"強化尋問"
「エルマ、鍵持ってきた?」
「は、はい。持ってきました。これですよね」
渡されたのは輪に繋がったいくつもの鍵だ。これらの鍵がどこで使われるかと言うと、騎士団本部の地下牢だ。
「エルマ、休んでいていいわよ。地下牢には私一人でいくから」
「え、僕ぜんぜん疲れてないですしそれに仕事もないから・・・」
ついてくると言うので立ち止まり、エルマの方を振り向いた。
「エルマ、ついてこないことを進めるわ。これからやることはとてもじゃないけど見たいものじゃないし、エルマは”そういうの”苦手でしょ。命令じゃないから我慢できるって言うならついてきてもいいけど」
すると彼女はなにをするか察したようで、怯えた表情をしながら首を振って廊下を反対方向に進んでいった。
地下牢に向かうため階段を下っているとシャルロッテに出くわした。手には分厚い本を持ちなにかを唱えていた。
「シャルロッテ、その本なに?」
どんな本か聞いてみると、直接本を渡してきた。教会のシンボルが描かれているということは宗教書だろうか。開いてみると中には教義と教団への批判がびっしり書かれていた。
「この本は教会の改革派、ユーグ派というらしいわ。その派閥の教えがまとめられた本よ。読んでいけばわかるけど私の名前が載っていたのよ。ほらこのページ開いてみて」
言われた通りページを開いてみると本当にシャルロッテの名前が書かれていた。
「初めて立ち上がった偉大な抵抗者ですって。これほど嬉しいことはないわ」
「そ、そう。それは良かったわね」
「ユーグ派は私のことを司祭として受け入れてくれるようよ。今更老人会(正統派)と寄りを戻す気なんてないし、この機会だからユーグ派に改宗しようかしら。きっと多くの信者を集められるわ」
「コマールに新しく教会でも建てるつもり?」
「それも悪くないわね」
シャルロッテは壮大な夢を描き始めていた。宗教家なら誰でも目指すことなのだろうか・・・?
「はあ夢を描くのはいいけど、実現はあとにしてよね。今はそんな状況じゃないし・・・私はもう行くわ。じゃあね」
階段を下り続けていると地下牢に続く扉にたどり着いた。鉄でできた頑丈な扉で私の力ではびくともしないだろう。鍵を差し込み、中に入ると騎士が二人見張りをしていた。
「もう交代の時間か・・・あ、アリシア王女殿下!?こここ、こんな場所になんのようでしょうか」
私の姿を見るやいなや極度の緊張状態に陥った。冷や汗を流しながら私の様子を伺っているようだ。処罰されるとでも思っているのだろか。
「なにをそんなにこわばってんのよ。落ち着きなさい。私はただあの男に話があってきただけよ
「そうでしたか。ですけどあの男、何も話そうとしませんよ。正直に言いますと尋問しても無駄かと思いますが」
呆れた・・・・・何一つ情報を聞き出せないって一体どんな尋問をしてるのよ。素人の集まりじゃないんだからしっかりしてほしいわ。これなら私のほうがまだうまく尋問できるわね・・・
「あなた達に変わって情報を聞き出すから、話が終わるまであなたたちは出ていってもらえるかしら」
「りょ。了解しました。なにかあったら呼んでください」
騎士たちが出ていくと重い扉を閉め、一つの牢屋を目指した。中にいるのはあの”捕虜”だ。
「ごきげんよう、同志チェキスト」
薄暗く水が滴る狭い空間に男はいた。立派な制服から一転してみすぼらしい格好をしているが、まだ顔色はいいようだ。
「何が同志だ。おちょくってんのか俺を」
「それはあなたの想像におまかせするわ。このままだと武器がどこに保管されてたか知ってるかしら」
「ふん、教えるもんか」
「この前は命乞いをしていたくせに急に威勢がよくなったわね。そんな格好をして寒いでしょう。今はまだ平気でしょうけど、このままでは獄中で凍え死ぬわよ。それが嫌ならおとなしく話すべきよ」
国家保安委員会は拷問のプロフェッショナルであり、精神攻撃はもちろん、比較的楽な鞭打ちから水責め、地獄のような引き伸ばしまで情報を吐かせるためならなんでも実行するそうだ。それだけでなく各種拷問にも耐える訓練もしている、というのが噂だ。
「拷問をしたって無駄だぞ。俺だって一応は国家保安委員会の端くれだ。当然訓練を受けてるに決まってるだろ。ペッ」
今なにをした・・・?まさか私に対して唾を吐いたの・・・・・?・・・この醜悪で卑劣な共産主義者が!
