峠越え
「ふぁあ、おはよう・・・ってみんなは?」
周りを見渡すと部屋には誰もいなかった。慌ててベッドから降りると、足元に手紙が落ちてきた。
えっと何が書かれているのかしら。なになに「先に朝食を食べてます。起きなかったアリシアが悪いんですからね。エルマより」と。あーやらかしたーーー。早く下りないと。
部屋を飛び出て大急ぎで食堂に向かった。広い空間の中に一つのグループしかいなかったため、すぐに見つけることができた。テーブルを見てみると幸いまだ提供されていなかった。
「ギリギリ間に合ったようね。朝食を食べれなかったら飢え死にしてるところだったわ」
「何言ってんだアリシア。そもそも起きないのが悪いんだろ。エルマが何度も起こしてたのに」
うっその通りだ。ぐうの音も出ない・・・
待っていると朝食が運ばれてきた。色鮮やかな野菜がふんだんに使われていてとても美味しそうだ。近くで採れた野菜なんだろう。それになにより量が多かった。
「たーんとお食べ。若者はたくさん食べないと」
「はは、ありがとうございます」
しっかりとしか朝食を摂ることができ私達は大満足だった。店主のおばあちゃんが食べ終えた皿を片付けながら旅の理由を聞いてきた。
「お客さんは何のためにここに来たんですか?」
「私の知り合いに会うためにコマールに行くつもりなの。ここは中継地点ね」
「あら、コマールに行くつもりなんですか。今じゃ街道が閉鎖されて行く手段もありませんが、どうやっていくつもりなんですか」
「それは内緒です。それより昔はどうだったんですか?」
かつての村の様子を聞くと店主は昔を懐かしむように語り始めた。
昔はみんなここを通ってコマールにいくから、街も栄えとったんだけどなあ。共産党は労働者の味方とか言っとるけどあたしにとっちゃ商売の敵よ」
「そうだったのね。お客さんも来なくなって大変と。でもいつかはこの悪夢のような状況も終わるわ」
支配の終わりを語ると店主は遠い未来のことを語っているように思っているようだ。
「ごちそうさまでした」
部屋に戻り荷物をまとめて部屋を出た。受付に行き鍵を返すと、おばあちゃんは少しさびしそうな表情をしていた。
「またいつかのご来店をお待ちしております」
「ええ、またいつか来るわ」
宿を離れ、再びコマールに向け街道を進み始めた。
「みんな、この先には軍がいるはずよ。止められたらなんていうか考えたから、私が話し始めたらとりあえずアドリブで対応して」
「りょーかい」
村を出ると案の定軍人に止められた。奥を見てみると簡易的な拠点が設営されていた。兵力は少ないが着々と侵攻の準備を進めているようだ。
「君たちどこにいくつもりなんだ。ここから先は立ち入り禁止だぞ」
「ちょっと山に山菜を取りに行こうとしてたんです。だめですか?」
「その格好でか?」
やはりこんな理由じゃ無理があったか。確かに山に行くような恰好ではないが・・・
「なによ。人がどんな服装をしたって自由じゃない。それともなに、党はそんなものまで規制してるわけ?」
「そういうわけではないが・・・とにかくここから先は何があっても立ち入りさせるわけにはいかない。山菜採りはあきらめるか別の山で取ってこい」
頑なに止めてくるので諦めて村の方に引き返した。
「どうやらここまでのようね。別の道を探すしかないわ」
私達は遠くにある山々を見つめた。永遠と山が連なり、最高峰は天を貫くほどの高さを誇っていた。街道を通らなければ万全を期しても山に殺されそうだ。
「冗談抜きでシャルロッテのいった通りになりそうね」
「あたし山をよじ登るなんてできないわよ。もっと真面目に考えなさい、アリシア」
「そんな事言われたって・・・」
どうするかしばらくみんなで考えてみたが、代案がまったく思いつかず煮詰まったときエルマが地図を開きある場所を指さした。
「えええっと、ぼ、僕地図を見ててて気づいたんですけどこれってもしかして旧街道じゃ・・・」
コマール周辺は調査できていないのか、地図にははっきりと書かれていなかったが、確かに山の麓まで続く道があった。
「よし、ここを通っていくわよ」
軍に見つからないよう迂回しながら旧街道に移動した。無論軍がこの道を知らないはずがないので封鎖されていたが、拠点があるわけでもなくただ歩哨がいるだけだった。
「敵は二人か。殺すのも可愛そうだし、それに死体が見つかって騒がれるのも問題ね。ベルニスぱぱっと眠らせて」
「はーい。ぐるぐるぐるぐる、良い子はねっむれ~~~」
ベルニスが魔法を放つと、軍人たちはバタッと地面に倒れた。引っ張って樹の下に座らせると、本当に木陰で昼寝しているように見えた。
「完璧な偽装ね。見つかっても外部の仕業とは思われないわね」
「こっち来てからずっと催眠魔法を使ってるから上達してきたかな?」
「何言ってんのよベルニス。あんた初めてあったときから魔魏亜だったじゃない。魔法使いの頂点まで上り詰めてまだ上達する余地があるわけ?」
「あるよー。私にだってまだ知らない魔法とか使えない魔法あるんだよ?王宮魔道士が使ってる秘密の魔法とか古代の魔法とか、あと単純に苦手なやつ」
あー確かに国が使う極秘の魔法とかは教えてもらえないから使えないよね。けどベルニスにも苦手な魔法があるって意外かも。
警戒網をくぐり抜けることに成功できたので、そのまま草原を駆け抜け山の入口についた。
「本当にあったわね・・・」
かつて使われていた旧街道を見つけた。もう何十年、いや何百年も使われていたため、一部が自然に還り始めていたが、通るには十分だった。
草木をかき分け、獣を追い払い、魔物を殺し、険しい山道を登っていった。土砂崩れで道が潰れていたり、崖が崩れエルマが落ちそうになったりしたが、なんとか頂上付近まで到達した。
「もうすぐ境界線ね。ここを超えればもう堂々と歩けるわ。ここまで本当に長かったー」
「そうね。あたしは少し休みたいわ。あとは下山するだけだから、ここで体力を回復をするべきだと思うけど、どうかしら」
ベルニスとエルマが賛成したのでここで休憩をすることにした。しばらく休んでいると、突然エルマがしゃがみ始めた。なにか聞こえたのか?
