さらばヴィンセンヌ最後の騎士団よ
翌日、コマール騎士団本部に予定通り各部隊長、副団長、団長が集合した。半甲冑に背中に差してあるサーベル、腰に備わった二丁の拳銃と、私たちの知る典型的な騎士とは大違いな装備をしていた。改革派で有名なコマールなだけあって予想通り近代化されているようだ。
「ベルナール・マクロン、コマール騎士団長であります。お会いできて光栄であります、王女殿下!」
集まった騎士たちは一斉にひざまずき、忠誠を誓った。事前に連絡をしてもらったおかげで誰一人として驚くものはいなかった。これでようやく悪夢のような説明から解放される・・・
頭を上げさせ私は会議室の一番奥にある席に座った。普段議長席は団長か辺境伯が座るはずの席だが、今回は私が座ることになっている。つまりこの中では立場が一番上ということだ。
「それでは会議を始めましょう。みなさんはじめまして。わたくしの名前はアリシア・ド・ヴィンセンヌよ。今回あなたたちを集めた理由はたった一つ、戦争の準備を始めるためよ。ヴィンセンヌ連邦軍、今後は赤軍と呼ぶわ。宝珠放送を見た人ならわかるかもしれないけど、近々赤軍はコマールに対して軍事侵攻を開始する予定よ」
多くの騎士が頷いた。周知の事実のようだ。これなら話が早い。
「赤軍はそんじょそこらの軍隊とは全く違うわ。あなたたちも何回か対峙したことがあるでしょうから、それぐらいわかっているわよね。」
「もちろんであります!」
「よろしい。奴らと対抗するためには王国時代の古い価値観を捨て、奴らと同等かそれ以上の”軍隊”に仕立てる必要があるわ。そのためには抜本的な改革が必要ね。マクロン団長ちょっと来てちょうだい」
騎士団長を私のところに呼び寄せた。
「まずその鎧、軽量化して動きやすくしてるだろうけどそもそも無駄だから脱いで頂戴。あとそのサーベルで戦おうなんて考えは捨てなさい。その豆鉄砲は・・・まあないよりはマシでしょう」
今までの装備を捨てるような要求に彼らは驚いていた。ただでさえ今までの常識であったプレートアーマーをやめ、なんとか半甲冑に移行したばっかりだというのに更なる変革には抵抗があるようだ。
「そ、そんなことして本当に大丈夫なのでしょうか。攻撃されたらどうやって防げばいいのか。それにサーベルをやめてどんな武器を使えというのですか」
「見せてあげるわ。エルマ、例のブツ持ってきてちょうだい」
「は、はい!」
私が呼ぶとエルマは会議室に一丁の銃を持ってきた。峠で赤軍に遭遇した時どさくさに紛れて鹵獲した最新型のライフル銃だ。
「これはライフル銃よ。従来のマスケット銃だとぜんぜん弾が当たらないし、装填に手間と時間がかかると話にならないけど、こいつなら半分の時間で装填できて命中率はなんと倍以上あるわ」
言葉だけではいまいちイメージしにくいだろうから、実際に銃を持ち上げ話しながら装填するところを実演した。レバーを引き、弾を一発ずつ込める。そしてレバーを戻す。たったこれだけで装填が完了するのだ。複雑な手順がないため私のような素人でも簡単に扱えるというわけだ。
「す、すごい。確かにこれがあれば剣なんていらないな。威力も上がっているだろうから鎧がいらないという考えも納得だ。しかし赤軍はこれを標準装備にしているわけか・・・」
会議室にいる人に順番に渡していくと、全員がこのライフル銃を隅々まで興味深く見つめていた。銃が一巡したとき、誰かが手を挙げた。この中では一番若そうな男だ。
「し、質問があります。アリシア王女は鎧を来ていますが、その王女殿下はそのままでよろしいんですか?」
正しい指摘だ。大半の人は部下に変えろと命令したのに上司がそのままでは不公平で納得できない。納得させるにはそれ相応の説明が必要だ。
