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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第三章 メアリー
30/41

クイーンズ・ギャンビット

 1750年ロンドン……

 銀行家エベニーザー・ブラックウェルが仕事部屋で書類整理をしていると、若い銀行員ハロルドが入室して用件を告げた。

「ミスター・ブラックウェルにお客様がお見えになっています」

「お客様? アポイントはない筈だが……」

 怪訝に思い、ハロルドの顔を見ると何か困惑気味だ。嫌な予感がする。

「ハロルド、お客様って誰かな?」

「メアリー・カークハム様でございます」

 その名を聞いてエベニーザーは顔を片手で覆い、ため息をついた。

「今忙しいと言って帰って貰いなさい」

「それが、大事な用事だから何があっても会わせろと……」

「……わかった。通してくれ」

 しばらくしてメアリー・カークハム……すなわちエベニーザーの実の妹が仕事部屋に通された。

「相変わらず暇そうね、兄さん。不景気なのかしら?」

「バカ言え、多忙極まりない毎日だよ。いきなり来て何の用だ。済んだらさっさと帰ってくれ」

「つれないわね……まあいいわ。あのね、私の友達に同じ名前のメアリーって子がいるんだけど……」

「メアリーってあの、アンブローズ・ヴァゼイルの奥さんかい?」

 アンブローズ・ヴァゼイルは商売が成功し大富豪となったが、数年前に妻と五人の子供、そして莫大な遺産を残してこの世を去った。メアリーは夫の亡き後も、豊富な財産によって何不自由なく暮らしていた。

「ええ、そうよ。彼女、最近再婚を考えているそうで、私に相談してきたの。その時思いついたんだけど……ウェスレー先生、どうかと思って。兄さん、良く知ってるでしょ、一度勧めてみて」

 エベニーザは飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった。

「バカも休み休みに言え。総長先生はメソジスト(生まじめ屋)の名に恥じぬほどの品行方正な方だぞ。富豪の未亡人など釣り合わないことは目に見えているじゃないか」

 するとメアリーは兄の顔にぐいと近づいた。

「私が保証するわ。二人はお似合いよ! とにかく頼んだわ」

「頼んだって、おい!」

 メアリー・カークハムは用件を伝えると有無を言わせず、そそくさと去って行った。


      †


 次の日曜日、エベニーザーは礼拝後、同じ教会のメンバーであるヴィンセント ペロネからランチに誘われた。奥方同士は他愛のないお喋りに花を咲かせ、エベニーザーとヴィンセントはチェスに興じた。

「お、クイーンズ・ギャンビットか。相変わらず挑んでくるねぇ」

 白番のエベニーザーが、互いにクイーンの前で向かい合ったポーンの横にまたポーンを置いた。一見ただ取りされるようだが、それによって良い陣形が組める。黒番がその挑戦に伸る(アクセプト)か反る(デクライン)かでその後の展開が変わる。

「さあ、どうする?」

「じゃあ、アクセプテッドでいきますかね」

 そう言ってヴィンセントは相手のポーンを取ろうとした。すると、エベニーザーはそのポーンを取り上げてしまった。

「おいおい、序盤から待ったかい? 君らしくもないねぇ」

 ヴィンセントは揶揄い気味に言ったが、エベニーザーは真面目な顔つきになり、妻たちに聞こえぬよう、声を落として言った。

「聞いて欲しい話がある。話したらこれを渡そう。拒む(デクライン)なら、駒はそのままだ」

「何だよ、勿体ぶって。いいから話せよ」

 ヴィンセントはエベニーザーの手から駒を引ったくり、聞く体制を整えた。

「ほら、いつか言ってたろう。このままじゃメソジスト運動が自然解散してしまうんじゃないかって」

「ああ、とにかくみんなバラバラだからね。国教会から離れるだ、残るだとか、カルヴァン主義だアルミニウス主義だ、あるいはモラヴィア派だとね」

「そうなって来たのはやはり、総長の結婚問題……つまりグレイス・ベネット夫人との一件が根底にあるとも言っていたよな」

「その通りさ。とにかく御山の大将がぐらついているようでは、その群れの者たちは欲しいままに振る舞うからな。やはりウェスレー 先生には何としても身を固めてもらいたい」

「……そこでだ。一人ウェスレー 先生に引き合わせたい女性がいるんだ」

「何だって? どんな女性だ?」

「メアリー・ヴァゼイルという未亡人だ。妹がしきりに勧めるんだが……」

「ヴァゼイルというと、この間亡くなった富豪のことか。……どうだろうねぇ。亡き夫の遺産で結構贅沢な暮らしをしているというじゃないか。そんな人にウェスレー 先生の助け手がつとまるのかね」

「私もそう思ったが、妹の話では、かなりの働き者でメソジストの活動にも積極的に参加しているらしい。それに……身分もそれなりにあるから、チャールズ先生も納得するんじゃないか」

 チャールズが兄とグレイスの結婚に反対した理由に彼女の身分の低さがあった、という話が関係者の間では周知の事実となっていた。それでジョンに紹介するならそれなりの家系や社会的地位にある女性でなくてはならない、というのはジョンの周囲のの共通の認識であった。

「ともかく一度話してみるか」

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