閑話2 レノー元帥の苦難
同志書記長ことヨセフ・スタリーンによる演説の翌日。共産党直轄の軍事組織である国防人民委員部は、実務上のトップである参謀総長へ直々に通達をした。コマールを攻撃せよと。
しかし連邦軍にはそんな余力は残されていなかった。各地の防衛組織、治安組織の編入に失敗したからだ。貧乏な農村出身の新兵ばかりで構成された連邦軍には組織だった軍事行動を行う余裕はなく、さらに魔物の討伐という目下の目標を達成しなければいけない状況で捻出できる兵力はゼロだ。
それでも党の命令に歯向かうことは出来ない。拒否はもちろん、「できません」と報告するだけでも国家保安委員会に連行される可能性があるため、不可能とわかっていても実行せざるを得ないのだ。そのため連邦軍参謀本部は何がなんでも実行しようとした結果、処理能力の限界を超え完全に混乱状態に陥っていた。
「西部軍管区から魔物討伐の応援要請です!」
「そんなのは後回しにしろ!それより限界まで兵を捻出するんだ!」
「誰か南部軍管区の徴兵状況の資料を持ってないか?」
書類が飛び交う参謀本部の中にひときわ疲弊した男がいた。その男は執務室で資料と戦っていた・・・
「ふざけるんじゃない!何が軍事攻撃だ。コマールの住民は我々の同胞じゃないか!それに8年も制圧できてないというがな、まだ8年しか経っていないんだぞ。これだけ既存の組織を破壊し尽くしたというのに、できている方がおかしいじゃないか。むしろ党は国がほぼ統一できている状況に感謝すべきなのでは?ああ、本当に上層部は現状を理解してないんだろうな」
彼の副官が小言を呈した。
「同志レノー元帥、それは党への批判だと捉えよろしくて?」
この男はチェキストであり、元帥は経歴からして生粋の労働者、共産主義者ではないため党にレノー元帥の監視を任されていた。
「な、ふざけてるのか。お前だってわかってるだろ、ユベール。軍の再編のゴタゴタで戦争なんかする余裕なんてないってな。各地の騎士団と禁軍を連邦軍に統合し、徴兵制を導入して新兵の育成もして、それに加えて各地の魔物の駆除もしなければならないんだからな。ああ、人手不足でしょうがない・・・」
ユベールは困り果てたレノー元帥に対し、慣れた様子でコーヒーを淹れた。
「ありがとう。君の淹れたコーヒーはすばらしいな。他の奴らといえば淹れるのが下手くそだったり挙句の果てにコーヒーは飲まないだ。そうだ君もチェキストをやめて軍人になる気はないか?高待遇を約束するぞ」
「いえいえ、私は今の仕事に満足していますから。あと自力で人手不足の解消できないなら党に人員補充を要求してみてはいかがですか?」
「そう都合よく訓練された兵士が転がってるわけないだろ。国家保安委員会の連中を連れて来るにしても所詮は虐殺がうまいだけの素人だ。これ以上新兵が増えたって邪魔なだけだからな。本当に困ったものだ。コマールに派遣できる部隊なんて一つもないというのに・・・」
「党にはなんていうもりなんですか。できません、なんて言ったら文字通り首が飛んでいきますよ」
「わかっているつもりだ。とりあえずは準備期間が必要だと説得して行動開始を遅らせられるだけ遅らせるつもりだ。今攻撃を始めても最悪返り討ちに合うかもしれないからな」
アリシアの予想とは裏腹に現状の赤軍の兵力ではコマールに負ける可能性すらあるのであった。果たして本当に兵力を用意できるのか、そして勝算はあるのか、レノー元帥はさらに頭を悩ませていた・・・