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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第一章 ソフィー
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傷心と教区民

 1736年2月6日、シモンズ号がジョージアのピーパー島に到着すると、乗客たちは渡船が迎えに来るまでしばらく島に留まり、その後、彼らを招聘したジェームズ・オグルソープと会見した。

「ようこそ、ジョージアへ。なかなか大変な船旅だったと聞いていますが、体調の方は如何ですか」

「相当旅の疲れはありますが、おかげさまで大きな病気はせず、神のご加護の下、元気にやっております」

「そうですか、まあ、しばらくはゆっくりして旅の疲れを癒して下さい。ところで、私の駐屯地、フレデリカ要塞で秘書をして下さる方を探しているんですが、……チャールズ・ウェスレー さん、あなたにお願い出来ませんでしょうか」

「わ、私がフレデリカにですか? でも……」

 チャールズはジョンたちの顔を見た。広大なジョージアの地で宣教するのに自分が抜けても良いのだろうか、と思案したのである。

「チャールズ、私のことなら心配ないよ。ベンジャミンもチャールズ・ドゥラモットもついているからね。君はオグルソープさんについて尽くして欲しい」

「わかった、兄さんがそう言うならそうするよ」

 そして弟のチャールズはオグルソープの秘書として、サヴァンナから約75マイル離れた要塞都市フレデリカに赴任した。そしてジョンたちがサヴァンナの地に足を踏み入れたのは、ジョンの日記によればようやく三月に入ってからのことだという。

 ジョンたちはサヴァンナに到着すると、教会役員のピーター・ヘンドリックスの邸宅を訪ねた。

「サヴァンナへようこそいらっしゃいました。さぞお疲れでしょう、どうぞ中へ」

 ジョンたちは驚いた顔でピーターを見た。彼は教会役員であるが、ヘンドリックス家はインディアンの家系であると聞いていたのである。しかし背広にネクタイ姿で、どこからどう見ても英国紳士だった。

「ははは、私がインディアンの衣装を身につけていないので拍子抜けしたのでしょう。この辺りに残っているインディアンは白人社会に同化した人たちばかりです。かつてこの辺りにはヤマシー族が住んでいたのですが、彼らの反乱が沈静されて一族の大部分は他所に移って行ったんです」

「そうだったのですね」

 それからヘンドリックスはジョージアの植民地について説明した。彼によればこの地に住んでいるのは英国人やインディアンだけではなく、ポルトガル人やユダヤ人もいた。そしてザルツブルクで迫害を受けていたプロテスタント教徒の社会もあるとのことだった。

「まあ、オグルソープさんにとやかく言うつもりはありませんが、あなたがただけでこの教区を宗教的にリードするというのは少し無茶な気がします。このサヴァンナだけでも相当な広さですからね……」

 ヘンドリックスの言葉に三人は眉を潜めた。しかしジョンが気をとりなおして言った。

「パウロが宣教した範囲の広さはこんなものではありませんでしたよ。しかも酷い迫害を受けて命がけの伝道でしたから……それを思えば、私たちも泣き言は言っていられません」

 そしてその晩、三人はヘンドリックス家に宿泊した。ジョンは長い旅の疲れが出て、一足早く眠りについた。


 しばらく眠った後、ふと夜中にジョンが目を覚ますと、チャールズ・デュラモットとベンジャミンがまだ寝床につかずに何やら話し合っているのが聞こえた。ジョンは彼らの会話の妨げとならぬよう寝たふりをしていたが、ふと?ミス・ホプキー?の名前が出たので、自然に聞き耳が立った。

「ジョンさん、もうミス・ホプキーのこと吹っ切れてしまったのかな。上陸してから話題にもしないけど……」

「そうじゃないと困るよ。チャーリー、君、結局言わなかったんだろ? 実はミス・ホプキーが婚約しているってこと」

 ジョンは一瞬我が耳を疑った。

(ソフィーが……ソフィーが婚約している? おお神よ、何という過酷な試練を私に与えたもうたのだ!)

