うせいで駅員が困り果てていた。確かに高額ではあるけど一等車なんだから客層とかもあるしこれぐらい妥当じゃ・・・
「ベルニスちょっと静かにしてなさい。私の仲間が失礼したわ。ほら行くわよ」
切符を手に取りプラットホームに向かうと、既に列車が止まっていた。赤く塗られた車体にが止まっていた。初めて見る乗り物に全員大興奮していた。
「この列車、す、すごく長いです。どこまで続いているんでしょうか・・・」
「だったら先頭まで行けばいいんじゃない。時間はたっぷりあるんだし」
「い、いきましょう」
長ーいプラットフォームを進み、先頭につくと赤星がつけられた蒸気機関車があった。
「これが蒸気機関車ね。こんなに大きい鉄の塊が馬よりも早く動けるなんて想像もできないわ。蒸気機関を発明した人は本当に天才だわ」
「そ、そうですね。すごいです」
みんな感心するなか、ベルニスだけが憎むように機関車を見つめていた。
「確かに便利ではあるけどさー、科学が進化して魔法が廃れていくのは魔法使いの私としては悔しいばかりなんだけどーーー」
何を言ってんだか・・・
列車に乗り込み、切符に書かれた個室の前まで向かった。二部屋とったから、部屋割りを考えないといけない。
「いつも通りアリシアとエルマ、私とシャルロッテでいいんじゃなーい?」
「考えるのもめんどくさいし、それでいいわ。早く休みたいわ」
私は真っ先に個室に入り、ベッドで寝っ転がろうとしたがベッドはどこにもなかった。車掌に聞いてみると夕食後に座席からベットに転換するらしい。今転換することもできるが、夕食の時間を逃すかもしれないので後でいいと断った。
汽笛とともに第13列車はスタリーングラード東駅を発車した。終点ラビーニュまでは約15時間の長旅だ。
駅を発車するたびに街の規模が小さくなり、田園風景を抜けると列車は森の中へと進んでいった。車掌に呼ばれた。ディナーの時間だ。
個室を出るとそのまま食堂車に案内された。市中のレストランと変わらない豪華な内装だった。席に座ると本日のメニューを渡された。移動中にちゃんとしたコース料理が提供されるとは驚きだ。
「アリシアってほんと育ちがいーよね。行儀がよくねうらやましいよ」
「そ、そうですね。テーブルマナーなんてわからないから、アリシアがうらやましいです」
「そ、そう?みんなだって旅の最中何回も貴族や金持ち連中と会食とかしてたじゃない。その度に軽く教えた気がするんだけど、それで覚えられない?」
「無理無理、貴族の堅苦しい作法なんて庶民のあたしたちには覚えられないわ」
難しいって、覚えようとしてないだけじゃないの?それにシャルロッテはもともと司祭だから庶民とは違うような・・・
前菜にポタージュ、ポワソンと、どれも素晴らしいクオリティで私は満足していた。しばらくしてメインディッシュがやってきた。美しい鳩のロティだ。
「こ、これってもしかして鳩ですか・・・?」
「そうよ。鳩料理はヴィンセンヌでは高級料理よ。普段は食べられないから味わって食べるのよ」
「え、ええ・・・これが高級料理なんですか。僕はちょっと苦手・・・というかなんて言うか・・・」
エルマだけでなくみんな鳩を見て、手が止まっていた。
「そんなに苦手?みんな好き嫌いとかなかったんじゃないの?」
「だって見た目がまんま鳩じゃーん。むしろ喜んで食べてるアリシアがおかしいよ」
そ、そうかな?私がおかしいんじゃなくて、みんながなじみがないだけじゃない。そんなに抵抗感を覚えなくてもいいのに・・・
食事を楽しんでいると突如衝撃が走り、列車が急停止した。薄暗い森の中で停車したことで乗客はすぐに運転再開するだろうと落ち着いていたが、慌ててやってきた車掌の言葉で事態は急転した。
「お客様、落ち着いて聞いてください。ただいまこの列車はま、魔物に襲われています!」
レ・・・鉄道業界において列車を意味する記号。時刻表上で書かれている場合は、その駅を通過することを意味する。