報道番組「オージュルデュイ」
「いやいや君が生きているとは思っていなかったよ。それで彼女らは君の仲間かね?」
「ええそうよ。みんな紹介するわ、この人はここの領主、アンリ・コマール辺境伯よ」
辺境伯のことを紹介すると、各々自己紹介を始めた。
「この人が魔法使いのベルニス・ブラスマだよ!聞いて驚くなかれ、私のランクは魔魏亜:カタストロフィだよ。よろしくね」
「せ、戦士のエルマ・ヴァリッチです。辺境伯様、よ、よろしくお願いしますぅ」
「聖女のシャルロッテ・メディオクリスよ。王国教会の元司祭だからもしかしたら辺境伯様もご存知かもしれないわね」
このメンバーにはさすがの辺境伯も驚きを隠せないようだ。
「まてまてまて、この世に三人しかいないと言われる魔魏亜:カタストロフィの魔法使いに大剣使いの戦士、それにだとアリシア姫これほどの仲間がいるとはまてシャルロッテだと・・・?その名前聞いたことあるぞ・・・」
辺境伯はシャルロッテという名前に心当たりがあるようだった。しばらく考え込んでいると何かを思い出したようだった。
「ああー、思い出したぞ!教会本部に異議を唱えて破門された例の女司祭だな」
「ええ、そうよ。あたしは教会を破門された異端者。信心深い人からしたら異端者に見えるのかしら」
辺境伯の言葉をシャルロッテは嫌味だと捉え、不貞腐れた顔をした。
「ああ、勘違いしないでくれ。別に君が異端者だとは思っていないぞ。むしろよく声を上げてくれたと思っている。実は君が破門されたあと教会本部で色々あってな、あの主教は破門になったぞ。そして君の破門は取り消されたわけだ」
「あら、それは嬉しいわね。あの拝金主義者が消えて主も喜んでいるはずだわ」
「そ、そうか?まあ革命後、共産党が宗教を禁じて教会もそれどころじゃないようだがな」
「共産党は信仰そのものまで否定するわけ?確かに教会本部は色々おかしなところがあるわ。それでも教えそのものに問題はないはずよ。」
「私はアリシアと少し2人だけで話したいので、その間君たちはどこかでくつろいでいてくれ」
3人はメイドに連れられ、2階へ、私はアンリおじさんとともにリビングに向かった。
「アリシア姫よ、いつヴィンセンヌに戻ってきたんだ?」
「つい最近よ。王都・・・今はスタリーングラードだったわね。まあその近くの港から上陸したんだけど、まさかこんなことになってるなんてね。夢にも思ってなかったわ。あと姫なんて呼ばなくていいわよ」
「わかった。アリシアよ、それまでなにをしてたんだ?」
「そうね。この10年間いろんなことがあったわ・・・」
過去10年間にあったことを一つ一つ振り返りながら語り始めた。追放先のオストリア公国で苦労したこと。騎士に拾われ大海原をわたったこと。鍛錬を積んで勇者になったこと。旅の道中にあったこと。最高の仲間に出会えたこと。そして魔王を討伐したこと。どれも一生忘れることのない思い出だ。
「なんと、いつの間に勇者になり魔王を討伐したと。これは驚いた。信じがたい話だが、あのような仲間がいるのだから、確かに成し遂げられたのだろう。陛下がご存命でしたらさぞ喜ばれていたでしょうな」
「どうかしら。私を追放した張本人よ?まあ見直してくれたとは思うけど、それでも父含めてもともと家族全員と仲悪かったから、今更歓迎されても逆に嬉しくないわ・・・」
「スタリーンってやつは召喚者だ。君が追放されたあと未来の技術で国を改革しようと召喚魔法を行ったんだが、まあ結果はお察しのとおりだ。革命を阻止しようとしたんだが、結局失敗し今じゃこのざまだ」
あの召喚魔法を実行したと聞いて、思わずワインを吹き出してしまった。これまで百年以上使われていなかった禁術を犯し、挙句の果てに失敗したとは。しばらくは開いた口が塞がらなかった。
「・・・はあ?召喚魔法を使ってあれを召喚したですって?失敗もいいとろこじゃない!そんなのありえない、ありえないわ・・・・・父上、いやあのクソ親父は召喚魔法は絶対に使わないって言ってたのに!本当になんてことをしてくれたんだ大馬鹿者が・・・」
衝撃に駆られ、そのまま手に握っていたグラスをテーブルに叩きつけた。手にはガラス片が突き刺さり、ポタポタと血が滴った。テーブルからこぼれたワインと血が混ざりあい、床が赤色に染まっていった。
「アリシア姫、落ち着くんだ。これで手を拭きなさい」
「あ、ありがとうアンリおんじさん。私としたことが取り乱してしまったわ」
