ヴィンセンヌ貴族最後の領地
騎士たちに自分の身分を明かしたが、彼らは私を本物のアリシア姫とは信じていないようだった。
「あら信じられないの。まあ確かに男を捕らえながらやってきた女集団のリーダーが王女様だなんて信じられないわよね。だったら証拠を出すわ」
袋から丁寧に布で包んだレガリアを取り出した。宝石が散りばめられた王冠、実用性のない剣、そしてかつて建国王が使っていた宝珠、どれも王族を象徴するものだ。
「こ、これは本物のレガリア!?ア、アリシア王女殿下、あなた様を疑うなどという大変な無礼をどうか、どうかお許しください!」
騎士たちはひざまずき、最大限の謝意を見せた。
「いいわよ別に謝らなくたって。10年前に追放された私が今ここにいることなんて普通信じられないもの。むしろ信じれる方がおかしいんじゃないかしら」
それでも騎士たちはなんとか詫びようとしていた。一方三人、特にベルニスはこの光景を羨ましそうに見ていた。
「えー王族の力ってすごいんだね。直属でもない騎士たちをひざまずかせるなんて。私も」
「王族は生まれつき最高位の権威を持っているんだから、あんたみたいな庶民とは大違いよ。それにベルニスは王族には一生なれないと思うわ」
「ちょっとシャルロッテ、その言い方はないんじゃなーい?」
「ふふふたりともお、落ち着いてくださいって」
気にしなくていいと何度もいうとようやく騎士たちは頭を上げた。
「どうやって国に・・・それよりどうやってここまで来たんですか。そもそもその男は誰で」
「それはそれは長い話よ。ここで語る時間もないからあとでね。でこいつはさっき境界線近くで捕らえたチェキストよ」
「ちぇ、ちぇきすと?」
チェキストという言葉に頭が混乱しているようだった。まさか本当に知らないとは・・・
「本当に知らないようね。なら教えてあげるわ。チェキストは国家保安委員会の・・・まあ簡単に言うと秘密警察の人間ってことね」
「あー国家保安委員会のことでしたか。いまいちそこら辺の単語がわからないんですよ。なにせ情報が少ないもんで」
そうか、長年交流が途絶えているから情報すら流れてこないのか。これは盲点だった・・・
身柄を引き渡そうとしたところ、なにか言いたそうにしているのでチェキストの口をふさいでいる布を外してあげた。
「はぁはぁ、お前第二王女だったのかよ。不敬罪ってそういうことだったんだな、クソが」
「そうよ。驚いた?この薄汚いコミュニストが。こいつの手を縛って連行しなさい。尋問はそっちに任せるわ」
「かしこまりました、王女殿下」
私達は捕虜を連れてゆっくりと下山を始めた。小競り合いが続く中、街道を整備する暇はないようで、レンガがところどころ剥がれていた。これで本当に赤軍と戦えるのだろうか・・・
「そちらの人たちは王女殿下のお連れですか」
「彼女たちは私のパーティーメンバーよ」
「ということは王女殿下は今まで冒険者だったのですか?」
「そうよ。この10年間色んな場所を旅したわ」
パーティーメンバーの紹介や旅の話をしていると、徐々に傾斜が穏やかになり山の終わりが見えてきた。麓につくとなにか目新しい建物が建っていた。どうやらこれがコマール辺境伯の拠点のようだ。向こう側と比べるとかなり貧相と言わざるを得ない。
「お前たち誰を連れてきたんだ。それにその男は?」
「ご報告します。まずこの男は敵の工作員、国家保安委員会の所属のようです。捕虜として連行しました。そしてこのお方はアリシア王女殿下とそのお仲間であります」
「そうか。工作員の捕虜とアリシア王女殿下か。うん?アリシア・・・アリシア王女殿下!?」
拠点にいた騎士たちは全員目玉が飛び出るほど驚いていた。
「ア、アリシア王女殿下!?お前たちそれは本当なのか?」
「毎回説明しなきゃならないわけ?王冠でも被って歩けというならそうするけど」
王冠を取り出してかぶるとひざまずいた。王冠は手っ取り早く王室の権威を見せつけられる便利な道具だ。
「た、大変失礼しました!私はコマール騎士団ルーペ峠防衛隊のクレマン・グレゴワールであります!」
