虐待
チャールズは兄の急な結婚の知らせに、驚き呆れた。相手のメアリーとは奉仕活動を共にした同志であったが、その時の印象から漠然と兄にはふさわしくない相手であると思われた。妻セアラは形だけでも祝福するよう勧めたが、チャールズはそれを拒んだ。兄一人で済む問題ではない。群れを率いるリーダーとしての自覚に欠けると兄に対して、無性に腹が立った。
ジョンたちの結婚を快く思わなかったのはチャールズばかりでななかった。結婚当時、メアリーには五人の子供がいたが、既に青年期に達していた三人の子供たちもまた、この結婚に愕然としていたのである。特に長男であるジョン・アンソニー・ヴァゼイルは猛反発した。
「ウェスレーさん、息子の僕が言うのもなんですが、母にお金以外の魅力があるとは思えません。もしヴァゼイル家の財産が目当てなら、僕はあなたを父親と認めることは出来ません」
ジョンは静かに優しく答えた。
「ジョン君、僕はお母さんに介護された時にこの人と結婚しようと思ったんだよ。決してこの家の財産を得たいと思ったわけではない。でも君たちが僕に財産を奪われるのではないかと案じるなら、僕はこの家の財産に一切手をつけないことを誓おう」
ジョン・アンソニーは信じられないという表情を浮かべながらも、結婚に反対することをやめた。
ジョンはジョン・アンソニーとの約束を守り、ヴァゼイル家の財産には一切手を触れなかった。
しかし、結婚してすぐに、メアリーがヴァゼイル家の財産を湯水のように散財していることに気がつき、このままではいかに裕福といえども、底を尽きてしまうと思った。そこでジョンはメアリーにもう少し倹約してみることを提案した。ところが……
「私の財産の使い道は私が決めることよ。あなたが口を挟む問題じゃなくてよ」
と、メアリーは大きく目を剥いて突っかかってきた。ジョンは一瞬怯んだが、すぐに反論した。
「いや、使うにしてももう少し益になる使い方があるんじゃないかな?」
「やっぱり……あなたはうちの財産が目当てで結婚したのね! 善人面して結局は金の亡者じゃないの!」
それからメアリーは相手に反論の隙を与えることなく、猛烈に罵詈雑言を並べ立てた。ジョンは呆気に取られながら、ただ嵐が過ぎ去るのを待つより他なかった。
それでもジョンは彼女の本性に気づくことなく、ちょっと逆鱗に触れただけだろう、くらいに思っていた。だが、まもなくジョンもメアリーの鬼嫁としての本性に気づかされるのであった。
結婚後しばらくは足の負傷で動けなかったが、ようやく馬に乗ることが出来るようになると、説教者会議に出席するためブリストルまで旅行に出かけた。ジョンはそのことをメアリーに相談することなく、一人で勝手に出かけて行った。メアリーは最初、何事が起こったかと呆然と立ち尽くしていたが、夫の帰りを待っている間に沸々と怒りが湧いて来た。
「遅い……遅いッ……遅いぃぃッ!」
会議でも良い収穫があり、意気揚々と帰って来たジョンを待ち構えていたのは、鬼の形相をして怒りに燃えたぎる新妻のメアリーであった。
「ただいま……どうしたんだい、そんな顔をして」
「……こんなに遅くまで……どこに何をしに行ってたの?」
「どこって、ブリストルに説教者会議だよ。それは言っておいた筈だが」
「嘘よ。本当は女と会っていたんでしょう!」
「……え?」
「男が急に旅をするなんて、浮気に決まっているでしょう!」
「そ、そんな無茶苦茶な……」
ジョンが弁解の言葉を述べる間もなく、メアリーはジョンの髪の毛を鷲掴みにした。そしてハンマー投げのようにブンブン振り回し、投げ飛ばした。哀れなことに怪我が治りかけのジョンには抵抗する力がなかった。壁際に倒れるジョンの前に牙を剥いた野獣の如くメアリーが立ちはだかった。
「や、やめてくれ!」
ジョンが悲鳴を上げるも虚しく、メアリーによる殴る蹴るの暴行は彼女が眠気を感じるまで続いた。