新たな旅立ち
「二手に分かれて行動しましょ。私とエルマは商人ギルドに、ベルニスとシャルロッテは買い物ね。あとベルニスは絶対に銀行にいかないで、あなたはどの銀行にも出禁になってるから。私のお金まで凍結されたら困っちゃうわ」
「心配しなくても銀行は私の方からお断りだよー」
「あんたの顔は王都中に知られてるんだから、いかないじゃなくて近づけないんでしょ」
あーまた揉めてるよ。組み合わせ間違えたな・・・
「ふ、二人ともいってらっしゃい」
私達は商人ギルドに向かった。商店街がある区画と商人ギルドがある区画はさほど離れていない。区画には有名な大手商会や”ベルニスの嫌いな”銀行などが並んでいる。
王都の商人ギルドはこの大陸の中で一番大きいギルドだ。絶えず人が出入りし、次々に商談などをしていく。私みたいな人は冒険者は場違いだ。
私が建物にはいると一斉に注目が集まった。勇者の顔は商人たちの間でも知られているようだ。
「ア、アリシアみんなこっちを見てきます・・・ど、どうすればいいですか?」
「エルマ、相手にしたらだめよ。一度商人に関わったらなかなか離してくれないからね」
商人たちを無視しながら人混みをかきわけ、窓口の前にたどり着いた。待っていたのはなんとギルド長だった。
「これはこれは勇者様ではないですか。ここにいたら大変です。応接室に案内しますね」
階段を上がって応接室に入りようやく商人たちから逃げることができた。奴らはある意味魔物より厄介だ。
「勇者様お久しぶりです。まずは討伐おめでとうございます。次に前回はご期待に添えず申し訳ありません」
「ギルド長久しぶりね。そのことは忘れて結構よ。あのとき実績もないのに無理を言ったのは私だし」
前回私がここに来たときは国王に勇者に任命されたときだ。その時要求したものは馬車だったが、それすら貸してはくれなかった。商人は信頼と実績で人を見るのだ。
「寛大なお言葉、感謝します。それで本日の要件は?」
「今回の目的は船を借りること。それも大海原を越えて隣の大陸までいける船よ。あるでしょ。用意できるならいつでもいいわ」
「かしこまりました。最上級の船を用意いたします」
ギルド長は部屋を退室し確認しに行った。果たして何日後になるのやら。
「エルマ、あなたは3週間の航海耐えられる?」
「はぁい。大丈夫です。僕はこれでも戦士ですから。そ、それよりシャルロッテが心配です。船酔いもそうだけど、酔っ払って船から落ちるかも・・・」
あー、あの酔っぱらいは確かに危険だ。もし極寒の海にでも落ちたら助けるのがめんどうだ。向こうに着くまで酒は禁止しないと。
何分待たされるのか予想していたら、すぐに返ってきた。
「おまたせしました。確保できました。2日後に出港できるようです」
「あ、あの水とか食料とかは用意してますか」
「船に往復分の水と食料を積む予定ですが、保存食は味がよくないので別途用意するかはみなさまにお任せします」
買っても生物は3週間も持たないから保存食に頼るしかないわよね。はあ保存食ははっきり言って不味いから食べたくないわ。じゃあ釣り竿でも買って釣りでもしようかしら。
それよりもまずは代金を支払わないと。
「で肝心なのは金額ね。おいくらになるかしら」
「いえ支払いは結構です。勇者様への感謝と償いだと思ってください」
む、無料!?確かに今まで相手にされなかったとはいえそれは流石に気が引けるな。
「私だって社会の習慣ぐらいわかるわよ。取引には代償が伴う。だからちゃんと払うわよ」
「いえ代金は受け取れません」
ギルド長は頑なに代金を受け取ろうとはしなかった。貸しにはならないとは言ってるが・・・
「じゃあこうしましょ。ここには金貨500枚が入ってるわ。これを向こうの大陸の金貨に交換して。できない分は商人ギルドに寄付するわ」
袋から金貨100枚を抜き取り、残りを机の上に置いた。向こうに行ったら金貨を残していても使えないからだ。もっと交換したいところだが、金貨500枚でも大金すぎるからしょうがない。
実際一般家庭が一年間に使うのがせいぜい金貨10枚といったところだ。パーティーの4人の持ってる金貨を全部足すと2400枚あるわけだが、これは小国なら国家予算に匹敵する量だ。一括で交換すれば市場経済に影響を与えかねない・・・はずだ。私が勉強した限りでは・・・
これをくれた国王も大概だが。
「き、き、金貨500枚ですか!?そんな大金到底すぐには換金できませんよ。我々が持ってる金貨の数じゃ手数料を引いても100枚以上あまりますよ」