峠の防衛隊か。赤軍と比べるとだいぶ劣っているように見えるけど、本当に守れるかしら。名ばかりの防衛隊でないといいわね。
「グレゴワール隊長、辺境伯のところまで連れて行ってくれるかしら」
「もちろんであります。至急馬車を手配いたします」
「あとあなた一人で決められるかわからないけど、駐屯兵を増員するべきよ。もうすぐ本当の戦争が始まるわ」
戦争が始まると聞いてはさらに驚愕していた。
「そ、それはどこから手に入れた情報ですか・・・?」
「それは辺境伯に伝えるから、知りたければあとで聞いてみるといいわ」
作戦室を退室してグレゴワールが用意した馬車に乗り込んだ。王室や貴族の使うような立派なものではないが、屋根があるだけで十分だ。荷台の後ろに宮殿から持ってきた王室の旗を取り付け、ルーペ峠の拠点を出発した。
「ねえアリシア、そのコマール辺境伯ってどんな人なのー?」
「えっと、うーんなんと言えばいいんだろ。王国の中では1番の革新派ね。常に新しい技術を取り入れたり、あるいは作り出したり。真っ先に銃を取り入れたのもここね」
「ということはなにかまったく新しい戦術か兵器を生み出したってことね。だってあたしからすると今のこの国の技術力は何十年、いや何百年も先のものに見えるもの。従来の技術を使っていては到底太刀打ちできないわ」
確かにそうだ。従来の戦術、武器では対抗することすら叶わないだろう。ということは奴らの技術を盗んだのか、あるいは対抗できる秘策を編み出したのか。
「そういえば時々王都に来て父の相談役に乗っていたりもしていたわね。革命が起きる前どこにいたか知らないけど、おそらくその時に気づいたんでしょうね。今までとは全く違う何かが必要だって」
「よくわかんないですけど、とりあえずその辺境伯って人は賢いってことですよね」
「そうね。あっ見えたわ、あれがコマールの街よ!」
森の中を抜けると、湖畔にある小さな町が望めた。コマール辺境伯領は山々に囲まれた盆地に位置しており、領土の3分の2を国内最大の湖、ロザーヌ湖が占めている。一年間を通して気温が安定して避暑地としても有名だ。
「ずいぶんとのどかな街だね。ここまでに通ってきた街よりは大きいけど、それでも領都にしてはちっちゃいし。まあ休暇にはうってつけかもね。別荘を作ってしばらく住むのも悪くないんじゃなーい?」
「ベルニス、休暇に来たわけじゃないのよ。それにもうじき向こう側から大砲やらなんやら飛んでくるんだから休めたもんじゃないわ」
馬車は街の中心部に差し掛かった。屋台が立ち並び人々は釣れたばかりの魚や新鮮な果物をを購入したり、逆に売りさばいていた。共産党により外部との貿易が止められて市民生活に影響が出ていると思ったが、そんなことはなく今でも活気があるようだった。
「へーここがコマールの市場?私の知らないものがいーっぱいあるよ。あの魚なんだろー」
「ベルニス、あんまり乗り出さないでよね。落っこちても知らないよ」
馬車に王族の旗が掲げられているのを見て、誰が乗っているのか一目見ようとたちまち人が集まり始めた。
「あれって本物の王族か!?」
「革命からもう8年も経ったのよ、今更生きているかしら」
「分室とかが生きていてもおかしくないだろ」
狭い道に人が密集しすぎて進路を塞ぐようになった。
「みなさーん、あとでいろいろ教えてあげるから今はとりあえず道を開けてくれるかしら!」
私が離れろと言っても、姿をさらしたせいでむしろ逆効果のようだった。手綱を握っている騎士が「どかなければ領主に言いつける」というとようやく退散していった。
そうして賑やかな市場を離れ、街外れにある辺境伯低についた。湖の畔に佇む、赤い屋根が特徴の小さな家だ。
「辺境伯様、お客様をお連れしました」
「客だと。予定にないはずだが。それで見たことの無い顔だが、君たちは誰だ?」
「あらあら覚えてないのかしら、アンリおじさん。わたしよ、わ・た・し。」
馴れ馴れしい呼び方、そしてこの口調、はっと何かを思い出したかのようだった。
「ま、まさかあなたはアリシア姫!?生きておられたのですか」
「何をかしこまっているのよ、久しぶりねアンリおじさん」