「私は例外よ。今着てる鎧は特別なもので、着用すると自動で強化魔法がかかるようになっているのよ。だから鎧を着ていないときと同じ感覚で機敏に動くことができるわ。それにこの剣だって特別な魔法が込められてるのよ。やろうと思えば人間なら10人以上同時に切り裂くこともできるわ。もともと対魔王用に作られたものだからね。それができるって言うなら変えなくてもいいけど」
ただ疑問を投げかけただけのはずが、圧倒的な性能差があると知ってしまい黙り込んでしまった。誰もが規格外の強さに言葉が出ない中、一人が魔王という言葉に反応した。
「あの、先程対魔王用とおっしゃっていましたが、それはどういうことでしょうか」
「あら言ってなかったかしら。私がなぜ鎧を着ていて剣を持っているのか。決して騎士ごっこをするためではないわ。私がヴィンセンヌを追放になったあとなにをしていたか。それは冒険者よ」
「ぼ、冒険者ですか?」
「ええ。話が長くなるから間は端折るけど、とりあえず簡素に説明すると勇者に選ばれて魔王軍を倒した。それが空白の10年間の事実よ。疑問に思うならエルマにでも聞いてみて」
「す、すべて事実です。僕も仲間として居ましたし。あとアリシアはその剣で最後直接魔王を討ち倒したんですよ」
わざわざ王女が嘘をつくはずがない。つまりこれは事実ということだ。騎士たちはまさかお姫様が勇者になっているとは思ってもいなかったようで、なんとか事実を受け入れようとしていた。そしてこれ以上驚かせないでくれと言わんばかりに。
「こほん、議題を進めましょ。赤軍と対抗するなら戦術だけでなく根本的に組織を改編する必要があるわ。騎士団って名前古臭い・・・わけじゃないけど名前を変えましょ。奴らは世界の最先端国家だと思ってる節があるから、このままじゃ野蛮人の集まりだと思われるわ」
するとコマール辺境伯が手を挙げた。
「アリシア、どう再編するつもりなんだ」
「まず一旦このコマール騎士団を解散し、私直轄の軍隊に再編するわ。もともとあった禁軍とにているけど、ちがうのは王と軍の間に省を設置するところね。まあ官僚なんていないからしばらくは名ばかりの省になるでしょうけど」
もう驚かないぞと決めていた騎士たちだったが、流石にこれには驚かざるを得なかった。それよりも勝手に解散を決めたことで怒る者も現れた。少しは話を聞いてくれよ・・・
「おいおいおいアリシアよ、そんな話聞いてないぞ。私の騎士団を解散するだって?そんなことを勝手に決めないでくれ!」
辺境伯に続いて団長が、続いて副団長が、そして最後に残りの全員が立ち上がり、抗議を始めた。猛反発を食らったが、それでも諦めることはしない。場を鎮めるため立ち上がって剣を抜き取ると一気に静かになった。
「なにか文句があるかしら。確かにあなたたちコマール騎士団には伝統があるんでしょう。しかし時代は変わったのよ。はっきり言わせてもらうわ。騎士団は時代遅れよ!」
水を一口含んで席についた。周りを観察してみたが、誰もが頭を抱えていた。この短期間で考えが変わってくれることを祈るしかない。
考える時間を与えるため10分間の休憩時間をとった。その間にエルマにある場所の鍵を取らせに行った。
「会議を再開するわ。さっき私が提案した案を採択するか多数決で決めましょ。コマール騎士団の解散及び王立陸軍への再編に賛成の方は手を挙げて」
しばらく賛成者が出なかったが、一人が手を挙げると次々と手が挙がっていき、最終的に全員が手を挙げた。赤軍に対抗するためなら致し方ないと思ったのか、あるいは単純に王女殿下には逆らえないと思ったのかはわからないが、全員が賛成してくれてほっと胸を撫で下ろした。
「賛成多数によりこの案は採択されたわ。早速だけど明日からコマール騎士団は王立陸軍に再編するわ。大臣とか人事はそちらで決めてちょうだい。ではこれで会議を終了するわ」
次の目的を果たすためライフル銃を手に会議室を退室した。
「ヴィンセンヌ王国万歳!アリシア王女殿下万歳!」