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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第二章 グレイス
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もぬけの殻

 チャールズがグレイスを連れ去ってから数時間後、ジョンが入れ替わりにブロードウッド邸にたどり着いた。だが、グレイスが既に去ったと聞き、飛び上がって驚いた。

「何ですって! チャールズがグレイスを連れて行った? どうして引き止めて下さらなかったのですか!」

 ジョンはやり場のない怒りをぶちまけた。ハンナ夫人はただただオロオロするばかりである。だが奥から夫のジェイムズが出て来て弁明した。

「チャールズさんはあなたから頼まれたと言われたので信頼してしまったのです」

「私はそんな指図など弟にしていない! 彼はあなたがたを騙したのですよ」

「まさか聖職者たる者がそんな嘘をつくとは思いもよりませんでした。……私はこれから彼らの後を追いかけ、出来ればグレイスさんに戻って頂こうと思います」

 ブロードウッド夫妻はひたすら頭を下げていたが、ジョンは苦虫を噛み潰したように宙を睨んでいた。

「チャールズ……いったい何ということをしてくれたのだ!」


      †


 チャールズはニューカッスルで一旦グレイスを下ろし、一人ベネットのもとへ向かった。そしてベネットは突然のチャールズの訪問に驚いたが、それよりも突飛もない用件に面食らった。

「パスター・ベネット、お出かけの準備を。これからグレイスさんとの結婚式を挙げるのです」

「そんな、いくらなんでも無茶です。先日周りにそそのかされて強引な真似をしてしまいましたが、結局は彼女の反感を買うこととなり、後悔していたところなのです」

「パスター、あなたのお気持ちはどうなのです。彼女を兄に取られて一生神を恨んだまま天にお帰りになるつもりですか?」

 ベネットはしばらく考えた後、チャールズの提言に従って行動した。


      †


 ジェイムズ・ブロードウッドは仲間たちにも声をかけてチャールズ一行の行方を捜したが、見つけることは出来なかった。打ちひしがれたジョンは自分の居室に戻ると、疲れて眠りこくってしまった。そして夢を見た。夢の中で見知らぬ説教者が講壇に立ち、聖書を朗読していた。

「人の子よ、私はお前の目の欲する者を、一撃にてお前から取り去る。泣くな、嘆くな、涙も流すな(エゼキエル書24:16)」

 そこでジョンは飛び起きた。そして叫んだ。

「おお、主よ! 何故、……何故このようなことに?」

 ジョンの脳裏には?何故?という単語ばかりが浮かんで飛び交っていた。こよなく愛する者が取り去られたのだ、それも信頼する弟の裏切りによって! それからジョンは食事もとらずにひたすら祈りと黙想を繰り返した。ジョンの自分の内側にあるものが一体何なのかわからなくなっていた。怒りか、悲しみか、孤独か、恐れか、不安か……何れにせよ祈ることなしには一瞬たりともいられない状態であるのが明白であった。

 それから数日経った月曜日の夕方、ジョージ・ホウィットフィールドから手紙が届いた。それは水曜日にチャールズとの話し合いの場を設けるからリーズまで来て欲しいというものだった。ジョンは手紙を読むとすぐさまリーズへ向かった。


      †


 その頃、グレイスの元にチャールズを伴ってベネットが現れた。彼女はベネットの姿を見るなり、感極まって涙を流し、その足元にひれ伏した。

「ベネットさん、……私はあなたにとても酷い仕打ちをしてしまいました。どうかお許しください!」

 するとベネットもまた跪き、グレイスの両頬を両手で包んで言った。

「私の方こそ、卑怯な手を使ってあなたを掌中に収めようとした。そのことを許して欲しい」

「ベネットさん……」

「グレイスさん、改めてお聞きします。……私と一緒になってくれますか?」

 グレイスの涙がますます溢れ出た。そして彼女は言葉を発することなく、首を縦に振った。


      †


 リーズにジョンが到着してみると、そこにいたのはジョージ・ホウィットフィールド一人だけだった。

「ジョージ、君だけか? チャールズは来ていないのか?」

「チャールズは……ニューカッスルにいます。そこでグレイスさんとベネット氏の結婚式が済み次第こちらに向かうとのことです……」

 ジョンは怒りを通り越して青ざめた表情となった。

「君は……彼らから遠ざけるために、グルになって私をここに呼んだのか!」

「滅相もございません!……言い訳するつもりはありませんが、私もジョンさんとグレイスさんを応援していたのです。それでチャールズにも必死で説得したのですが、聞き入れてもらえませんでした。本当に力及ばず、申し訳ありません」

「……しばらく一人にして欲しい」

 ジョンはその場にうずくまっていた。そんなジョンをジョージはそっとしておき、部屋を出た。


 その翌朝、ニューカッスルの聖アンドリュース教会においてグレイス・マレイとジョン・ベネットの結婚式がリチャード・ブリュースター牧師の司式で執り行われた。そしてその報せはすぐにジョージのもとに届けられた。彼はこの報せを、一番聞きたくないであろう人物に伝えなくてはならないことに吐き気を催すほど重圧を感じた。

「たった今、……グレイスさんとジョン・ベネット氏の結婚式が終わったそうです」

「そうか……」

 もはや怒ったり悲しんだりする気力さえなかった。それからほどなくしてチャールズがリーズまでやって来た。しかしジョンは会おうとしなかった。

「ベネットにおめでとうと伝えてくれ。私はチャールズにもベネットにも会うつもりはない」

 ジョンが力なく言うと、ジョージは慌てて切り返した。

「いけません、気が向かなくても会って話すべきです。たとえ喧嘩になったとしても」

「別に私はもう怒ってなどいない。ただ言いたいことさえもう何もないのだよ」

「とにかく会って下さい。もし聞き入れて下さらないのなら、私も今後あなたと会わないことにします」

「わかった、弟たちと会おう。通してくれ」

 そして弟チャールズがジョンの目の前に現れた。これまで苦楽を共にして来た兄弟であり同労者である二人がしばらくの間、互いに厳しい視線をぶつけ合った。

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