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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第一章 ソフィー
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モラヴィア兄弟団

 それからしばらくは穏やかな航海が続いていたが、ある日また大きな嵐がやって来た。ジョンたち一行が船室に集まり祈っていると、突然凄まじい爆音と共に大きな衝撃が船全体を襲った。


「な、何だ?」

「外へ出て見よう」


 三人が船室から出て見ると、大勢の乗客たちが右往左往していた。そして誰かが大声で叫んだ。

「マストが倒れたぞ! それもメインマストだ!」

 その一報で船内は騒然となった。メインマストが倒れてしまっては舵取りも困難になる。そうなれば海上をあてどもなく彷徨うことになり、どこへ漂流するかわからない。

 やがて怒声は泣き声へと変わっていき、英国人たちは大人気なく泣きわめいてそれが大合唱になった。ジョンはそんな英国人たちの真ん中に立ち、大声で言った。

「みなさん、落ち着いて下さい! 私たちはジョージアのインディアンに福音を伝える使命を神から受けています。神は必ずこの使命を果たせるように、私たちを現地に送り届けて下さいます。私たちは髪の毛一本失われることはありません!」

 だが、泣き叫ぶ英国人たちはジョンの言うことに全く聞く耳を持たなかった。


 ……と、その時どこからか歌声が聞こえてきた。最初は空耳かと思ったが時とともに歌声がはっきりとしてきた。泣きわめいていた者たちも鳴りを潜め、歌声のする方に耳を傾け始めた。

「チャペルの方から歌声がするぞ。行ってみようか」

 群衆は取り憑かれたように、チャペルの方に向かって行った。そして辿り着いてみると、十数名の人々が集まりドイツ語の歌を歌っていた。


Schönster Herr Jesu,

麗しき主イエス

Herrscher aller Herren,

全ての主の主

Gottes und Marien Sohn,

神の子そしてマリアの子

dich will ich lieben,

私はあなたを愛しましょう

dich will ich ehren,

私はあなたを崇めましょう

meiner Seele Freud und Kron.

我が魂の喜び、冠よ


 それは英国では「Beautiful Savior」として知られる賛美歌であった。彼らは嵐などまるでないかのように安らかに歌っており、ジョンは非常に心を打たれた。

(このような嵐の中で賛美の歌を歌うとは、……彼らは一体何者だ?)


 歌が止むと、ジョンは彼らに近づいた。

「Entschuldigung, ich heisse John Wesley, ein Pastor von...(すみません、私はジョンウェスレーという牧師で……)」

 ジョンがドイツ語で話しかけると、相手はにこやかに手を振って応えた。

「ああ、私は英語が分かりますので、どうぞ英語でお話し下さい」

「失礼しました。私は新大陸においてサヴァンナ教区司教に任命されているジョン・ウェスレーという者です。あなたがたの賛美に非常に心を打たれました。いや、それは私だけでなく、この船にいる全員が同じ気持ちだと思います」

「ウェスレー先生、そのようにおっしゃっていただけるとは、身に余る光栄です。私はこのモラヴィア兄弟団を引率するアウグスト・ゴットリープ・シュパンゲンベルクと申します」

「モラヴィア兄弟団?」

 初めて聞く名前だったので、ジョンは思わず聞き返した。

「はい。欧州各地での迫害から逃れてドイツのヘルンフートで共同体を形成しております。チェコのモラヴィアから逃れてきたフス派信徒が中心となっていますが、アナバプテスト派や敬虔派などからも逃れて来ています。我々はさらに信仰の自由を求めて新天地を目指しているところなのです」

「そうでしたか……しかしあんな嵐の中で喜びながら歌っているみなさんの姿を見て、非常に感動いたしました」

 するとシュパンゲンベルクは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「別に私たちが特別信仰深いというわけではありません。私たちはみな殺人者に狙われて命からがら逃げてまいりましたので、神がご支配なさる自然の災害にはあまり恐れを抱かないのでしょう」

「そんな大変な目に遭われて来たのですか。本当に頭が下がるばかりです」

 シュパンゲンベルクの言うように、命がけで信仰を守り通してきた者にとって、この嵐は恐るるに足りないのだろう。だがジョンは、モラヴィア兄弟団の平穏さは、それだけから来るのではないだろうと思った。聖霊が、彼らの心を守って揺るぎないものになっているのだ。同じ信仰者でありながらどうして自分は嵐を恐れるのか、また……美しい少女に惹かれてしまうのか。考えれば考えるほど彼らに比べて自分の信仰は惨めだ。

(イエス様は辛子種ほどの信仰があれば充分と宣うた。しかし、私には辛子種を構成する粒子ほどの信仰すらないのではないか……)

 そう自問自答すると暗澹たる気持ちになった。ともあれ、ジョンは生まれて初めて本物の信仰を目の当たりに見た気がしたのである。

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