世紀の大強盗
ルーペ山山頂付近。ベルニス、エルマ、アリシアの三人は部隊に先行して密かに山登りを始めた。当然街道は使えないため、山道すらない完全なる山の斜面をよじ登り、頂上付近につくとじっくりと敵兵を観察した。
「アリシア、ど、どうしますか?捕らえるか、いっそのことこ、殺すとか・・・」
「・・・エルマ、何言ってんのよ。私はできれば流血沙汰は避けたいの。殺しなんてもっての外よ。一流の冒険者なら殺しなんてせずに生け捕りにしないとね」
二人が小屋に向かっているのが見えた。顔は見えないが、あれから人員が増えていなければ多分見たことのあるやつだろう。3、2、1とエルマと同時に後ろから思いっきり剣を頭に叩きつけ眠らせた。
「だ、大丈夫ですかこれ・・・血が流れてるような気が・・・・・」
「これくらい平気よ。兵士なんだから」
とは言ったものの確かにやな気はする。力加減はしたようだが、私と違いエルマは大剣使いであり、そこそこ力を入れないと振り回せないから結果こうなってしまう・・・
「まあほっておきましょ。別に戦争が始まったらこいつらはまっさきに死ぬ運命なんだから」
「わ、わかりました。いきましょう。ベルニスが待ってるはずです」
夜間だから大した数の歩哨はいなかった。次々に剣で殴りつけていき、ぱぱっと片付けた。
小屋の前にたどり着いた。足音で起きるかもしれないと思ったが、もともと外に歩哨がいるのだからそれぐらいで起きるはずがない・・・よね?
「ベルニス、催眠魔法ってあの小屋全体に掛けられる?」
「うーん、無理かな。あの魔法って視認しないと使えないし、今まで一人二人ぐらいしか同時にやってないでしょ?前来たときと同じ人数ならあと10人以上残っているはずだからそんな人数同時にできるかわかんないよ。あ、爆破ならできるよ!」
あーもうこの子はいつも爆破しようとするんだから。そんな無闇矢鱈に爆破したら敵に一瞬で見つかってしまうじゃないか。
「まいったわね。殺したほうが早いのはわかるけど、それだとなんか負けた気がするし、どうしたものかしら」
手元にある道具を見た。剣に携帯食料に手榴弾と催涙弾・・・催涙・・・・・催涙・・・?
「ちょっと思いついたことがあるわ。ベルニス、あの小屋の中に煙を充満させられる?」
「そのくらいよっゆーだよ!いっくよー!」
ベルニスの杖からなにか玉のようなものが小屋に飛んでいき、たちまち煙があがった。
「な、何事だ!?か、火事か?」
原因不明の煙に混乱し、慌てふためく声が聞こえてくる。逃げようと飛び出たやつを剣の柄でみぞおちを突き、そのまま小屋の中に入った。目がやられたのかでたらめに動くので、とにかく頭や腹を叩きまくり、気絶させたりして拘束していった。煙が晴れると残りは催涙魔法を使い眠らせて縄で縛りあげた。外で”眠っている"やつも小屋の中に引きずり込み、扉を魔法であかないようにした。
「シャルロッテ、こっちは片付けたわ。グレゴワールにも伝えてー」
「アリシア、了解したわ。1時間以内には到着できる見込みよ」
そこから一時間は小屋の中で赤軍兵士とともに過ごし始めた。最初に起き上がったやつは全員を起こそうと騒ぎたてたので口に布を詰め込み、また快適な空間を取り戻した。しばらくするとガタゴトと馬車の通る音が聞こえてきた。
「シャルロッテ、ちゃんと時間通りに来たわね」
「あたしは約束守るタイプだからね」
全員が集まったか確認するために再度整列し点呼を行った。点呼を終えたグレゴワール少将曰く完璧な状態で挑めるとのことだ。
「よし時間がないから手短に説明するわ。ここからは下山よ。まずはわたしたちが東の方に進み街道を外れる。次にシャルロッテが馬車で街道を移動して基地に移動してもらうわ」
ここまでは作戦会議でもいったとおりだ。
「シャルロッテが先に基地についていること。これが作戦の大前提よ。私とシャルロッテはテレパシーが使えるから、森の中で連絡が取れたら線路沿いの方まで移動するわ」
全体を見渡したあと、グレゴワール少将に向かって言った。
「あと誰か二人はここに残って捕虜の監視をしといて。呼べるなら中腹にいる警備隊に応援を要請してもいいわ」
適当に二人を選び、居残り組が決まった。時間も惜しいのですぐに移動を開始した。グレゴワール少将に続いて部隊が離れていくなか、最後にシャルロッテのところに行った。
「シャルロッテ、もし正体がバレたとかなにか問題が起きたらすぐに連絡して。必ず駆けつけるから」