「だったらそちらで孤児たちに寄付でもしてなさっては。そんな心優しい商人がいるかは別ですけど」
「そこまで言うなら・・・わかりました。少々お時間をください。すぐに換金してまいりますので」
立ち上がると重たそうにギルドの職員とともに二人がかりで麻袋を持っていった。彼が換金している間に残った金貨100枚をエルマの持ってる麻袋に入れた。
「エルマ、これってそんなに重い?」
エルマに金貨700枚が入った麻袋を渡した。
「え、えっと、私達なら簡単に持てるけど、普通の人は簡単には持ち上げられない・・・と思います。けど鍛えた人なら一人でも持てる重さだと思います」
「ふーん、なるほどね。じゃあ単純にギルド長は力がないわけね。そんなに重く感じないのに・・・」
しばらくすると金貨を持って帰ってきた。さっき渡した金貨よりも少なく見えるが、いきなり言って同量で交換できるわけないので納得しよう。
「おまたせしました。こちらがヴィンセンヌ金貨380枚です。残りは勇者様の希望通り孤児院に寄付いたします」
「確かに確認したわ。これで契約成立ね。ありがとうギルド長」
書類にヴィンセンヌ王室と署名した。これで向こうについたとき簡単に入港できるようになる・・・はずだ。
また一階に降りると騒がれるので裏口から外に出させてもらった。ここからはベルニスとシャルロッテに合流しないといけない。この広い王都で一度別れたら再び会うのは至難の業だ。しかし私達にはテレパシーがある。これは私たち4人で覚えた能力だ。習得するのには1年以上かけたが、それだけの甲斐はあった。
「おーいベルニス、シャルロッテ、今どこにいる?まさかお酒を買ってないでしょうね」
「なな何いってるのよアリシア。あたしがお、お酒を買ってるわけな、ないでしょ・・・」
動揺しすぎでしょ。そういや今シャルロッテがお金を管理してるんだった・・・
あとで没収だな。
「アリシア〜、エルマ〜、こいつ私の金奪ってたんまりと酒を買ってたぞー。今広場の近くにいるから早くきてくれ~」
「ベルニスは黙ってなさい!」
お酒飲んでもいないのに口論しないでよ。全くあの二人は・・・
「エルマ、急いで行くよ」
「わかりました!」
幸い中央の広場は商人ギルドから離れていないのですぐにつくことができた。私達が2人を発見するとまだ口論をしていた。金を返せだの酒を飲ませろだの金好きと酒好きの醜い争いだ。呆れたものだ。これが英雄の真の姿だと知られたら失望されるだろうな・・・
「ベルニス、シャルロッテ、何してるんですか。アリシアが怒っちゃうますよ・・・あっ・・・ ・・」
「なーにーやってんのよー!お金と酒は没収よ!」
2人は返すよう懇願していたが私は容赦なく奪った。これがあるから揉めるんだ。私が管理しなくちゃね。
「はいはいみなさん聞いて下さい!ヴィンセンヌゆきの船の出港時間は2日後。それまでに必要なものをまとめる必要があるわ。じゃあ買い物に出かけましょう!」
3週間も船の上で過ごすのだ。退屈なので娯楽用のものを片っ端から買い集めた。武器とか装備は向こうでも買えるし最低限で十分だろう。
買い物をしていたらあっという間に夜になってしまった。翌日も買い物をしてようやく荷物をまとめることができたので、港町キースに向かった。馬車で二時間ぐらいの距離にある王国一大きな港町だ。
馬車に乗っていると海が見えてきた。青く澄んだ空。地平線の果てまで続く広大な海。美しい。
「船はあそこに停泊してるそうよ。私は買うものがあるからみんなは先に行ってて」
「遅れるんじゃないぞ、アリシア」
馬車を降りたあと別れ、埠頭から一番近い釣具店に向かった。
「この釣り座をお願いしますわ」
「はいかしこま・・・まて、あんたってまさかあの勇者か!?」
王都から近いからかこの2日の間で私の顔は知られ渡ったようだ。ここまで有名人になるとは思ってなかったな・・・
「あの私がここにいること黙っててくれます?今はその忙しいんで」
「ああわかった。黙っておくよ。でこれが所望の釣り竿だな。タダでって訳には行かないが国を救った勇者だ。少しはまけてやるよ」
「いいんですか?」
「かまわんよ」
優しい店主だ。釣具を1式揃えたので、私は船のある埠頭に向かった。
確かここが目的の埠頭よね。て何あれ!?
目の前には見たこともない黒塗りの巨大な船が停泊していた。おそらく王国で最近開発されたという最新型の蒸気船のようだ。
「何してたんだ、アリシア。みんな待ってたぞ」
「ごめんごめん」
私が乗船するとすぐに錨を上げ出港した。10年も住んで冒険をしてきたこの大陸ともお別れだ。
「メーナ王国、さようなら~!」