 ミス・ホプキーが婚約しているという言葉がジョンの胸を激しく慟いた。ジョンは話を聞かれていたことを彼らに悟られないように必死で眠りこもうとした。だが全く眠気が訪れず、寝たふりをしたまま朝まで過ごした。

 あくる日、ジョンは会話を盗み聞きしていたことを打ち明けないままヘンドリックス家を出た。

「悪いが君たち二人で先に帰ってくれないか。僕はしばらく一人で散歩したい」

 チャーリーとベンジャミンは互いに顔を見合わせた後、ジョンを置いて宿舎に戻った。一人になったジョンは馬を走らせて人気のない荒野へと向かった。そして馬を適当な樹木に繋ぎ止め、あてどもなく荒野を漂い歩いた。そして、ソフィーの美しい笑顔が思い浮かんだ時、涙を流しながら大声で叫んだ。


「うわあああっ!」


 

      †


 ジョンはサヴァンナでの最初の奉仕を3月7日に行っている。場所は役所と礼拝堂を兼ねた小さな建物であった。

 その頃のジョンはソフィーへの思いを断ち切るのに必死であった。金輪際、特定の女性と親しい関係は持たないと絶えず自分に言い聞かせていた。そのような葛藤が反映されたのか、その日の最初の説教はコリント人への第一の手紙13章、よく結婚式で取り上げられる?愛の章?から語られた。

「愛は寛容であり、愛は親切である……この13章を読んで果たして本当にあなたは自分が愛していると自信を持って言えますか?」

 さらに二回目の説教ではルカの福音書18章から語られた。

「神の国のために家、妻、兄弟、両親、子供を捨てた者でこの世で何倍もの報いを受けない者はなく、あの世で永遠の命を受けない者はいない……」

 これらは自分自身への言い聞かせであり、自問自答であった。当然ながら会衆の心を掴めず、着任早々ジョンは教区民の失望を買うこととなる。だが、そんなことは意に介さず、ジョンは教区民に対し厳しい態度で臨み続けた。特に信徒が伝道することに重きを置き、「伝道しない者は主イエスキリストの大命令に背く者だ」と強調した。そこにはジョージアの地に布教していくにはジョンたち三人ではあまりにも少ない事情もあった。しかしまるで伝道至上主義と言わんばかりの言い草に人々は嫌気がさした。それがあまりに酷いので、ベンジャミンが少し忠告した。

「ジョンさんが信徒教育に熱心なのはよくわかります。しかしまだ?みことばの乳?しかし飲んでいないような初心の信者にそれを要求するのはどうでしょうか。正直なところ、教会の人たちの心が離れていっている気がするのです」

 しかしジョンはこう反論した。

「真実を語れば反対されるのは当然だ。むしろ何も反対されないのは、みことばに混ぜ物をしたり、曲げたりしている証拠じゃないか」

 そう言ってジョンは断固として自分の牧会方針を変えようとはしなかった。それで反発して教会をやめていく者が後を絶たなかった。そこで出て行くという者に一度ジョンは理由を尋ねてみた。するとこう答えた。

「ウェスレー 先生、あんたの説教はまるで風刺家のスピーチのようで聞くに耐えんよ。ワシだけじゃない、教会のみんながそう思っているさ」

 また他の反対者はこう言った。

「ウェスレー 先生はプロテスタントだって聞いてきたが、とてもそうは思えない。カトリックかユダヤ教のファリサイ派じゃないのかね」

 このように日に日に多くの教区民がジョンに背を向けていった。

 

 だが一方で、そんなジョンを積極的に支持しようとする教区民もいた。その一人はあのソフィー・ホプキーの後見人トーマス・コーストンであった。と言っても純粋な気持ちでジョンの信条に敬意を払っていたわけではない。彼はジェームズ・オグルソープの部下であり、上役がジョンのことをたいそう気に入っていることを良く知っていたのである。

 そんなコーストンが目をつけたのはソフィーとジョンの関係であった。彼はシモンズ号の船客たちから、ジョンとソフィーが仲よさそうにしていたことを聞いていた。もし二人が結婚ということにでもなれば……オグルソープが自分をさらに優遇するのは間違いなく、植民地での地位は安泰となる。だがソフィーが独身のままでいるなら、コーストンにとってソフィーはただのごくつぶしの居候に過ぎない。だからこれをうまく利用することにしたのだ。

 もちろん、ジョンの牧会する礼拝には参加させ(ソフィー自身言われなくてもそうしたが)、フランス語の個人レッスンも再開させた。しかしジョンはソフィーと会っても、事務的につれないそぶりで接していた。


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