「大丈夫よアリシア。連中はあれだけチェキストを恐れているんだから、あたしの正体がバレるはずがないわ。基地の中で待ってるから、敵に見つからないよう気をつけるんだぞ」
「ええ、もちろんよ。じゃあまた」
シャルロッテ、あと居残り組と別れ、私達は山を下っていった。
山道は曲がりなりにも整備されていた旧街道よりも更にひどい状態だった。革命後からなのか、それより前からなのか人が通った痕跡がまったくなく、獣道のような有り様だった。
「たいちょー、本当にこんな場所通るんですか?」
「ああ、そうだが。なにか文句でも?」
グレゴワール少将が顔を私の方に向けると文句はたちまち消えた・・・というより弾圧された。
草木をかき分けながら山道を下っていくと、あたりは鬱蒼とした森になった。どうやらルーペ峠を越えられたようだ。しばらくすると不自然に光り輝く場所があった。
「基地が見えたわね。線路沿いに行くにはここからぐるっと迂回する必要があるわね。警戒網を乱せばもっと短縮できるかな。ベルニス、多少の被害は目を瞑るわ。だから派手にやってちょうだい」
「待ってました!好きなだけうっていいってことだよね?アリシアって本当に神みたい。あー何発放とうかな~」
相変わらず狂ってる爆発魔だこと。制限無しでやらせたら一体どんな爆発を起こすのか。いつもはいい迷惑だけど、まあ今回はそれに助けられるんだけどね。
森の中で潜み、待つこと10分、西側で大爆発が起きた。中心地は焦土になり、爆風で木がまで吹き飛ぶほどの威力だ。あまりの爆音にとっさに耳を塞いだが、まったく効果がなく視界がクラクラし始めた。
「派手にやれって言ったけどこれはいくらなんでもやりすぎよ。あーもう、頭がいたいわ。エルマ、大丈夫?
「だ、大丈夫です。ちょっと耳が痛いけど、それくらいなので・・・」
他のやつがどうしてるか見てると、みんな耳を押さえるなどしていた。この距離でこれなら基地の近くにいた人はどうなっているのやら・・・
「ほら、みんなしっかりして!休んでいる暇はないわよ。早く移動するわよ」
線路の上を歩き、やすやすと基地に侵入した。線路脇には警備塔があるが、どの警備等にも人の姿が見当たらない。警備を放っておいてまでどこに行ったのか。おそらくベルニスのところなんだろうが・・・・・これが赤軍の練度ということか。
基地の中はがらんとしていてむしろ不気味な雰囲気がした。時々人と出くわすことが有るが、発狂しているか私達を気に掛ける様子はなかった。ベルニスの魔法があまりにも強烈だったため、基地内に騎士がいる現実を受け入れられずただの幻覚だと思っているようだ。
「ちょ、ちょっといくらなんでも様子がおおおかしくないですか?ぼ、僕達のことを気にしないなんて。ベルニスは爆発魔法以外になにをしたんですか・・・?」
「知らないわよ。また禁術でも使ったんじゃない?ベルニス最近大規模魔法使えてなくてストレス溜まってたから、今発散してるんでしょ」
武器庫に向かうため倉庫群の中を移動していると、倉庫脇に1台の馬車が止まっているのが見えた。
「待っていたわアリシア、エルマ。本当にベルニスは派手にやってくれたわね。お陰で基地内の全員がイカれてしまったわ。まああたしは平気だけど。ところで怪我人はいない?いたら治療するけど」
「多分いないと思うわ。いたとしても作戦続行に問題はないわ。それより奴らが正気に戻る前に武器を回収するわよ」
さっさと移動し、巨大な倉庫の前についた。地図があっていればここが武器庫のはずだ。やつは厳重に警備がされていると言っていたが、実際はたった一つの南京錠が鍵に取り付けられているだけだった。
「こんな鍵で厳重に管理しているって言ってるわけ?本当に笑わせてくれるわね。はあ!」
勢いよく剣を振り下ろすと、紙を切るかのようにきれいに鍵は真っ二つになった。扉を開け、明かりを灯すと中には想像を絶する光景が広がっていた。
「わあ、すごい。想像以上の数の銃ね。この基地の駐屯兵より多いんじゃない?」
「そ、そうですね。この量なら全員分銃を用意できるかも・・・」
馬車を武器庫の入口に横付けし、幌を取り外した。
「お前ら片っ端から荷台に積むんだ。根こそぎ回収するぞ!」
グレゴワール少将の掛け声で作業が開始した手榴弾と。手当たり次第に銃と弾を取り荷台に投げ入れる。だいたい200丁ぐらい積んだ段階で馬車が軋み始めた。
「アリシア、これ以上は限界よ。荷物を選別するか、別の運搬方法を考えないと」