この愚鈍の極みである理想主義の塊はなんと王女である私に向かって唾を吐き捨てた。信じがたいほどの侮辱であり、到底許される行為ではない。
「王族に対してなんという無礼を。これは不敬罪確定だわ。どうしてくれようかしら」
どんな苦痛を与えてやろうと思ったが、もはや物理的な拷問では飽きたら無い。精神そのものを狂わせてやる。
「ベルニス、こっちに来てこの愚か者を拷問して」
ベルニスが杖を持って降りてきた。杖を回しながらふんふんふんと鼻歌を歌い、これまでにないほど邪悪な顔をしている。
「こいつを拷問すればいいの?どんな魔法を使うー?」
「ベルニスの好きにしていいわ。ただし廃人にしないこと。殺すなんてもってのほかだからね」
「私の好きにしていいの?やったーーー」
大はしゃぎで檻の中に入っていった。これから拷問をするというのに満面の笑みができるとは。本当に不安しかない・・・
「魔法使いか。けどなあなにをするか聞いてもいいか?」
「拷問相手にそれ聞くー?でもなにされるか気になるよねー。だから教えてあげる。禁忌魔法インペリアム・ガイスト・・・って言ってもわかんないか、あはっ」
「き、禁術だと。俺でもさすがに知ってるぞ、人類に多大な影響を与えるから使用禁止な魔法のはず・・・」
「うーん、さすが公務員さん。お勉強だけはできるんだねー、よく知ってるじゃん。まあ、実技の方はどうかな」
そう言うと、ベルニスは杖をチェキストの頭に乗せてなにか呪文を唱えた。
そして顔を狂気的に歪ませて“お楽しみ”を始めた。
「一応拷問?だからちょっとずつ質問してこっかな。同志さん?だっけ、誰か大切な人はいる?」
「お前に答えることなどないと言っただろ。バカか」
「あー、いや答えなくていいよ。そういうことじゃないから」
ベルニスは右目を閉じ独り言を言い始める。何が起こっているかは全く分からないが、何か悩んでいるように見えた。
「さすがの私もちょっと心が痛むな。まあいっか、気にしないどこ」
「は?何を言って・・・っ!?アリーヌ、それにアダン!?き、きさま妻と息子に何を、っ!?」
「あはっあはははっ。もう私には見えてないから心がどうとかはどうでもいいや。結構リアルだと思うなー」
「ねえベルニス、何をしたの?」
急にチェキストが頭を抱えて苦しみ出したのを見て、思わず訪ねる。彼の形相は、もうほとんど原型を留めていない。
「あー、この魔法はね、相手が考えた風景を見て、その風景を自分の思い通りに変えれるってやつなんだよ。最も、相手がその風景に強い感情を抱いてないと成立しないけどね」
「そう・・・・・それで、何を見せているの?」
「彼の家族が私の考えうる限り残虐な殺し方で家族を殺す映像のループだね。流石に子どもを殺すイメージは気分良くないなー」
気分が良くない、その言葉とは対照に彼女の顔は狂気的な笑みに染まったままだった。多分、ベルニスの過去を考えるとこれは本心だろう。でも、目の前の敵の姿を見る快感がその罪悪感よりも圧倒的に強いのだ。
「このくらいでいいか、どう?気分は」
「こ、この程度では吐かん・・・うう・・・・・」
「そっかそっかー、辛いなー。私もこんなことしたくないのになー」
心底楽しそうに真反対のことを語る。もう私も見てるのがキツくなってきた。
「これ以上か・・・あそうだ、同志さん?今まで会った中で一番嫌いな人は?」
「答える、ことは、ない」
「だからそういうことじゃないって、えいっ」
「や、やめろ・・やめろぉぉぉぉ!!」
今度は泣き叫んで暴れようとしだした。無論、拘束しているのでそれは全て無駄と化す。
