縁談合戦
グレイスとの破局を迎えて以来、ジョンに縁談を持ちかけようとするお節介者が、次々と旗揚げしては、あえなく敗退していった。それは、メアリー・ヴァゼイルとの縁談を持ちかけたエベニーザーとヴィンセントにしても同様であった。
「先生、ご紹介したい女性がいるんですけど……」
ところがジョンは全く歯牙にもかけずに答えた。
「私は結局使徒パウロのように独身を貫く方が良い気がしているのだよ。君たちの好意には感謝するが、結婚相手なら他を当たってくれ」
そう言われてしまうと何も返す言葉がなく、二人はスゴスゴと引き返した。ところが、エベニーザーの妹メアリー・カークハムはその結果報告を聞いてカンカンに怒った。
「断られて『はい、そうですか』と引き下がってどうするの! 私、もう彼女に話していて、すっかり乗り気になってるのよ。ちゃんとしっかり交渉して来なさい!」
メアリー・カークハムに尻を叩かれ、エベニーザーとヴィンセントは代わる代わるジョンにメアリー・ヴァゼイルとの縁談を勧めたが、何度話しても暖簾に腕押しで、そのうち一言も発しないうちから「あの話ならいい」と言われるようになった始末である。
流石のメアリー・カークハムも、単にごり押しするだけでは事は進まないと感じるようになった。
「何かアピールポイントが必要だわ。ウェスレー先生の心の琴線を弾くような物はないかしら?」
エベニーザーはしばらく考えた後に答えた。
「そうだなぁ……そう言えば、先生の出版された『根源的治療法』に賛同を示した人に、先生は好意的な態度を示す傾向があるね」
『根源的治療法』はジョン・ウェスレーの著した医学書で、自然治癒思想に基づいて書かれたものであった……当時は聖職者が医学を身につけ、医師として働くことも珍しいことではなかったのである。そしてこの書物は重版となるほどよく売れ、フランス語にも訳出されていた。
「それだわ! 『根源的治療法』の愛読者だという触れ込みで話してみてよ!」
そこで、エベニーザーは妹の言う通りにジョンにそれとなく話してみた。
「かねてからお話していたメアリー・ヴァゼイルさんなんですけど、『根源的治療法』をお読みになって、いたく感銘を受けたそうです。それ以来、ウェスレー先生にも密かに関心を持つようになり、どんな人か会ってみたいと思うようになったそうです」
すると、思いのほかジョンが良い反応を見せた。
「ほう、あの『根源的治療法』に関心をお持ちだと?」
脈ありと感じたエベニーザーは一気に畳み掛けた。
「ええ。ですから、先生にこうして何度もお話をしているのは、メアリーさんの方が先生のことを知った上で会ってみたいと言っているためでして、私のお節介で無理にでも二人を会わせようという親戚のおばさんの感覚で話している訳ではないので、そこは理解して頂いた上で、まずは少し気軽な感じででもお会いされるかどうかを祈ってみて頂けないでしょうか?」
「……そうだね。まずは祈ってみようか」
もちろん、これは見合い話に乗った訳ではなく、祈って神意を伺うのは良いことだくらいのつもりで言っただけだが、エベニーザーサイドは、これをアクセプトとして捉えて話を進めていった。
†
実はこの時点でメアリー・ヴァゼイルはジョンの書いた『根源的治療法』など読んだことはなかったし、存在も知らなかった。それで、メアリー・カークハムは彼女に『根源的治療法』をオススメの本として紹介し、何とか読ませておこうとした。
「ねぇ、あのウェスレー先生が書いた本だけど、読んでみたらとっても良かったの。是非一度読んでみて」
「あら、そんなに良い本なの?」
と言ってメアリー・ヴァゼイルは受け取った。だが、家に帰ってからその本を開いてはちたものの、ほんの数行目を通しただけで本棚にしまってしまい、二度とページをめくることはなかった。