「じゃあ他にも馬車がないか探してくるわ。なければ最悪直接持って帰るわ」
馬車を探していると正門近くに何台かおいてあるのを見つけた。何人か連れてきて馬車を武器庫前まで移動させていると、なにか慌てている赤軍兵が見えた。奴らは正気を取り戻し始めたようだ。
「まずいわ敵が正気を取り戻したわよ。もっと急いで積んで!」
効率を考えて奥にある銃から順番にリレー方式で渡していき、最後に手榴弾が入った箱を運ぼうとしたとき、敵がやってきてしまった。
「お、おいお前ら何をやってんだ」
「なにってあんたらの武器をもらいにきただけよ。あなたたちの財産ってすべて国のものなんでしょ。ならそれって私のものにならない?」
これ以上話している暇もないのでぱぱっと拘束し、柱にくくりつけた。
「みんな作業終了よ。私とベルニスで敵を引き寄せとくからその間に急いで脱出して」
「ぼ、僕はどうすればいいですか?」
「エルマはグレゴワール少将といっしょに脱出して。彼らの護衛だと思って。まあ騎士を護衛するってちょっとおかしな話かもしれないけどね」
馬車を急いで動かし脱出しようとした。しかし正門から堂々と出れるはずがない。次々に敵が集まってくるので、箱から催涙弾を取り出してポイポイポイと何個も投げつけた。煙で一時的に視界を奪ったが、どうせすぐに攻撃できるようになるだろう。その前に対処するには・・・致し方ない、殺しを解禁しよう。
「能力発動、時間停止」
世界は停止した。音は消え、風は止まり、空気すらも吸えなくなる。能力の持続可能時間は1分。稲妻の如く駆け抜け、ひたすら敵を剣で切り裂いていく。追い打ちとばかりに手榴弾を落とし、また別の敵を切り裂いていく。再び世界が動き出したとき、地獄が始まった。
「お、俺の足が、足が!」
「お、おいお前どうしたんだよ。しっかりしろよ」
爆発音と共に無数の悲鳴があがった。剣で斬られたやつ、手榴弾の衝撃をもろに受けたやつは即死したが、運良く生き残れたやつの中に無傷は誰一人いなかった。手が、あるいは腕もろとも、腹に穴が空いたやつや足が吹きとんだものもいた。あまりの苦痛に自ら自殺を図るものもいた。これならある意味死んだほうがましということだ。
「な、何事だ!?」
「グレゴワール少将、気にせずに早く脱出してください。説明は後でしますから。ほら急いで」
車列をとっとと基地の中から追い払い私は陽動のために機関車のところに向かった。邪魔な敵をどんどん排除しながら基地内の線路を辿っていくと、基地を出る方向で機関車が止まっているのを見つけた。空の貨車が繋がれた状態であたりを見渡してみたが誰もいなかった。おそらく逃げ出したのだろう。機関車に登り焚口を開けて見てみると、まだ火が入っていることに気づいた。
えっとこれが機関車の焚口か。手榴弾一個で爆発するかな。いいや二個入れちゃえ。
手榴弾のピンを二個同時に抜き取り、焚口に投げ入れた。するとたちまちピーという音がなり、音程が急速に上がっていった。
「ま、まずい、入れすぎたわ!」
二個の手榴弾はボイラー室に溜まったガスに引火し、たちまち壊滅的な被害を引き起こした。機関車は原型をとどめないほどに破壊され、後ろに繋がれていた貨車はすべて脱線した。
「アリシア、いい今の音ってなんですか?」
「心配しないで。予定通り機関車を爆破しただけよ。あの音は想定より被害が大きくなっただけ。それより脱出できた?全員無事?」
「は、はい。こっちは無事です。どうやら敵をまけたようです。ベルニスと合流できたので早くアリシアも合流してください」
「ええ、そうするわ」
あちこちに死体が転がり、負傷者も救助されず放置されていた。各地で爆発音が聞こえたことで、敵は我々がどこにいるか認識できず慌てふためいていた。厩舎から速そうな馬を奪い取り、そのまま基地を抜け出した。
夜の街道を駆け抜け、闇夜の中に光るなにかが見えた。味方の車列だ。
「みんな~無事だったー?」
「全員無事です。ぶ、武器も全部この通りに・・・」
エルマが武器を見せたことで、無事に基地からすべての武器を奪えたとわかった。グレゴワール少将から他の人の様子を聞いてみると、全員たいした怪我なく脱出できたようで私はようやく安心した。
そこからはゆっくりと移動し、峠のてっぺんで待機していた味方と合流したあとそのままコマールに戻ってきた。
はあ、はあ、ようやくかえってこれたわ。
あまりの疲れに倒れそうになったが、私は台の上にあがってライフル銃を掲げた。
「みんな、作戦は成功、大成功よ!」