「どう?まだ話さない?」
「・・・・・言わん」
「えーーーー、ほんとに?困るなー、結構加減してあげてたのになー」
ベルニスの顔がよりいっそう楽しいものに変わり、それに比例してチェキストの顔は生気を失っていく。思ったよりこいつは根性があったらしい。もう顔は涙まみれで、口もだらんとしており、目が斜視のようにバラバラの方向を向いている。それでも尚話さないなんて、ベルニスが好きそうなやつだ。
「最後は・・・同志さん、今思いつく限り一番の幸せって何?」
「・・・・・ここ、から、出られる、こと」
「あーそうだよね。それは私が約束してあげるよ。そしたら何がしたい?私結構何でも叶えてあげるよ」
「・・・かぞくと、こきょうに、かえりたい・・・・・」
全てを聞き終えると、ベルニスは信じられないくらい穏やかな顔つきになり、さっきまでの形相が嘘みたいに微笑んだ。
「うん、わかった。よくわかった」
「ほん、とう、か?なら・・・」
「じゃ、バイバイ」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっあっあっあっあっぁぁぁぁぁぁ」
「あっはははははははははははっ」
彼は泡を吹き始め気絶してしまった。このままでは本当に死んでしまうので、慌ててベルニスの杖を取り上げた。
「やりすぎよ、ベルニス!廃人にするなって言ったのにどうしてくれるのよ。シャルロッテ、聞いてるなら大至急来てくれる?急患がいるわ」
シャルロッテを呼ぶと、ものの数分で現れた。手には経典を持ち、更には医療道具も持ってきたようだ。
「あらあらあら、派手にやってくれたわね、ベルニス。これほどの精神攻撃、言葉を話せるようになるにも時間がかかるわ。あたしがいなかったどうするつもりだったのよ・・・」
文句を言いながらも男の治療を始めた。拘束をといて地面に寝かせ、治癒魔法を掛け始めた。泡を拭き取り温かい毛布を被せ少量の水を与えると、意識が回復したようだった。
「調子はどうかしら」
「いいわけないだろ。でもマシにはなったな
「治療をやめてまた元通りにしてもいいけど」
「ああああああ、やめろ、やめてくれ!話す、話すから!なんでも話すからあの禁術だけはやめてくれ!」
途端に彼はその場に泣き崩れた。シャルロッテの足にすがり、必死に懇願していた。禁術を使わないでくれと。これにはさすがの私でも同情せざるを得ない。
「はあ。しょうがないわね。可愛そうだしもうあの禁術は使わせないわ。それでさっきの質問覚えているかしら」
「覚えてる、覚えているとも。武器がどこにあるかだろ?ぶぶ武器の大半は・・・ルーペ峠の麓の宿場町を東に進んだところにある東ルーペ駐屯地にある。するために毎週のように列車を使って兵員といっしょに各地から輸送されてくるんだ!」
ほう、あの簡易的な拠点じゃなくてちゃんとした軍事基地があるのか。それも線路まであると。東ルーペ駐屯地、果たしてどんな場所なのか。攻略しがいがありそうだ。
「わかったわ。これで尋問は終了よ。特別に医務室に送ってあげる」
散々な尋問だった。まさかベルニスがあそこまで狂気的になるとは。次回からはかかわらせないようにしないと。
今聞いた情報をもとに資料を整理しようと図書館に向かっていると、団長に出くわした。ちょうど伝えることがあったのでいいタイミングだ。
「ちょっといいかしら」
「アリシア殿下、なんのようでしょうか」
「マクロン団長、いえ次期参謀総長。明日朝一に会議を開くわよ。あと精鋭部隊も招集して本部に待機させといて。組織改革が終わったら作戦会議を行うわ」