火に油を注ぐ
日を追うごとに、新妻の虐待は激しくなっていった。と言うものの、最初の数年間はウェスレー夫妻の不和はほとんど表に出てはいなかった。それはメアリーが夫婦間のことについて口外することを厳しく禁じていたことによるところが大きい。
また、初期の頃は、ジョンも逐一抵抗していた。そのことが争いの火に油を注ぐことになるのだが、彼ももともとははっきりと物を言う性格で、しかも折り紙付きのきまじめ屋で通っていたジョンは、メアリーのだらしなさや欠点を歯に衣着せずに指摘することもあった。
ある日メアリーがソファーに寝そべって本を読んでいると、ジョンがツカツカと近寄って言った。
「君はまたそんな本ばかり読んで……やるべきことがまだ沢山あるだろう」
「これは最近流行りだした小説と言うものよ。あなたこそ難しい本ばかり読んでいたら人々の心が掴めないわよ。たまにはこういう本も読んでご覧なさいな」
そう言ってメアリーは本を持って奥の部屋に閉じこもった。それ以外にもジョンは気のつくところを余すところなくメアリーに注意した。それが彼女のためになると信じ込んでいたからである。
「スペインへの手紙、まだ書いていないじゃないか」
「宝石類を売る話はどうなっている?」
「財産管理人のブリソンさんとの話は?」
当然メアリーは黙っておらず、言葉巧みに言い訳はしたが、何か指摘される度に憎しみと苛立ちが募り、どうしたらジョンの鼻をあかすことが出来るだろうか、と模索していた。
そんな時、メアリーは夫の机の抽斗の中に大量の書類が入っているのを発見した。そしてそれら一つ一つに目を通しているうちに、いくつかの信徒に宛てた手紙、そしてその返信があることに気がついた。その中には多くの女性に宛てたものもあった。メソジストでは積極的に女性をリーダーに起用していた関係で、ジョンも女性と手紙のやり取りをする機会が多かった。
しかし、ジョンは女性に対して優しい文体で手紙を書く癖があり、それはしばしば誤解を生む原因ともなった。メアリーはそのような女性たちとの書簡に注目した。その文体は単なる同労者と言うには親しみがこもっているように感じられた。メアリーはそれを読んでわずかに嫉妬心を感じたが、同時にこれは使えると思い、それらの書簡を盗み出して自分の机の抽斗にしまい込み、鍵をかけた。