「ま、まずいです。みんな伏せてください」
かがんで指さした方法を見てみるとなぜこんな場所にいるんだ。ゆっくり地図を取り出し確認してみると、新街道との合流地点だとわかった。
隠れていてもしょうがないので、堂々と姿を明かすことにした。
「こんにちは軍人さん」
私達が背後から話しかけると、まるで化け物を見たかのように驚いていた。
「だ、誰だお前たちは。手を上げろ!」
「まあまあ落ち着いてください。わたしたちは同じ兄弟じゃないですか」
「きょ、兄弟だと?ふざけてんのか。お前絶対コマールから来たよな」
歩哨が一人で騒いでいると周囲にいた軍人たちが集まってきた。
「貴様らは何者だ。どうやってここまできたんだ」
「あら、あなたが指揮官?この人を黙らせてくれるかしら。いきなり敵だとみなしてやんなっちゃうわ。私達は山菜を取りに来ただけなのに」
それっぽい理由を並べてみたが、警戒が解かれることはなかった。
「そんなわけないだろ。本当の理由を明かせ」
「はあ、いいわ。ウソを付くのもめんどくさいし。まあ私は簡単に言うと王党派?ってところかしら。コマールに行くためにわざわざこの山を登ってきたのよ」
「お、王党派だと!」
王党派という言葉を聞いて彼らは問答無用で発砲しようとしたが、慌てて指揮官がそれを止めた。
「やめろお前ら。そんなに人を殺したいのか?」
指揮官は部下をなだめながら、不安そうに副官の方に目をやった。
「同志指揮官、奴らは女だ。恐れる必要はないだろ。おいお前ら何をしているんだ、早く捕らえろ!」
「わ、わかりました」
奴らは銃を構え、一歩づつ近づいていった。こちらも武器を向けると膠着状態に陥った。
敵をよく観察してみると指揮官らしき男はしきりに隣りにいた副官のような男に相談・・・というより指示をもらっているようだった。なぜ指揮官が下級の奴の指示を仰ぐのか。まさかいあいつは例の組織の・・・
「さっきからおかしいと思ってたの。なんで指揮官が階級の低いやつの顔を伺ってるのかってね。そこのあなた国家保安委員なんでしょ」
「俺か?そうだが、だったら何だというんだ。貴様にとって軍も国家保安委員会も同じだろ」
「ぜんぜん違うわ。あなたの立場はこちらにとって都合がいいのよ、同志チェキスト」
時間停止を使いやすやすと包囲陣を抜け、チェキストの元まで移動して背後から首の近くに短剣を向けた。時が動き始めると周りにいた連中はさっきまで目の前にいたはずの女がチェキストを掴んでいることに驚愕していた。
「驚いたかしら。これが私の力よ」
「な、なにが目的だ!」
「簡単なことよ。ここを通ってコマールに行く、ただそれだけよ。通してくれなければこいつの首を切るわよ」
首に直接短剣を当てると、命おしさに私達を通すよう指示し、全員離れていった。
「あなたたちは話の聞ける人たちのようね。境界を超えるまでにもしも銃を撃ったらこいつの命はないからね」
バリケードをどけさせ、地面に塗られた赤い線を超えると敵はそれ以上追ってこなかった。私達は境界線を超えたのだ。
「境界線を越えたんだから俺はもう必要ないよな。もう離してくれよ!」
「だめよ。あなたは保険なんだから」
「ほ、保険ってどういうことだよ。党が俺みたいな奴の命を気にするわけないだろ!交渉材料にはならないわからないのかよこのクソったれが!」
「使い物にならないなら死んでもらうしかないわね。そもそもあなたたちコミュニストは王政に反対してるんだから全員不敬罪で死刑になるのが当然では?」
死刑になると聞いてこのチェキストは泣きながら命乞いを始めた。反乱分子をさんざん粛正をしといて自分だけ生き残れると本気で思っているとは。愚かな人だ。
山の中腹あたりまで来ると哨戒中の騎士と出くわした。この家紋は間違いなくコマール辺境伯のものだ。
「止まれ!君たち何者だ。どこから来たんだ」
「こんにちは騎士さん。私はアリシア、アリシア・ド・ヴィンセンヌよ」
チェキスト・・・ロシア語で国家保安機関、秘密警察に勤務する者のこと