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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第三章 メアリー
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反撃

 ウェスレー夫妻の実態が明るみに出、メアリー夫人のメソジスト内での評判は地に堕ち、ジョンへの同情票が一気に増えて行った。

 当たり前だが、それがメアリーには面白くなかった。夫からの愛情も受けられない(と、彼女はそう思い込んでいる)、人々からの良い評価も得られないとあっては、その不満の捌け口がいくつあっても足りない。

 以降、メアリーは開き直ったように公の前でもなりふり構わず癇癪を起こした。それを周りは身の毛のよだつ思いで見ていた。

「ウェスレー 先生、お気の毒に……」

 長老たちは、ジョンの元にやって来てこのような提案をした。

「先生、ご自身の身の安全の為にも、また教会の秩序の為にも……離婚なさることをお勧めします」

 するとジョンはこう答えた。

「それはいけません。聖書には夫婦は神が合わせたものであり、不貞以外の理由で引き離してはならないと書いてあります」

「お言葉ですが先生、私たちは客観的に見て、また聖書の基準と照らし合わせてよく考えてみましたが、……もし先生が離婚なさっても罪ではないと断言いたします。そして私たちはその証人となります」

 他の長老たちも一斉に頷き、彼の発言に賛同の意を表した。しかし、ジョンは妻と離縁することは考えていなかった。

「もし私たちが別れるとすれば、それは彼女が自分の意思で去って行く時です。彼女は私と一緒にいることで救われているのです。ですから私の方から去れとは申しません」


 一方、メアリーの方はと言えば、自分の評判が落ちているのにジョンの評価が高まっていることに不快の念を抱いていた。そこで、ジョンの評価を下げ貶める方法を画策した。そして、机のひきだしを開け、束となった書類を掴んだ。

「これであの人は……」

 冷ややかにほくそ笑むメアリーが手にしていたのは、これまで彼女がジョンのひきだしから盗んできた書類であった。そのなかでも、サラ・ライアンとの書簡は読みようによっては恋愛感情を伺わせることも出来る。早速、メアリーはこれらの手紙を持って身近な人たちから当たっていった。

「見て下さい、これが私がみんなの前であんなに激昂した理由です。私は被害者なのです」

 それを見ても多くの者は彼女の言い分に耳を貸さなかったが、彼女に同情する者も少なからずおり、そこからジョンの悪評がゆっくりと浸透していった。そのメアリーの身近な友人の一人であったメアリー・カークハムは驚いて、兄のエベニーザー・ブラックウェルに話した。

「モリー(メアリー・ウェスレー の愛称)から手紙を見せてもらったんだけど、確かにウェスレー 先生とライアンさんやクロスビーさんとの関係は怪しいかも」

 ところがそれを聞いてエベニーザーは激怒した。

「それよりも、人の机から手紙を盗み出すなんてどうかしてるよ!」

 そしてエベニーザーはすぐさまジョンの元に向かった。一部始終を聞かされたジョンは驚きのあまり言葉が出なかった。

「ウェスレー 先生、私たちが無理に彼女を勧めたばっかりにこんなことに……本当に申し訳ないと思います」

「いや、決断したのは私だからね。しかし、まさか手紙を盗んでいたとは……」

「先生、机に鍵をかけておくべきです。そして彼女の机ごと鍛冶屋に持って行きましょう。そこで鍵を開けてもらって、中身を取り返すのです!」

 するとジョンは片手を上げて答えた。

「いや、それは彼女の人格を踏みにじることだ。私が彼女に話してみて、手紙を返すよう説得してみよう」

「そんな悠長な。彼女は既に先生の人格を踏みにじっているじゃないですか!」

 エベニーザーの提案を退け、ジョンは妻に会談を求め、手紙を返すよう説得を試みた。しかしメアリーは話し合いに応じようとしなかった。そこでジョンは直接話さずに、旅先から手紙を出し、そこで彼女に要件を伝えることにした。

「親愛なる妻へ。あなたが何も答えなくとも、私はこれをしたためます。あなたは私の机から多くの書類や手紙を盗み出しました。そして私が今こうしているように旅行に出ている間に、……何十マイルも離れている間に、あなたは数十人の人々に私の手紙を見せてしまいました。何故このようなことをするのでしょう。私の評判を落とすためでしょうか。さらにあなたは私の悪口を多くの人々に言いふらしていると聞きました。そのようなことをしてあなたの怒りは収まるのでしょうか、気が晴れるのでしょうか? また、そのように手紙や書類を見せることで、私には広まった悪評に何の言い逃れも出来ないと思っているのでしょうか。だとすればそれは大間違いだと、じきに気がつくことでしょう。私はあなたが広めた悪評の全てについて弁明の用意があります。私の周囲の人たちは私の言うことを何の物証を必要とせずに信用することでしょう。ですからどうか無駄なことはおやめなさい。そして思いを改めて書類を返して下さい」

 このような手紙を書いたにもかかわらず、メアリーは何の返事も寄越さなかった。そして相変わらず夫の机の抽斗をこじ開け、書類を盗み続けた。

 ジョンはその後も話し合おうとしたが、メアリーはその話題になると途端に口を噤んだ。そしてある日、ぼそっと一言だけ呟いた。

「たぶん、あなたは本当には愛を知らないのです」

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