刺さったガラスを抜き取ると、渡された白いハンカチで手についた血をふき取った。メイドを呼び、テーブルの上のガラス片を回収し、床に広がった”赤黒い液体”を拭いてもらった。
「アリシア様、大丈夫ですか?お怪我なのは・・・」
「私は大丈夫よ。これぐらいの怪我はどうってことないわ。迷惑かけちゃってごめんね」
「と、とんでもないです。雑用がわたしの仕事ですので。では失礼しました」
健気でかわいらしいメイドだこと。王宮にいたメイドたちとは大違いだな。はあ、王族だというのに私には部下が一人もいないわ。従順な部下が欲しくなるよ・・・・・それには人望が必要か・・・
「それでここまで来た理由はなんだ?まさか私の領土に亡命しにきたわ」
「そうではないわ。ちゃんとした理由はあるけど、その前にまず先に伝えないといけないことがあるわね。ブローニャ宮殿で聞いた話なんだけど近々本格的に軍事侵攻を開始するらしいわ」
あまりに衝撃的な内容にアンリおじさんは固まってしまった。
「そ、それは本当か!?」
「ええ。共産党に味方しないコマール住民は全員資本主義者とみなして始末しろ、って言っていたわ。ここの住民が全員反乱分子ってほんとにおかしな話ね」
「ああ、なんて奴らなんだ・・・」
アンリおじさんが頭を抱えていると、突然部屋中にけたたましい音楽が鳴り響いた。音のする方を見てみると、棚の上に置かれた水晶玉からなにかが映し出されていた。
「アンリおじさん、あれはなんですの?」
「ああ、これは宝珠放送だよ。共産党が毎日この時間になるとこの忌々しい歌を流して、その後にニュース番組というものを放映しているんだ。内容は新聞をそのまま読み上げたようなもの、つまりプロパガンダってことだ」
宝珠放送・・・確かにそんなのがあったな。確か軍の連絡や、直接王の声を王都中に広めようと開発してたっけ。いや10年前にはすでに完成していて設置する段階だったかな。でも狭い範囲にしか放送は届かなかったはず。
「これってどうやって放送を受信しているの?」
「各地に魔法石を置いて中継しているのさ。ご丁寧にも山の頂上に置いて我々にも映像を見せてくれているんだ。共産党はなんと優しいのだろう。まあ向こうの意図はコマール全土に受診できるようにし、社会主義思想に感化させて同志を増やしたいのだろう」
画期的な発想だな。コマール領内だけならそこまで広くないし、ベルニスに頼んで真似してみようかな。そう思っているとベルニスがやってきた。
「ねえねえさっきから流れてる曲ってなにーってこれ宝珠放送?コマールってそんなものまであるのー?」
「違うわよ。これは共産党が流してるのを受信しているだけよ」
「へーあんな距離があるのに受信できるんだ。魔法使いとして気になる技術だね」
真っ先にきたベルニスに続き、エルマ、シャルロッテにメイドたちまで邸宅内の全員が食卓に集まり、宝珠放送に釘付けになっていた。
映像内の時計の針が9を指したとき、先ほどとは別の短い曲が流れ、スーツ姿の女性が映し出された。
『こんばんは、同志のみなさん。オージュルデュイの時間です。本日スタリーン書記長は連邦最高会議にてコマール地方へ軍事攻撃を開始すると発表しました。こちらの映像をご覧ください』
映像が暗転し、しばらくすると壁に巨大な鎌と槌のマークが置かれた講堂が映し出された。数々の共産党員がいる中で、その中央にはあの忌々しいスタリーンの姿があった。
『同志諸君、これまで我々は8年間コマール辺境伯に対し再三に渡り降伏勧告を行ってきた。しかし、そのすべてをコマール辺境伯は拒絶した。一方市民は立ち上がることもせず資本主義という悪しき思想に落ちた。コマールに住まうすべての民は資本主義の犬である!我々は必ずや旧体制を駆逐しなければならない。よって近日、軍事攻撃を開始するものとする!コマールに住まうすべての民よ、この決断をくださなければならないことを残念に思う』
スタリーンの演説は誰一人も反対意見を唱えることなく拍手喝采で幕を終えた。
『いかがでしたでしょうか。コマールへの軍事侵攻、引き続き注視していきたいところです。続きまして農業人民委員長の・・・』
まさかもう発表するとは。近日とは言っているが、赤軍の状況からみておそらく1ヶ月以上かかるはずだ。それまでになにが何でも対抗策を考えなければいけない。さもなければ私はここコマールと破滅の運命を共にすることになるだろう。
「アンリおじさん、いえコマール辺境伯、騎士団の部隊長以上を全員本部に招集しなさい。戦争の準備を始めるわよ」